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第39話






このモフりたいという気持ちを治めるべくニトに向かってそーーっと手を伸ばして魅惑の毛皮に触れようとしたら危険を察知したニトが素早く身を翻して実彩が伸ばした手をその鋭い歯で噛もうとした。



「うぉぉっと!」


 カチンッ!!



間一髪でニトの歯から逃れた実彩は冷や汗をかいた。



(足で蹴るんじゃなくて歯で噛もうとするだと……!? マジで容赦ねえぇーーー!)



たかがウサギの歯と侮るなかれ。

あの歯に掛かれば人の指なぞ簡単に千切れる。


仮にも主に対して行う行為ではない……!



「良いじゃないか! 少しぐらいモフらせてくれたって!!」



 カチカチカチカチ─────カチンッ



実彩に対するニトの答えはこれ見よがしに歯を見せながら鳴らすことだった。


無表情の筈のウサギの顔が据わって見える。



………ウサギの据わっている顔って、割と怖い。



「わかった……ニト、私が悪かった。ほら、干し肉(ウサギ肉)をあげるからおいで」



ピョッコ! ピョッコピョッコ!!


肉の言葉に耳で応える……。実に器用だ。

あっさりピョンピョン近付いてくるニトの姿にやや遠い目になるが………。


手に持つ干し肉を嬉しそうにかじるニト。



「……………」


(やっぱりコレって共食いダヨネー。良いのかな?)



この状況の図柄に少々疑問を浮かべながら実彩はふと外が暗くなっていることに気付く。



(あー……。もう夜か。そういえばまだ晩飯食べて無いわ………)



ニトは干し肉を食べて満足したのか、鼻をフムフムさせて寝転んでいた。



「………飯、食いに行くか」



ニトを摘まんで頭の上に置くとおもむろにベットから降りて歩き出す。


いきなり頭の上に乗せられたニトは憤慨して実彩の頭を足でバシバシ叩くが何のその。痛くも痒くもない実彩は気にせず進むが内心呆れていた。



………いやだってニトさんや。あんた私の武器なんだから仕方ないじゃん。と────。











実彩の泊まっている宿は一階に呑み屋兼食堂になっている。(まあ大概の宿とはそういう造りになっているのだが)実彩は喧騒溢れるその中に足を踏み入れる。すると実彩に気付いた宿の女将さんがすぐさま話し掛けてくる。



「晩飯かい? 今日のオススメは鹿肉のステーキかオーガの煮込みだよ!」



にこやかに告げる内容に、実彩は一瞬迷った。



(オーガって………食えんの? モンスター……だよね?)



魔獣が食べられるのは何となく判るけどオーガのような二足歩行のモンスターも、まさか食材扱いとは……。



(いや? そもそも魔獣とモンスターって此処だとどういう括りなんだ? もしかして魔獣一択括り?)



魔獣、魔物、そしてモンスター………。その辺の線引きをよく知らない。つかモンスターという単語を聞いたことが無い、気にしてなかったことに今更ながら気付いた実彩は愕然とした。


後でセフィロトから貰った本で確認しようと決意して実彩の注文待ちしてくれている女将に、



「じゃあ鹿肉のステーキ宜しく。あ、後サラダもつけて!」



取り敢えず安全牌を選んだ。

ヘタレと言うことなかれ。知らない未知の場所での冒険心は破滅を呼ぶのだ。外国で湧き水を見つけたからといって勢いとノリで飲んだ日本人旅行客の末路は皆よく知っているだろう。それと同じである。最初は警戒し過ぎて悪いことは無い筈だ。



(いずれはその手合いの物も口にするだろうけど明日はランクアップ試験があるし。食べ慣れない物を食べて腹下すよりはいいだろう……)


「はい! お待ち遠さん! たんと食べな!」


「ありがとうございます」



実彩のお礼の言葉に女将は軽く目を見開くと笑い出して「礼なんていいんだよ! こっちは商売なんだから!」と言って去っていった。


久方振りに感じる異文化の違いに軽く苦笑すると手を合わせた。


やってきた鹿肉のステーキを食べながら明日のことを考える。


明日の試験では複数の人間と同時に受けるとのこと。ならばその面子でパーティーを組む可能性が高いだろう。



(今日ギルドで目立ったのは失敗だったな)



無理はないと分かっていても悔やまれる。

願わくば、明日の試験に響かないことを祈るのみ。



(…………なんだか無理だと思うのは気のせいかな?)



