第11話
人捜し。
実彩には確かに、人捜しと聞こえた。
「ちょっと待て、お前いま人捜しと言ったか? 何でそんなもの私に頼むんだよ。言っとくがギルトは私が冒険者登録するさい私を治療師扱いにしたが、私の専門は戦闘だぞ。人捜しには向かない」
実彩はキッパリと断ったが少年は別のことに驚いた。
「治療師? 貴方は回復魔法が使えるのですか」
その言葉には驚嘆の色があった。
治癒系統の魔法を使える魔術師は、希少な魔術師の中でも極めて少ないからだ。
「完全に使えない訳ではないが、どちらかといえば薬草や医術による治癒の方がメインだな。治癒系統の魔法はかなり魔力を使うし、何より魔法自体が繊細過ぎて実戦向きではないし」
「それでも十分に凄い事ですよ。それより、良いんですか? ご自身が治癒師だということを明かしてしまって」
こんな所でと言いたいのだろう。
確かにギルト内で自分の情報を明かすのは愚かな行為だ。実彩や少年の様子を見ていた冒険者達は実彩が治癒師と知って色めき立っている。
しかし実彩はそんな周りの様子なぞ対して重要視していなかった。
「さっきも言ったが私の専門はあくまでも戦闘だ。私の治癒魔法は自分で言うのもなんだが、ハッキリ言って実践の方でも対して使えない紛いものだ。バラしても私にはあまり害にならない程にね」
「…………なんだか逆に気になるんですが、何ですか? 知られても困らない治癒魔法て」
「怪我の痛みが、あれ? 何だか和らいだような気がするような?? 程度のものだ」
(((((((使えねー!!!)))))))
ギルト内の冒険者達の気持ちが一つになった。
確かにそれではあまり害にはならないだろう。
実戦でも実践でも使い物にならない。
「そ、それはまた何ともいえませんね」
少年も若干、顔が引きつっている。少年も実彩の治癒魔法の微妙差加減にフォローすることが出来なかったのだ。
「一応練習はしたんだがな、気力体力精神力魔力が疲弊するばかりで使い物になるレベルにならなかった。私としても薬学と医学の知識があるから無理して治癒魔法を覚える気もないし、むしろ痛みが多少和らぐ程度で事足りるから別に構わないし」
宝の持ち腐れ。
というよりただ面倒くさいだけなんじゃないか?
そんな空気がギルト内に漂い始めたが、少年は咳払いをして気を取り直す。
「それはともかくとして。僕としては、やはり貴方に協力を頼みたいんですよ。貴方の直感力と行動力が僕には必要なのです……………それに貴方は中々高い評価をギルトより受けているみたいですしね」
そう言って少年は実彩が着ているローブを見る。
正確にはローブの裾の方や首元、手首にある刺繍を見た。
実彩の着ているローブは冒険者ギルトから支給されたギルトカードの役割を果たしているものだ。
そのローブに刺繍されている裾や首元、手首のうち、両手首と右裾の刺繍は鮮やかな金色をしていた。
ローブに刺繍されている刺繍の数は全てで7つ。
両手首と両裾に1つずつ、首元に3つで計7つである。これは冒険者のランクを示していた。
「冒険者のランクはA~Gと、最高ランクを示すSランク。Sランクになった冒険者はギルトから新しいギルトカードを授かるそうですが、僕達のような普通の冒険者はギルトカードに直接金色の模様があらわれる」
実彩のローブに浮かぶは、3つ。
つまり、彼女のランクはE。
F・Gランクは基本、薬草の採集などといった戦闘には関わりのない依頼が殆どだ。
冒険者はEランクから討伐などといった依頼を正式に受けることが出来る。
「だから何だ? 人捜しならそれこそFランクの冒険者で事足りる。わざわざ私に頼む必要はないだろうが」
「僕は貴方に頼みたい。そして必要だと思っています……………僕はつい最近冒険者登録したばかりの新人です。今、僕のランクはF。冒険者が一人前と認められるのはDランクからです。でも、戦闘の腕を認められれなければ、Eランクには成れない」
ギルトが認めなければ、ランクは上がらない。
ギルトのランクは厳格であり、公正である。
「貴方は僕よりも年下に見えます。にもかかわらず、貴方は僕よりもランクが上。そのランクこそが貴方の実力そのものの証ではないのですか」
「………ランクが、全てではないだろうが」
実彩の声音が、いきなり冷たくなった。
少年は思わず、息をのんで硬直する。
(なんだ……!! この────潰されそうなほどの重圧感はっ!?)
