第14話
実彩はシーラにはんば押し切られる形で戦闘型治癒師となった。
訳が分からない、とうよりいいのか? 冒険者ギルトの受付嬢。私の治癒魔法は使い物にならないみたいなんだが。
『それではミーシャ様。こちらがギルトカードとなる魔術師のローブになります。いくら魔術師の証とはいえ、冒険者ギルトの支給のローブではお嫌でしたら他のギルトカードを支給させて頂きますが、どうなさえいますか?』
実彩はしばらく冒険者ギルト支給のローブを眺めていたが、そのままローブを受け取った。
『これでいい。刺繍のデザインもなかなか私好みだし、気に入った』
シーラは少し驚いたようだが、すぐにニコリと笑った。
『分かりました。それではミーシャ様の魔力をローブの刺繍に流して下さいませ。そうすれば、冒険者登録は全て終了となります』
実彩は早速魔力を刺繍に流した。
すると、ローブの7つある刺繍の内、3つが金色に変わった。
『刺繍の色が変わりましたね。それではミーシャ様はEランクとなります。Eランクからは魔物の討伐依頼を受けることが出来ますが、依頼が不達成の場合、罰金が発生致しますのでご注意下さい』
ん?
実彩は思わず首を傾げた。
Eランク?
『シーラとかいったけ? お前いまEランクて言ったけど普通は最低ランクのGランクからじゃないのか』
『ミーシャ様の場合、コカトリスの雛の討伐されています。ですから戦闘の実力は十分と冒険者ギルトでは判断致しましたので、ミーシャ様はEランクとなりました』
戦闘の実力さえ証明出来ればいい。
どちらにしろ一人前と見なされるDランクは試験に受からなければなれない。
『ふ~ん。まぁ別に構わないけど』
『待て貴様』
高圧的に実彩とシーラの間に入ってくる者がいた。
実彩と同じぐらいだろうか?
金髪の髪をなびかせ、緑色の瞳で実彩を睨んでくる。
『おい、女。どういうことだ? この薄汚い平民風情がEランクで何故俺様が最低ランクのGランクなのだ。納得のいく説明をしろ』
どうやら実彩の前に冒険者登録をした者らしい。
自分が最低ランクからなのに対し、実彩がEランクから始めるのが気に入らないのだろう。
ついでに実彩を平民風情と呼ぶということは貴族か。
『この方はギルトで戦闘面での実力が認められたのです。何よりコカトリスは雛とはいえ本来ならばBランク相当の魔物です。ギルトは今回、この功績を考慮しランクを決めました』
『つまりギルトはこの平民風情が俺よりも優れていると言っているということか!』
怒鳴る金髪男。
(宿に帰りたいんだけど………)
実彩からしたら付き合ってやれない。
ギャーギャー騒ぐ金髪男を横目に見ながら受付嬢に視線を飛ばす。
帰っていいか?
受付嬢は実彩の視線に気付いた。
そして生暖かい視線を返してきて頷いた。
(よし、帰るか)
シーラに軽く会釈して立ち去ろうとした実彩に金髪男が絡んできた。
『おい、貴様! コカトリスの雛なんぞ一体幾らで手に入れたんだ!!』
『………はぁ?』
思わず立ち止まった実彩。
見たらシーラもポカンと口を開けていた。
実彩はとりあえず、
『自力で狩ったからタダだな』
と返した。
いやぁー、だってねぇ? 他になんて返せというのか。
『嘘をつくな!? 貴様のような薄汚い平民がコカトリスの雛を狩れるわけがない! 正直に言えば牢に入れるだけで勘弁してやる!!』
『ワケわからねぇことをほざいてんじゃねぇよ、このワガママ坊々』
思わず目が据わる。
受付嬢のシーラも頭を抱えていた。
『コカトリスの雛にはこの方の武器でついたと思わしき傷がしっかりと残っておりました。それにこの方は魔力持ちです。コカトリスの雛からはこの方の魔力痕がありました』
魔力痕とは魔力の指紋のようなものだ。
いつ私の魔力痕とコカトリスの傷についた魔力痕を比べたんだ?
実彩は少し疑問に思った。
『魔力持ちだと!? ではコイツは平民では無いのか』
おいコラ、受付嬢と金髪男。人の個人情報をギルト内で言い触らすな!
周りの冒険者達の視線が痛いわ!!