はんば確信めいた予感が胸の内に広まる。実彩は鹿肉のステーキに興味深々のニトの頭を軽く撫でていると背後から物凄い音と怒鳴り声が聞こえてきた。



「喧嘩だ喧嘩!」


「やれやれ!!」


「な、馬鹿!? こっちに来るんじゃねぇ!!」



怒号が飛び交い店内を騒がしくしている中、暢気に食事を続けている実彩の頭上に皿やフォークなどが過ぎ去るが……気にしない。


しかし、遂に実彩の頭部に酒の入った木製のジョッキが飛んで行った。

ジョッキ自体はヒョイと軽く避けるが中身ばかりはどうにもならない。結果、実彩は中身の酒をもろに被った。



「………」



無残に酒臭くなった実彩と料理、そして鹿肉ステーキを狙っていた二ト。



「…………」



無言で立ち上がる一人と一匹。


二トの体が淡く光りその姿を細い針へと変えていく――――。



「――――喧嘩なら外でしやがれ馬鹿野郎!!!」



実彩の持つニトが煌めき直線を描いて店内を飛び回った。

阿鼻叫喚非難悲鳴轟々。実彩は強制的に喧嘩していた奴らを宿からおん出すとそのまま自身も喧嘩に参戦。鹿肉ステーキの恨みを晴らす。


その様子を喧嘩を静観していた客達が観戦していた。



「あのガキ……はえぇ!」


「綺麗な体捌きだ。ありゃ相当やるぞ」


「……容赦なく針投げ飛ばしてるけど、針って武器になるか?」


「なっているみたいだぞ? 見る限り」


「アイツ、フリーか? うちに入んねぇかな?」


「いやいや。アイツは俺が目を付けたんだ。俺らがもらう!」


「入るかどうかすら分かんねぇだろ」


「ほっとけ、言うだけならタダだ。お?」



バキン──。実彩の膝が相手が顔面を強打。その勢いのまま体を反転させて後ろにから実彩を殴りつけようとした男に賺さず踵落とし!


五人相手に大立ち回りする実彩に対して「おおっ…!!」と野外からの歓声が。



「……はぁああ!!」


「ぐっ……がぁは!?」



最後の一人が崩れ落ちた……。その中一人立つ実彩に周りからの拍手喝采。


一方実彩は食事を駄目にされた苛立ちを発散した為、多少理性を取り戻していた。



(やっべ。大人しくしているつもりがやっちまった………)



あ゛ーー。と内心頭を抱えながらも沈めた五人を外にほっぽりだしたまま店内に戻る。


宿に戻った瞬間に飛び交う口笛と実彩に対する健闘の声。少々面食らいながらも黙って元居た席に座った実彩に近付く人影。



「おい、チビ助! おめぇさんやるじゃねぇか! ほれぼれする程いい喧嘩だったぜ!!」



チラッと横を見ると灰色短髪のおっさんがいた。

そのおっさんはニシシと笑いながらちゃっかり実彩の隣に座る。


酒まみれのステーキなぞ食いたくないがせっかく頼んだ品物だ。店の、人にも悪いと無言で頬張る。


その様子を見ていたおっさんが聞いた。



「…………旨いか? それ……」


「………食べ物は、粗末に扱うもんじゃないんだよ」



旨いか不味いか。

仮面の下で視線を逸らす実彩。


実彩の答えに、何故か微笑ましげな顔するおっさん。



「……そうだなぁ。食いもんは粗末にしちゃあ駄目だよなー。えれぇな、チビ助」



ヨシヨシと頭を撫でられた。何故だ?



