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2. お山の案内人



リストラされた日から2週間後、10年住んだ賃貸の解約やら荷物整理やら諸々手続きを終わらせて、俺はじいちゃんが残してくれた家に向かっている。


土地勘もほとんどないので、周囲の散策も兼ねて徒歩で向かってみるかと、最寄駅に到着した時はそう思った。


駅から山の麓まではとりあえずタクシーで移動することにして、麓の近くのドラッグストアを見つけたところで下ろしてもらった。


適当にお菓子やおにぎり、飲み物を買いこんで、いざ。


山奥へ伸びる、車1,5台分ほどの幅の砂利道の入口に立つと、どこかから視線を感じて道の先に目を遣る。


じーーーっ


道を横断しようとするリスと目が合った。


フワフワの尻尾をピンと立てて後ろ足で立ち、時が止まったように動きを止めて、キョトンとした顔でこちらを見ている。


しばらくお互い見合った後、リスは行き先を変えたのか、横断せずに砂利道の先へトコトコ歩いていった。


行先は一緒なので、俺もその後に続いて歩き始めた。



◇◇ ◇◇



家を目指して道を進み始めてから、20分ほど経ったところで、一旦足を止めて水を飲む。


全方位、草木に囲まれてお気楽に森林浴気分を楽しめたのも最初だけ。


長年デスクワーク中心の生活で、運動不足を極めた身体が、早くも悲鳴を上げ始めた。


ふくらはぎが、パンッパンである。


全身の毛穴から、汗が吹き出して止まらない。


田舎暮しというより、いきなり山暮らしはハードルが高かったかもしれないと、気分がやや後ろ向きになりそうだ。


山に入ってから、ずっと、木々が生い茂っているから直射日光は浴びてない、といえどまだまだ昼は残暑厳しい。


ここが都会であれば、汗だくの身なりを気にして身嗜みでも整えるところだが、ここには人っ子1人いないので、Tシャツの裾で適当に汗を拭う。


じーーーっ


身嗜みに気を遣う必要はない、のだけど、ずーっと視線は感じている。


10メートルほど離れた道の先には、なんと先程のリスが立ち止まってこちらを見ていた。


リスは俺を先導するかのように、ここまでずっと俺の前を歩いていた。


時折、俺がちゃんと着いてきているか確認するかのように、クルッと振り返っては、距離が縮んだらまた先を歩き出した。


最近の野生のリスは、こんなに人に慣れているものなのだろうか。


俺のペースが遅れると、待っている間中ずっとリスが俺を見てくる。


ずーっと見てくるのだ。


急かされているように感じて、頑張ってリスのペースに合わせようとするほど筋肉が疲労するので、休憩も多め長めになってしまう。


悪循環かもしれない。


ぬるくなった水の残量が気になってきたところで、もう一段ほど小高い場所に、屋根の端が見えてきた。


「…やっと着いたか。やっぱ、軽トラでいいから、おじさんに1台借りよう。」


体力は追々つけていくとして、田舎暮らしもとい山暮らしするとしても、ここでは車が必須だ。


麓のドラッグストアまでの距離も、今の俺にとっては正直しんどい。


傾斜の角度が高い山道は、当然のように舗装されてない砂利道だから、自転車移動もトレーニング並にしんどそうだ。やめておこう。


またしばらく山を登って、家の全景が見えてくる。


ポツンと一軒家の割に、建物の周囲は綺麗に整備されていて、驚く。


森の中にぽっかりと、広めの空間が現れた。


太陽の光に照らされすぎた風景が眩しすぎて、自然と目を細める。


自家菜園のような小さな畑、その向こうに流れるささやかな小川、反対側には色鮮やかな花も咲いており、そよそよと風に揺れている。


雑草も綺麗に整えられて、ちょっとしたガーデンパーティでもできそうな、小綺麗で立派な庭だ。


都会だったら、この広さの土地代だけで幾ら金がかかるのか。考えただけで恐ろしい。


俺が越してくると聞いて、おじさんがここまで整備してくれたのだろうか。後でお礼を言いたくなる見晴らしだ。



なにせ、2週間前までは働き詰めだった。


日が昇りきる前に出勤して、真夜中近くに帰宅することもザラで、休みの日には死んだように寝て一日が終わる。


こんなふうに、燦々と照らす太陽光を浴びることも、ここ数年は数える程もなかったと思う。


太陽の下に進むと全身が、血液さえも、沸騰するように暑い。


掌を太陽にかざすと、オーブントースターのように、ジリジリと、肌が焼けていく感覚がする。


「…ハハッ。なんか、生きてるって感じだな。」


川のせせらぎや、鳥の鳴き声、風に揺れる葉音、そして、自分の鼓動の音。


色んな音は耳に入ってくるのに、都会にいた時と比べて、なんて静かなんだろうと思う。


まるで、ここだけ現代から切り離されたように、静寂の中でこそ引き立つものだけが、音色を立てている。



ここまで道案内してくれたリスは、どこから見つけてきたのか、木の実をくわえて木の影からこちらを覗いている。


じーーーーっ


本日何度目かの見つめ合いの後、フイッと森の中へ走っていった。



「じいちゃん、俺、ここ気に入ったよ。これで家にクーラーがついてたら、最高なんだけど…お邪魔しまーす」


応える人もいないけれど、そう呟きながら玄関の鍵を開けた、その瞬間。


びゅォォオオーーーーー


突然吹き付けた突風に強く背中を押されて、俺は玄関を跨いでいた。


その後、家中探検した結果。


なんと、各部屋に高性能クーラーが設置されていた。


俺は思わず、天国のじいちゃんに手を合わせて、感謝の言葉を呟いた。





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