『私は貴族じゃねぇよ! つかさっきから人のことをゴチャゴチャ言うな、お前のランクなぞこっちの知ったことか!! 実力認められたらランクは上がるんだ、私に突っかかって受付嬢に文句言う前に自力で魔物の一匹でも狩ってくればいいだろうが、そっちの方が遥かに早いわ!!』
『き、貴様!? 次期バズーラ家当主の俺様に対してなんという口のききかただ!』
『知るか! 家柄を持ち出す前に実力示せや!!』
その後は売り言葉に買い言葉。
ギルトの外で実彩とマロリーは勝負した。
そして実彩は人知れず街から姿を消す。
それで、終わりだと思っていたのに……………。
「私の、せい、なのか…………?」
呟いた言葉は誰にも聞かれることはなく、消えていった。
実彩はアレンが掛けてくれた毛布を脱いだ。
「………」
毛布を脱いだ時に身体から血の匂いがした。
実彩はキツく目を閉じると静かに部屋から抜け出した。
クリストファーは焼け焦げた冒険者ギルトの前に来ていた。
周りは王宮派遣騎士達がせしわなく動いていた。
「…………」
握る拳に力がはいる。
クリストファーは怒りに全身を震わせていた。
許せない。
あの愚か者はどこまで国に泥を塗れば気が済むのか。この事はギルトや冒険者、商人などを通して多くの国々に伝わるだろう。
その時、我が国はどれほどの非難と損失を被るのであろうか?
国が傾く。
王が配下たる貴族を御しきれていないと、足元を見られるだろう。いや、ヘタをしたら戦を仕掛けられるかもしれない。野心と欲望に満ちた国内の貴族達が反旗を翻すかもしれない。
バズーラ家の当主は外交をにたう優秀な官僚で国や王族、王自身に向けられる忠誠心は貴族の鏡と謳われる程の高潔な人だ。
だが今回の一件のせいで彼は職を失うだろう。
クリストファーは王宮で彼の人に会ったことがある。だからこそ、その息子であるマロリーが許せなかった。彼は貴族社会の中で、父の他に尊敬出来る数少ない人だから。
許せない。
せっかく当主たる父から任された仕事を、自分は何一つ果たせていない。
少女の保護も、バズーラ家子息を止めることも出来ず、自領を護ることも出来なかった。
冒険者ギルトにあえて残された3人の受付嬢達は全員──────死んだ。
シーラ、ミラ、ユラ。
彼女達はバズーラ家の私兵騎士達から少女の情報を守る為、冒険者達の情報が記録されている水晶を壊したそうだ。
その結果、彼女達は殺された。
私兵騎士達は彼女達を痛めつけ、暴行も働いたらしい。
ギルト内に残っていた冒険者がそう証言していた。
その冒険者も、受付嬢達を護ろうと私兵騎士達と戦い、そしてあの火柱に呑まれた。
焼け焦げたギルトから派遣騎士に助けられたが、ギルト内であった様子を騎士に最後の力を振り絞って話し、死んだ。
空から降った布と紅い雫は、受付嬢達の服と血。
それは魔法によってワザとまかれた。
自分達に逆らう者に対する見せしめと脅しだろう。
逆らうのならば、次はお前の番だと……………。
ギリッ……!
歯を噛み締める。
無闇に殺されていった者達はどれほど無念であっただろうか。
どれほど憎み、恨んでいただろうか。
どれほどっ…………!!
