事件簿⑧被食実験編
タイトルにある通り、被食描写があります。苦手な方はご注意ください。
昼休みのチャイムが鳴り終わるとすぐ、鞄から弁当を取り出した。
「休憩入ります」
司書にそう声をかけて席を立つ。デスクで食べてもいい事にはなっているが、司書と二人で昼食を取るのも気まずいので食堂に通うことにしているのだ。
未だPC画面を見つめる司書に会釈をし、退室すべく扉を開ける。すると……
「やあ!昼休みだね!少し付き合って貰えないかな!」
所長が、とびきりの笑顔を浮かべて真正面に立っていた。
俺は、黙って扉を閉めた。
「司書さん、俺今日からここでご飯食べます」
「構いませんが、所長の機嫌は損ねないようにお願いしますね」
俺の宣言に対し、司書はほんの少し俯いて答えた。
まさか、所長の相手をしろと言うのだろうか。
背後からは、執拗に扉を叩く音が聞こえてくる。
今にも扉を開けて入って来そうな勢いだったので、体重をかけて扉を抑えた。
「もう君にしか頼めないんだ!」
「副所長にもアンにも断られたんだよ!」
「トンは……あいつは幅があるから無理なんだ!」
「俺に何させるつもりですか!」
一際強く扉を叩いた後、所長はさらに叫ぶように言葉を重ねた。
「危険はない、君はただ指定された場所に立っていてくれるだけでいいんだ!」
司書が細い目で俺を睨みつけている。が、マニュアルとか心得とか知ったこっちゃねぇ、最終的に自分の身を守れるのは自分だけだ。ここは一歩も引くものか。
俺は急いで白衣のポケットから端末を取り出した。
緊急連絡先の中から、副所長を選択し電話をかける。
所長対策なら、きっとこれが最短ルートのはずだ。
「……はい、副所長です」
数回のコールの後、副所長が応答した。
「た、助けてください!所長が文書管理の前にいます!」
我ながら意味不明な連絡だな、と思いつつ状況を説明しようとしたのだが、所長の目的が不明な以上、何を言えばいいのか分からず一瞬フリーズしてしまう。
言い淀んだ数秒の後、何かを理解した副所長が、あぁ、と納得したように口を開いた。
「すまない、適当に相手をしてくれ。危険は無いはずだ」
「え……」
「健闘を祈る」
ピ、と短い音がして、通話は絶たれてしまった。
途端に、絶望の縁に立たされる。
副所長に見捨てられれば、もう所長を止める術は失われたという事なのだ。
「……司書、もしかして彼は今忙しいのかい?」
背後からの所長の声に、俺は最後の希望を込めて司書の方を見た。頼む、忙しいと言ってくれ……!部下を守ると思って……!
「彼なら空いていますよ、好きに使ってください」
「司書さん!」
酷い裏切りだ……
途端に、強く扉が押されて所長が上半身をねじ込んできた。
所長は扉を抑えていた俺の腕をがっしりと掴んで眼鏡を光らせる。
「さあ行くよ……!」
「嫌だぁぁぁ……」
こうして俺は、司書に見送られ、弁当と共に所長から誘拐されたのだった……
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誘拐された先は、同じ階の一番端……行き止まりだった。
荷物用の大きなエレベーター前のスペースに、折りたたみ式のテーブルとパイプ椅子、ノートPCなどが設置されている。
そして、円を囲むように四次元記録気……所謂録画用のカメラとマイクがセットされていた。
所長は俺の手から弁当を奪い取り、パイプ椅子に腰掛けた。
「あぁ、そうだ。携帯端末と、腕時計とか何か持ってるならそれも出してくれ」
「え?何で…」
「実験の邪魔になるからだ」
俺は渋々、全ての電子機器を所長に手渡した。
所長はそれらを「遺留品」と書かれたプラのケースにしまっていく。
「俺死ぬんですか?!」
「はい、じゃあそこに立ってくれ!」
所長は俺を無視して床を指さした。その先には、明らかに怪しい足跡マークが描かれている。
「あの、せめて何が起こるか教えてもらえませんか?」
「何を言ってる、仕掛けがわかっていたら実験の意味がないだろう。さあほら、早く!休憩時間が無くなってしまうぞ?」
所長はプレゼントを前にした子供のように目を輝かせ、俺が指示に従うのを待っている。
待ちながら、俺の弁当の包みを開け始めた。
「ちょっと、何やってるんですか」
「食べながらでも記録は取れるから安心したまえ」
(違う、そうじゃない!)