「おい、カム! テメェ……抜け駆けしてんじゃねぇぞ!!」


「うるせぇ! こういうのは早いもん勝ちだ、馬鹿たれ!!」



なんだと!? と憤るおっさんその二の声を聞きながら黙々と食べ続ける実彩。完全無視である。


そんな実彩に灰色短髪のおっさん───カムが話し掛ける。



「おめぇさん、この辺じゃあ見ねぇ顔だがどこから来たんだ?」


「………リメス。依頼で今旅してる。明後日にはでる予定」



この手合いは黙っていても相手するまで構ってくる。だったら必要最低限答えてあしらう方が後々楽だと実彩は素直に応える。


もっとも、実彩の言葉にうなだれる気配多数あった。どうやら実彩を自分のパーティーに勧誘しようとしていた何人かは実彩がすぐに立ち去る───しかも依頼持ちである───事にがっかりしたもよう。



「依頼か。リメスからつーと此処には骨休めで来たつーところか?」


「それもあるけどね。本当は明日出る筈だったんだけど、ギルドから明日のランクアップ試験を受けろとせっつかれたから明後日旅立つことになった」


「んあ゛? 明日の試験つーと………Cランク昇格試験か?!」



驚くカムにあっさり肯定する。



「そう。今のランクだと実力差に問題あるつって。そう急ぎの依頼じゃないからといってそれもどうなんだか………」



ため息衝く実彩にカムは心底驚いた。


本来冒険者ギルドは冒険者に対して基本不干渉の構えを取っている。そのギルドが干渉するということはそれだけその冒険者が有望株である証拠。そして目を付けられやすく、ギルドの守りが必要と認識されているということだ。


しかも冒険者が依頼持ちの状態でありながらの打診。



(そうしなきゃならない状況にこのチビ助はいるつーことか……。にしてもCランク試験か。見たところ成人すらしてねぇんじゃないか? コイツ??)



ローブと仮面で詳しい年齢までは分からないが……声の感じと体格からするとまだ十二~三ほどだろうとカムは当たりをつける。


子供でありながら危険な冒険者業に身をやつす。



(訳ありなんだろうな。小せえ体で、苦労してんだな)



酒が入っている為か、少ししんみりしているカム。よく見れば周りも彼と似たり寄ったりの反応を示していた。



(………何なんだ? こいつら………?)



周りの様子に、ステーキを食べ終わった実彩が胡乱気に辺りを見渡した。彼らの予想通り実彩の背景は特殊といえば特殊であるが、実彩ほんにんの性格がそれに輪を掛けて特殊な事を知らない。そんな彼らをクリストファーが見たらきっと言うだろう。



『騙されては駄目です。その人は人の皮を被った容赦ない外道です!!!』



そんなことを露も知らないおっさん達を実彩は知らず知らずのうちに味方にしたのであった。


すると、



 バカン──!!



「やいそこの小僧!! やっと見つけたぞ! 昼間は、よくも恥をかかせてくれたな! 表出ろ!! ブチのめしてやる……!!」



茶髪頭の男が宿の扉を蹴破って現れた。


その茶髪頭の男に店中から非難の視線が突き刺さる。しかし茶髪頭は頭に血が上っているらしくそのことに気付かない。


そんな殺伐とした空気の中を切り裂くように……。



「あんた、誰?」



首を傾げるながら告げる実彩の声が店の中に響くのであった。

















一難去ってまた一難。


実彩に喧嘩を売りに来た茶髪頭君。

まったく覚えのない茶髪頭君に疑問符を浮かべる実彩。


茶髪頭君に対して(無意識に)火に油を注いだ実彩の対応は如何に!


待て! 待て次回!! (´▽`)ノ


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