ゾッとした感覚が身体中に走り背筋に冷や汗が流れる。クリストファーは全身に実彩の怒りを感じていた。
「断る」
実彩の冷たい声がギルト内に広がる。
実彩の目は冴え冴えとしていたが仮面を被っている為、少年も周りの冒険者達も、気付いてはいない…………。
「…っ、り……理由をお聞きしても?」
少年は奥歯を食いしばりながら、吐き出すように聞いてくる。
そうしなければ、身体の震えが抑えられそうにないからだ。
「お前が気に入らない」
実彩は一言で切り捨てた。
少年の異変にも、まるで気付いて無いかのような振る舞いだ。
実彩は席を立ち、その場から立ち去ろうとした。
「まっ……待って下さい!」
少年は実彩を引き止めようとして、とっさに腕輪に魔力を送り込もうとした瞬間に──────
ヒュッと空気を切る音が鳴る。
「………」
「………」
少年の首に鋭い針が添えられていた。
長さ20㎝の細い針。
ニトが武器化した姿だ。
「手を出すのなら覚悟しろよ? 私は手加減はしても容赦はしない」
最早、実彩は少年に対して敵意を隠す気がない。
少年は何故、実彩が敵意を向けてくるのか分からずに困惑していると─────。
「すまんがそこまでにしてやってくれないか? その子は、分かっていないんだ…………」
ギルトの入口に少年と同じ髪と瞳の色をしている壮年の男性が灰色の執事を連れて立っていた。
「ち、父上っ!?」
「………」
父上と呼ばれた男性は困った顔をしながら実彩の前までやってきた。
執事もその後に続く。
「この子が君に対して随分と失礼な態度を取ってしまったようだね。私はアンドレアスというものだ、息子がすまなかったね」
そう言って軽くでもあるが、頭を下げてくる男性に今度は実彩が困惑してしまった。
少年の方も目を丸くして驚いている。
「いいのか、私みたいな者にこんな所で頭を下げて──────貴族だろ? あんたら」
最後の呟きは小さいなからも男性の耳に届いたらしい。
苦笑しながらも答えてくれた。
「子の不始末を詫びるのは親として当然のことだからね。気にしないでくれたまえ」
軽く息をつくと、実彩は少年に向けていた針をしまった。
「謝罪を受け入れ今回は引くが、2度目はないぞ?」
「あぁ、ありがとう」
男性は淡い笑みを浮かべて、実彩に道を譲った。
実彩は何事もなかったかのようにギルトから出て行った。
その様子を当事者でありながら黙って見ていた少年は、父親と共にギルトの個室に入り、父親が腰掛けるのを見届けてからおもむろに口を開こうとしたが、少年の父親が先に話し掛ける。
「クリストファー。あの者が、何故あれほどに怒ったのか分かるか?」
「…………」
少年………クリストファーは首を横に振った。
彼には実彩が、何故あれほど怒ったのかまるで分からなかった。
クリストファーの父、アンドレアス・バーグレイツ・レタック辺伯爵はため息をついた。
「あの者が怒ったのはお前が依頼の内容を話さなかったからだ」
「依頼内容は最初に話しました」
クリストファーは少し険のある声が出た。自分は最初に依頼内容を話した。非難される覚えはない。
しかし、アンドレアスは首を振るった。
「お前は確かに、あの者に“人捜し”と言っていたらしいな。だが、逆に言えば人捜しとしか言わなかったのだろう?」
「それは………」
「どの様な者か、何か目印になるような物はないのか、捜す理由は? その依頼の報酬は幾らかなどの話は一切話さずに、あの者に依頼を受けさせようとしただろう」
クリストファーは黙り込んでしまった。
アンドレアスは続けた。
