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第25話



突然、光に包まれたと思った次の瞬間には、リュカは自分が暮らしている屋敷の部屋の一室にいた。光に包まれる直前に見た実彩の焦った顔に、リュカは罪悪感を覚えた。



────あれ程助けてくれたのに、私は満足に礼も言えずに攫われてしまった。



リュカも実彩やクリストファーに指摘される前から薄々は感じてはいたのだ。


自分は母上の実の子では無いのではないか?

実彩が、リュカは正妻であるソニアの実子の可能性があると言われた時、本当は嬉しかったのだ。


実彩の話を聞く限り、正妻ソニアは生まれた息子をとても愛していたと言っていた。本当にソニアの子だったら、自分は愛され、生まれてきたのだと。そうであれば、どれほど幸福であろうかと。


第二夫人のローゼとリュカは内面もそうだが外見も、お世辞にでも似ているとはとても言えなかった。


異母兄であるマロリーとも似ているとは言えなかったが、異母兄マロリーと母ローゼはとても仲が良く、はた目には異母兄マロリーと母ローゼが実の親子のようであった。



マロリーもリュカも、どちらも父であるロイドには似ていない。



その事もリュカが不安がる理由でもあった。



(私が母上の子では無く正妻のソニア様の子ですら無いのだとしたら………私は、一体、誰なんだろう)



リュカが考えている。まさにそんな時だった。



「お帰りなさいませ、リュカ様。ご無事でよう御座いました。ご母堂様もご心配なさっていましたよ」



ビクリとリュカの背後にいきなり現れた第二夫人ローゼの執事、ジェイル。


6、7年前ほど前から母に仕えるようになった男である。


母に仕える前は何をしていたか分からない。

立ち振る舞いから貴族の出ではないかと思っているが、本人は否定していた。



「ご母堂様がリュカ様にお会いしたいとおっしゃっています。どうぞ、わたくしに着いてきていただけますね?」



丁寧に言っているようだが、ジェイルの言っていることはリュカに対する明らかな命令だった。



「………分かりました。母上の下に参ります。ジェイル、案内してください」 



リュカとて馬鹿ではない。今まで実彩達と共に居たはずの自分が、いきなり屋敷に戻ってきた。

明らかにマジックアイテムによる移転魔法が使われている。


本来ならば、バズーラ家の人脈と資金力では手にすることの出来ないものである筈だが。


……今はそんなことを言っている場合ではない。

今回、いや、父の居ないこのスカイ領土で起こっていることはこの地を治めているバズーラ家の責任だ。ならば、バズーラ家の一員であるリュカが目をそらす訳にはいかない。



……実彩がいれば、お前命狙われてんの分かってんのかー!こんあほんだらがーーー!!!



と、叫んでいることだろう。だが残念ながら実彩はここにはいない。


何一つ抵抗もせずリュカはジェイルの後に大人しく着いていくのだった。














その頃、実彩とクリストファーはバズーラ家の屋敷の前まで来ていた。


リュカが移転魔法で消えてから実彩達を執拗に追いかけていた冒険者崩れや達の悪い傭兵達がいなくなった。いや、街中にはいるのだが実彩達を見ても追いかけて回してこないのだ。



「リュカを捕らえたから私達はもう用なしっつうことだろ。舐めてんな」



物騒な目で周りを睨目ねめつける実彩。しかし。



(リュカが連れ去られたのはほんのついさっきだってのに、伝達速度が早いこって……やっぱり、むこうに魔術師がいる可能性が高いか。面倒くさいな)



ムッツリ黙っているクリストファーに実彩はチラリと視線を送る。



(コイツもどうすっかなー?お守りは私の依頼内容に入ってないんだが………)



背後に暗雲を漂わせているクリストファーに、やれやれと実彩はしばしの間途方に暮れていたが……。



(放置に決定)



実彩は無情にも無視を決め込んだ。すると。



「ミーシャさん。貴女から見て僕は、どんな風に写りますか?」



今まで黙っていたクリストファーのいきなりの問いかけに、実彩は困惑したが。



「貴族の坊ぼん。依頼主のガキ。半人前魔術師。冒険者の卵。微妙に役に立つのか立たないのか分からない奴。自尊心が変な方向に走ってる。ツッコミ属性。今回の目撃証人兼財布。同い年。残念ながら一応私の先輩に当たる冒険者。根暗。女々しい。ネガティブ体質。卑屈」



