第20話
一つの出逢いは錆びついていた歯車を動かす。
カチカチカチと動く度、歯車は錆びを少しずつ落としてゆき、その輝きを取り戻していく。
有るべき姿を有るべき者へ。
有るべき者を在るべき場所へ。
動き出した歯車は、止まらない。
隠されていた事実が現れる時、真実が詳らかに暴かれる。
逃げることは、許されない。
どれ程、重くとも。
実彩にはクリストファーの心情が手に取れるように分かる。
何しろいきなり噂の中心人物であるリュカが突如として目の前に現れたのだ。
混乱するのも無理はない。
まぁ、無視するけどな!
「えっと、その………僕はリメスから来ましたクリストファーと言います」
「リメス、ですか? 確かレタック家の方が治めている領地でしたね」
戸惑いながらも自己紹介するクリストファーにリュカはにこやかに対応する。
何故だろうか。普段ならイラつく乙女系男子の彼に、実彩は微笑ましさを感じていた。
(なんだかコイツ、妙に和むんだよなー。これがクリストファーだったら絶対殴ってるぞ)
クリストファーが知ったらギョとするようなことを思いながら、実彩は2人を眺める。
クリストファーはどこかぎこちなくリュカに接していたが、リュカの方は、同い年の人が周りにいなかったのか興味津々にクリストファーの話しを聞いている。
(なんだろ、この状況。平和だなー)
頭の上に僅かな重さを感じた。
視線を向ければ、帽子の上に二トが乗っているのが見えた。
ヒクヒクと鼻を動かす二トを片目に、実彩は窓の外をチラリと見る。
「………」
あーあ、こりゃまた大量にきたなー。
二トをムズッと掴んで右手に乗せる。
二トは掴まれたことが不服だったのか、実彩に向けて小さな足で蹴りを入れようとしてくる。
僅かに唇を上げると、実彩は2人に声を掛けた。
「お2人さん、どーやら、お客さんがいらっしゃったみたいだぞー」
「は?」
「お客さん……? あっ! すみません、私……ながいし過ぎたみたいですね。お客様がいらっしゃったのなら、すぐにお暇します」
頭いっぱいに疑問符を浮かべるクリストファーと客という言葉を聞いて慌てて帰ろうとするリュカに、実彩はすでに針化したニトを構えながら止める。
「いんや、むしろ私達と一緒にいろリュカ………クリストファー、私が相手をするからリュカを連れてさっさといけ。奴さん達はヤル気十分だぞ」
困惑する2人に実彩は窓に向かって軽く顎をしゃくる。
リュカとクリストファーが窓の外を覗き込む。
「「…………………………!!!!!????」」
「状況が理解出来たか?」
二階の窓から見えたのは、宿の外を覆い尽くすかのようなたくさんの人だかりだった。
おそらく、すでに裏口も塞がれているだろう。
実彩が仮面のスキルを使って調べた結果(仮面のスキルは込める魔力によって探索範囲が広がる)、どうやらこの宿には実彩達以外だれもいないみたいなのだ。
つまり、先回りされたということだ。
「アイツ等が乗り込んでくるのは時間の問題だろうな。表にいるのは私がヤる。クリストファーはリュカを連れながら追ってくる雑魚共を狩れ。すぐに追いつく」
椅子から立ち上がり、窓に手をかける。
「奴らの狙いは恐らくリュカだ。クリストファー、死ぬ気でリュカを守れよ」
「えっ!?」
リュカは狙われているのが自分だと言う実彩に驚きの声を上げるが、クリストファーは何か思い当たる節があるのか黙って頷いた。
実彩はクリストファーが頷いたのを確認した後、窓を開けてニトを一本放つ─────。
瞬間、増殖した大量の針が男たちの頭上に降り注がれた。
「……!? ……! ………っ!! ………っ!?」
外から響き渡る絶叫の嵐。
実彩は素早くリュカとクリストファーを連れて部屋を出る。
この間、実彩とクリストファーは何もやり取りをしていないが、クリストファーは沈黙したまま実彩の後に従いリュカはそんな2人に流されるまま引きずられる。
3人は裏口にまわった。
実彩は手のひらに拳大の白い炎を出現させるとそれを前に突き出し、
ゴォオオオ!!!