「クリストファー。しかもお前は名乗りもしなかったそうだな? あの者はきっとお前が貴族だと気付いていただろう。そして必要に戦闘が出来ることを求めていた………ただの“人捜し”に戦闘力を求めるのもおかしな話だ。何か危険な裏があるのではないかと警戒するのも仕方あるまい、が」
アンドレアスの目に剣呑な光が浮かぶ。
「お前はあの者に依頼を受けさせる為にギルドカードの腕輪に手を置いていたそうだな。依頼を断るようなら力ずくで言うことを聞かせようと思っていたのか? ────────この愚か者が!!!」
アンドレアスの怒声が部屋の中に響き渡った。
どうやら彼は相当怒っていたらしい。
「あの者の言うとおり人捜しだけならFランクの冒険者で事足りる、いや、足りる所か彼等でなくては務まらんと言った方が正しいかもしれない」
「は? 何をおっしゃっているのですか父上、冒険者ギルトにおいてランクの格付けは厳密にして厳格の絶対的なものではないですか………」
「確かにギルドのランク付けは厳密にして厳格ではあるが、絶対的なものでは決してない」
冒険者ギルトのランク付けはその冒険者の持つ力量によって厳密に審査をされてつけられるものではあるが、薬草探しや人捜し、情報や仲介などといったものは戦闘力が皆無では無いとはいえ特に必要とされてはいない。
ここが冒険者ギルトの格付けの落とし穴である。
冒険者ギルトの格付けは魔物や戦争などといった戦闘力をベースにつけられるため、戦闘面以外での評価は極めて低い。
最も王族貴族相手の依頼などがあるためDランクからの格付け試験では言葉遣いや礼儀作法などといったものも求められるようになるが、それはまた別の話である。
「G、Fランク者は確かに低ランク者だ。しかし彼等の横の繋がりはかなり強い。そのため人捜しなどといった情報が命の依頼ではその町々の低ランク者に頼むのが一番だと言われている…………実際に薬草探しや人捜しなどを専門にしている冒険者達はそれこそ高ランク者と変わらない扱いを受けている者もいるほどだ」
クリストファーは唇を噛み締めて俯いた。
父アンドレアスの言うとおりなら、クリストファーはギルト内に居たであろう低ランクの冒険者達を侮辱した事になる。
アンドレアスは執事に視線を送った。
執事が頷いたのを確認してアンドレアスは立ち上がる。
「しばらくここで頭を冷やしなさい…………己がいかに狭い視野で物事を判断していたのか、己がいかに傲慢であったのか────相手をどれほど見下していたのかを」
クリストファーの肩がピクリと震えた。
アンドレアスの去った部屋にはクリストファーと執事のレジスだけが残された。
「クリストファー様。旦那様はクリストファー様にお任せした此度の一件は、最後までクリストファー様にお任せするとのことでしたが……………いかがなさいますか?クリストファー様が自分の手に余るとお思いなら、不肖このレジスめが引き継ぎま「大丈夫です、僕が最後までやります」」
レジスが言い終わるより早くクリストファーは言った。
クリストファーは立ち上がると側に控えていたレジスに言う。
「自分がいかに自分本位であったか、父上の叱責を受けるまで全然分かっていませんでした。これではバズーラ家の御子息のことはいえません。ですが僕はいずれ、レタック家を継ぐ。レタック家を継ぐ者としてこれ以上の失態はおかせませんし、またおかしません」
クリストファーの瞳に力強い光が射す。
「父上に伝えてくれ、僕は必ず父上のご期待に添いますと……………僕だって貴族であり冒険者なんだ、引き受けた仕事はやり遂げると」
「かしこまりました」
レジスは綺麗にお辞儀をした。
「腹立つあの野郎………! 私に喧嘩売ってんのか!? あんな依頼受けるわけないだろうが。怪しさ満点過ぎるはボケ!!!」