即答である。そこに遠慮や気遣いは一切ない。



「前半から中盤にかけて愚痴になっている上に、後半はただの悪口じゃないですか!?」



しかも『微妙に役に立つのか立たないのか分からない奴』は役立たずよりなお酷い言い方だし『目撃証人兼財布』は遠まわしの戦力外通告だし。


装うつもりもない見事な実彩らしい回答である。



「事実だろ。今んところお前、リュカを連れて逃げ回ったこと以外、何もしてないじゃん」



ウグッと息を呑んで黙り込むクリストファー。



「そんなに私がお前に下す内心評価が不満なら、今からでも覆せるように頑張れば?」



実彩とクリストファーは立ち止まる。

2人の目前にはバズーラ家の門。


実彩は不敵に笑い。

クリストファーは緊張に強張りながら佇む。



「そんじゃあ、行くとしますか。こんな馬鹿げた茶番に幕を降ろそうぜ?」



実彩が一歩を踏み出した、まさにその時だった。

バズーラ家の屋敷が爆音を響かせて吹き飛んだ。










 





辺り一面に轟く爆音と崩れ落ちる城壁に、実彩とクリストファーは揃って呆気にとられた。


今まさにバズーラ家に乗り込もうとした矢先の出来事、屋敷の三分の一は吹き飛び、モクモクと粉塵が舞い上がる。



「……」


「……」



二人は黙って粉塵を見つめた。



「………」


「………」



見つめる。



「…………」


「…………」



チラリとクリストファーが実彩に視線を流す。



「……何をしたんですか。ミーシャさん………」


「…………私は無実だ。まだ何も仕掛けてない」



クリストファーは実彩が何か仕掛けたと思っているようだが、実彩は本当に何もしていない。



実彩が仕掛ける前に屋敷は爆発したのだ。



「そんな疑わしそうな目で見てきたって私は本当に何もしてない。第一、あの爆発はあきらかに屋敷の中から上がってる。誰かがあの屋敷の中で暴れているんだよ」


「誰かがって……誰が暴れているというんですか?」


「私が知るわけないだろうが! むしろこっちが聞きたいくらいだ………って、ん? ちょっと待て、何だか様子が………────伏せろ!!」

「!!?」


クリストファーの頭を実彩が急いで押さえつけるのと同時に、屋敷が更に爆発した。


目を凝らしてよくよく見てみると爆発している場所のちょうど中心から、風と光の奔流が台風のように渦を巻いているのが分かった。


そしてその渦は少しずつではあるが、あきらかに大きくなっているー!!



「っつ!! 大丈夫か、クリストファー!!」


「えぇ、何とか!」



二人は吹き飛ばされそうになりながらも必死でその場に踏みとどまる。



(なんだよ、コレ!?)



内心の焦りをかみ殺しつつ、実彩は爆発の中心と思われる場所に必死で『眼』を凝らした。



「おいおい。もしかしなくてもコレって魔力の暴発か!?」



『魔力の暴発』とは文字通り魔力が暴走して爆発を起こす現象である。


普通は魔力持ちの子供が成長過程において肉体に留めることの出来なかった魔力が暴走し、肉体の外に放出されることで辺りが吹き飛ぶのだが。



「魔力の暴発!? こんなに大規模な暴走を起こせる人がバズーラ家に居るだなんて聞いたことがありませんよ!!」



肉体の外に放出される魔力=魔力の強さである。



大抵の場合。

せいぜい物や部屋の装飾が破損する程度である。

しかしこの規模は。


「クッソ!! 【けろ!】」



実彩は魔力を込めて言葉を発した。すると風と光の奔流は実彩とクリストファーを避けるように流れていった。



「これは……」



呆然と呟くクリストファーをよそに、実彩は顔を歪めて膝から崩れ落ちた。



「くっっ………マジか!!」



魔力を込めた実彩の言葉は魔術の呪文と同じ効力を持つ。日本でいうところの言霊みたいなものだ。

だが、実彩の使う魔力を纏った言葉と言霊では大きな違いがあった。



(嘘だろ。今の一言で私の魔力の六分の一は持ってかれたぞ!?)



それは調和や中庸といった呪術の要素を持つ言霊とは違い、魔力を纏った言葉は支配と服従の魔術の要素を持つ。そのせいで実彩の消費する魔力は言葉に込めた魔力分となる。


今回、実彩は風と光の魔力の奔流に対抗するために自身の六分の一の魔力を使った。


このやり方は詠唱破棄の利点はあるが、相手の使っている魔術が強かった場合、普通の魔術より多くの魔力を使ってしまうことがあるので使い勝手がすこぶる悪いのである。



(いや、確かにこの方法は普段より魔力を喰う場合があるけど、私の魔力がここまで喰われるなんて……どんだけ強いんだよ、この暴発は!?)



実彩の魔力の質と量は最上級の天辺に位置する。

成長途中とはいえ、それが一気に六分の一も消費する暴発。



この世界に来て初めて、実彩は心の底から震えた。










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