裏口ごと外で待ち構えていた人達を吹き飛ばした。
「驚きました、無詠唱ですか。それにしても、ずいぶんと乱暴ですね」
「質はともかく量で圧倒的に劣っているんだ。不意打ちで隙を作るしかないだろ」
「………」
焼け焦げた臭いを漂わせる元人間と直撃を免れこそしたが、火傷を負ってのた打ちまわる男達の姿にリュカは慄いた。
なにが起こっているのか、リュカには分からなかった。
しかし2人が自分を守ろうと行動しているのを感じている為、沸き起こっている疑問を必死に押し殺した。
(あの時、助けてくれたミーシャさんを信じよう。この人からは悪意や打算を感じない)
リュカはひたすら実彩を見詰めていた。
「ここから二手に別れるぞ。クリストファー、リュカ、逃げ切れよ」
「えっ!?」
「………」
そう告げると、実彩は踵を返して玄関口に向かい走り去って行った。
固い表情で見送るクリストファーとは裏腹に、リュカは実彩に向かって手を伸ばすが、その手が届くことは無かった………。
玄関口のドアを蹴破った実彩が見たのは阿鼻叫喚の針地獄だった。
細い針が身体中に突き刺さった男達は動いた瞬間、針がますます身体の中に入り込んで生み出す激痛にのたうち回ることすらままならなかった。
「………」
実彩は無言でニトを大量に発現させた。
実彩は自らが生み出した光景から目をそらすことなく、針を痛みに苦しむ男達に、更に投入した。
男達の絶叫がどこか遠くからしてくるように、実彩には感じた。
1人の男はハリネズミのように背中に針を生やし。
1人の男は新たに投げつけられた針によって、両目が潰れた。
1人の男は足が地に縫い付けられ。
1人の男は、頭に針が貫通して、絶命。
1人の男は──────………。
「………この位で、もう、大丈夫だな──」
カツコツカツコツと、足音をたてながら動かなくなった男達を見渡した。
実彩が歩く度、靴は血を吸い、身体は血の匂いを纏っていく。
殺さなければ、安心出来なかった。
この世界では僅かな迷いが命取りになることを、実彩は思い知っていたから。
自分のみならず、ほんの少し関わった人にさえ、悪意の牙が容赦なく突き刺さる。
実彩の脳裏に過ぎるのは……黒い煙りが立ち上がり、朱い炎が建物を舐め、空からは命の雫が降り注ぐ光景───。
頭が冴えていき、心が冷たく沈んでいくのが分かる───。
熱を感じさせない、感情を映さないガラス玉の瞳で、実彩は惨状の場を後にした。
腕を掴まれ無理矢理走らされる。
ひき留まりたいのに、強く掴まれた腕を払いたいのに、あの人の後を追いたいのに………。
「待って、待って下さい。あの人を、ミーシャさん1人で行かせるのですかっ!!」
リュカとて分かった。
分かってしまった。
2人の会話は、確かにそういったものだった。
それでもリュカは2人が本当に実行するとは思わなかったのだ、それだけの人数差だったから。
「クリストファーさん、貴方は本当にミーシャさんを囮にするつもりなんですか! 宿の外にいた人達はなんなんですか、私が狙いって、どういうことなんですか!」
そして狙われているのが本当にリュカならば何故、彼らは自分を助けようとするのだ。
ミーシャにとっては偶然に、クリストファーに至ってはついさっき逢ったばかりの自分に何故そこまでするのだ。
「黙りなさい」
ピシャリとクリストファーの鋭い声が耳を貫く。
「では聞きましょう。貴方に何が出来ますか? 僕や彼女のように………戦う術でもあるのか」
クリストファーは振り向くことなく、走りながらリュカに向かって話す様はどこか苛立っているようだった。
それはそうだろう。
なにしろクリストファーも実彩から逃げろと言われたのだ。
リュカの護衛の為────────────────────────本当にそうなのだろうか?
クリストファーとて思ったのだ。
相手の数の多さに。
戦力は多い方がいいだろうと。
『ここから二手に別れるぞ。“クリストファー”、リュカ、逃げ切れよ』
クリストファーもまた、実彩から戦力外通告されたのだ。
わざわざ逃げ道を確保された後に。
ギリッと歯を食いしばる。
悔しくて悔しくて、たまらない───。
だからこそ。
胸に渦巻く黒い感情に捕らわれていたクリストファーは気付かなかった。
名前を聞いたとき、確かにアレ?て思ったけれど、まさか、まさか本当に………。
(彼女て………………ミーシャさんて女の人だったんですかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????)
クリストファーが実彩を“彼女”と呼んだことで衝撃を受けたリュカが、口から魂が抜け出ているのを。
はい、リュカさんは実彩が女の子だと気が付きました。
今、彼の脳裏にはあることが巡っていることでしょう。黒歴史ならぬ、赤歴史の出来事が。
一方、クリストファーは言外に役立たずのハンコを実彩から捺されしまい酷く苛立っています。
でも、実彩ですから。
どこまで行っても実彩ですから。
傲慢さと意地の悪さを彼女は貫くだけです。
どこで間違えた私っ……!!
キャラクターが好き勝手動き回ってもう作者は諦めました(おい)。