ギルトから出て行った実彩はイライラしていた。
理由はアンドレアスがクリストファーに教えていた実彩に対する態度についてだ。
「なにが人捜しだ、人捜しになんで戦闘力が必要なんだよ! しかもあの野郎っ…………魔法で牽制しようとしやがった!! ふざけんじゃね────!!!」
現在、実彩は暴れています。
「グッふ」
「痛ってぇ!?」
「ギャアアアア!!?」
「うわっ!?」
人を千切っては投げ、千切っては投げてをひたすら繰り返す。
「ぎぃっ……!」
「うっっ──!?」
「待て待て待て!?」
「ばかか!? こっちに来るんじゃねぇ!!?」
十数名はいるであろう男共相手に、千切っては投げ千切っては投げ千切っては投げ千切っては投げ千切っては投げ千切っては投げ…………………。
「てめぇらもしつけーんだよ! とりあえず、くたばっとけやーーーーーー!!!」
八つ当たり気味に殴ったり、蹴り上げたり、締め落としたり、踏み潰したり、ニトを投げつけて縫い付けたりしている。
「俺達が悪かった!!」
「もうやめてくれっ…………!」
「いてぇよーーーー!!」
「ぐはっ」
とうとう男共の中には泣き出す者もいる。
しかし、実彩は止まらない。
「じゃっかしいわーーーー!! もうテメェ等このまま私の八つ当たりに付き合えや!!!」
高らかに宣言する実彩。
つか、八つ当たりて認めちゃった。
それを聞いた男共は自分のことを棚上げして、口々に実彩を非難する。
「ふざけんな! この糞餓鬼ィいいい!!」
「そうだ! そうだ!! 暴力反対!!!」
「話し合いで解決しよう!!!」
「暴力は何も生まない!!」
「お前は血も涙も無いわけではないだろう!? 有りますよね? むしろあるといってくれ!!」
「何でこんなに強いんだよ、このガキ!」
「世の中不公平だ!!」
「母ちゃんが泣くぞ!」
「親父に謝れ!!」
「はした金でこんな事するんじゃなかった!!!」
「ハァハァ………ハァ……ご主人様………………」
「誰だよ!? ガキを締め上げるだけで酒代が簡単に稼げるていった奴は!!」
「イヤだ! 死にたくなっ!?」
ボッコォと顔面から聞こえてはならない音が出た。
男共の顔(*1人を除く)が盛大に引きずる。
死にたくないと叫んでいた男の顔は─────潰れていた。
鼻と幾つかの歯は折れ、血まみれになっている。
「クックックッ………あっ、ハハハハハハハっ!!!」
ユラリと血まみれの拳大の石を掴んでいる右手を背後に軽く振るう。
ゴッと実彩の後ろで音がした。
…………どうやら握っていた石を投げたようだ。
「「「「「「……………」」」」」」
仮面の下から覗く口元が男共の恐怖心を煽る。
「…………お前等さ、ちょっといっぺん死んでみる?」
彼等の身勝手極まりない言い分に、相当、神経を逆撫でされらしい。実彩は怒りのあまり、ちょっとハイになっていた。
しかし、宣言された男共はたまったものではない。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………っ!!!!!!!!!!!!????????????
実彩の言葉を頭が理解した瞬間、彼等は叫んだ。
「「「「「「誰か助けてくれー!!!」」」」」」
「あぁぁぁっ!! ご主人様!!!」
一部、おかしなセリフもあったが、派遣騎士が悲鳴を聞いて駆けつけるまで、男共の悪夢は続いた。
そして、本来なら派遣騎士に保護されるべき立場にいるはずの実彩は、その妖面な姿と悲惨な現場に逆に派遣騎士達に追いかけまわされるコトになり。
王宮派遣騎士団の本部に連行されることになった。