「落ち着け、レタックの坊ちゃん。気持ちは分からなくねぇがテメェが焦ったて何にもならねぇよ」
クリストファーの頭をポンとアレンは軽く叩いた。
「………アレン団長殿」
「おう。て、随分と死にそうな顔をしてんな。大丈夫かよ」
青ざめているクリストファーの顔色を見てアレンは顔をしかめた。
(おんなじ貴族のガキでなぜこうも違うのかね)
片や民を蔑み、片や民を想う。
バズーラ家の子息とレタック家の子息。
「聞きましたよ、アレン団長殿。貴方はギルトが火柱が上がる前に来ていながら何故、現場を離れたのですか? 何故、受付嬢達をすぐに助けなかったのですか? どうして………………今更のこのこ戻って来たんだ!!!」
クリストファーはアレンに掴み掛かった。
アレンの方が遥かに上背があるせいか、クリストファーが見上げる形になる。
「駆けつけていたんでしょう? バズーラ家の愚かな私兵騎士共を止めに来たんでしょう!? 捕まえに来ていたんでしょう!! なのに何故すぐ現場を離れたんだ!!! なんでっ…………」
「…………」
アレンに掴み掛かった両手は力の入れ過ぎで白くなっていた。
クリストファーの様子をアレンは静かに見下ろす。
「貴方なら助けられたんじゃ無いんですか………! ギルト内に残された受付嬢達を!? 彼女達を護ろうとした冒険者を!! 貴方なら!!」
ギリギリと胸ぐらを掴んでいるクリストファーを止めたくても声をかけられない派遣騎士達はただ遠巻きに2人を見つめた。
「なんとか言ったらどうなんですかっ!? アレン団長殿!!!」
「………」
アレンを見上げるクリストファーの目には涙さえ溜まっていた。
悲鳴のような訴えに、アレンはクリストファーの頭を再び、ポンと叩いた。
「悪かった」
静かに…………されど強く、アレンはクリストファーに言う。
「バズーラ家の私兵騎士共がここまで増長する前に止められなかったのは俺のミスだ…………ギルトが燃やされたのも、受付嬢達や彼女達を護ろうとした冒険者が私兵騎士共に殺されたのも俺の責任だ」
悪かったともう一度呟き、ポンポンと頭を叩いてくるアレン。
まるで不安がり、怯えている子供をあやすかのように。
「………っう────っっ!」
クリストファーとて分かっているのだ。
王宮派遣騎士は、あくまでその領を治めている貴族の武力面での補佐をするために王より遣わされている。
それは地方の貴族が自領の武力を持ちすぎないようにする為でもあるし、たとえ地方の貴族であっても武勲や手柄を立てたならそれを正式に評する為に。
分かっているのだ。
本来ならば、レタック家の当主であるアンドレアスやクリストファーが対処しなければならないということを。
アレンに咎はない。
咎があるのは、自分だ。
それなのに……自分はアレンに八つ当たりしたばかりか自領の民を護る貴族としての義務と責任を彼のせいにした。
クリストファーは彼にギルトが燃えるまで起こった状況をアレンの部下から聞いていた。
アレンが現場を離れた理由も。
アレンはギルトの近くにいた“少年”を避難させる為に一旦現場を離れた。そして、アレンが少年を担いですぐにギルトは炎上した。
そして空から降る布と血の雨にショックを受けた少年を他の部下に任せることが出来なかった、理由は教えてくれなかったが、アレンが運ぶしかなかったのだと聞いた。
「…………」
「うぅ…っうぅ」
ポンポンと軽く頭を叩く自分よりも大きな手。
アレンに泣きついている自分が、どこまでも情けなかった。
私兵騎士の団長は酷く焦っていた。
まさか痺れを切らしたマロリーが数人の騎士達を連れて冒険者ギルトに乗り込み“少年”の情報を奪おうとしたばかりか、反抗したギルトの職員達とギルトマスターをマジックアイテムを使って地方に飛ばし、更に受付嬢達に暴力と暴行を働いた上で殺した。
そしてその受付嬢達の死体が干からびるまで血を抜き、服を細切れにして空から降らすなど正気の沙汰ではない。
私兵騎士の団長はもう何もかも投げ捨てて逃げ出したかった。
殆どの私兵騎士は街中で捕まり、残った私兵騎士達とマロリーは街外れの森に逃げ込んでいた。
マロリーは大量の魔石を地面にバラまき何か企んでいた。
しばらくの間、私兵騎士団長はうなだれていたがフッと周りが静か過ぎることに気が付いた。
不安がっていた部下達の声が聞こえない。
顔を上げると辺り一面が血の海になっていた。
「!?」
急いでマロリーの方を向いた瞬間、自分の視線が低くなっていた。
……………彼が最後に見た光景は、血の海に佇んだマロリーの歪んだ笑みだった。
マロリーの凶行を離れたところから見ていた者がいた。
真っ白なフードを被ったその男はマロリーが地面にバラまいた魔石と同じ物を手のひらの上で弄ぶ。
「おやおや。バズーラ家の御子息はアレを使う気ですか。これはこれは………いい実験結果が出ればいいのですが、ね」
その男はそう嘯くと、森の奥へと消えていった。