なんて叫び出しそうなのをグッと堪えた。
サキコと言い所長といい、彼らにはパーソナルスペースというものが無いのだろうか。
「そうだ。私が実験に夢中になれば君の弁当は守られるかもしれないぞ?」
「ぐ……」
どうやら、俺の弁当は人質となってしまったようだ。
ちらりと通路の方に目を向けた。同じ階には文書管理も救護室もある。司書やトン、それか他の産業医がすぐに駆けつけてくれるはずだ。
俺は渋々、足跡の上に乗った。
ギュッと目を瞑り、衝撃に備える。が、何も起こらない。代わりに、重い石が擦れるような、ゴゴゴ……という音がどこからか聞こえて来た。
「……?」
音源を探して見回していると、ちょうど頭上から、何か液体のようなものが落ちてきた。
「えっ……な、なに……?」
頭や肩に垂れた液体を手に取ると、どろりとした粘性のある、白濁した生暖かい液体だった。
ゆっくりと顔を上げると、大きな口を開けた何かが涎を垂らしながら、俺を喰らおうと迫っているところだった。
「わ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
俺が叫ぶと同時に、その何かは勢いよく俺に落ちてきた。
飲み込まれるのは一瞬の出来事だった。
気付けば視界は完全な暗闇となり、全身がギュウギュウと締め付けられるような感覚があった。
動物の唸り声のような、内臓が動く音のような低い轟音と心音が響いている。
凹凸のある内壁は、ヌルヌルとした粘液に覆われて掴むことも出来ず、藻掻けば藻掻くほど耳元でぐちゅぐちゅと液体の音が大きく鳴り、身の毛がよだつ。
「助けて……!」
まだ地面の感覚が残る足を動かし抵抗しようとするが、動いた弾みで身体が持ち上がり、より深く飲み込まれてしまう。
「ひっ……」
俺の身体は完全に謎の生き物の体内に飲み込まれ、外界との接続は絶たれてしまった。
「出して!出してください……!」
生暖かい肉壁を叩くことは出来ず、強く押そうとしても滑ってしまう。そして、蠕動による圧力に全身を揉まれているうちに、体力は奪われ続けた。
どぷ、と頭上から粘液が流れ込み、思い切り顔に被る。
呼吸を確保するためなんとか顔面の液体を拭ったが、その手にはゼリー状の粒のような感触があった。
これが、消化された者の末路なのだろうか?
(終わった……俺ここで死ぬんだ……)
命の危険は無いって言っていたのに……
遺留品と書かれたケースで気付くべきだった。どうせいつもの、所長の悪ふざけだろうとタカをくくってしまったのだ。
もしかして俺は、何か知ってはいけないラボの秘密に近付きすぎたのだろうか?全く心当たりは無いけれど、知らず知らずのうちに触れてはいけない何かに触れてしまって、所長自ら俺の存在を消しに来たのではないだろうか。
抵抗しても、もう無駄なのかもしれない。
やがて、頭がぼんやりとして来る。絶えず鳴り響く心音のせいなのか、暖かい体温のせいなのか。はたまた、繰り返される蠕動運動に体力を奪われてしまったのか。
なんなら、昼食もとっていないことを思い出す。
(お弁当、おかず何だったんだろうな……今日の夕飯も……)
身体の感覚や思考の境界が溶けていくような感覚に恐怖を覚え、身動ぎをする。が、当然その程度で外に出られるわけもない。
意識を手放す寸前、全身を締め上げていた圧力が弱まり、足裏に硬い感触が戻ってきた。
ゆっくりと吐き出されて、濡れた服がピッタリと張り付いて冷えていくのを感じる。
力の抜けた足では立つこともままならず、足元が崩れると同時に一気に身体が抜けた。
「ぷはっ…」
身体を支えることなど到底出来ず、俺は冷たい床へと倒れ込んだ。
「素晴らしい!とても良い反応だ!」
所長だけが嬉しそうに拍手をしていた。
俺はまるで、長時間のプールから上がった時のような重い脱力感でぐったりとしながら、所長が記録用紙に向かっているのを眺める。
「あの……立てません……助けてください……」
息も絶え絶えにそう伝えるも、所長は俺の状態を更に記録するだけだった。
「中はどうだった?どんな気持ちになった?途中から藻掻くのをやめたようだが、あれは何故かな。諦めたのか?どのタイミングで諦めた?教えてくれ、どうしてだ?」
「知りませんよ……」
「何でもいい、覚えていることを教えてくれ!」
「……意識が、なくなるかと」
「ほう!」
「動くほど体力が持って行かれて……つぶつぶ?みたいな……俺もこうなるんだって……怖かったけど……抵抗、できなくて……」
「あぁ、やはり。追加したのは正解だったな……」
俺は、手についた粘液を改めて見てみた。
水を吸って膨らむビーズを潰したようなものだった。白濁した液にまみれているが、粒自体は透明のようだ。
所長の質問に答えているうちに、急速に身体が冷えていく。あまりの寒さに、涙が溢れてくる。
「足まで呑まれた時もヤバかったです、もうダメかも、みたいな……」
「あれは君が自分から入ったわけじゃなかったんだね」
「そんな訳あるかぁ……」
べしょ、と音を立てて俺は顔両手で顔を覆った。
その時、虚しくも休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「おっと、時間だね。それじゃ、私も仕事に戻るとするよ!」
「嘘だろ……?!」
所長はそのまま、俺を置いて壁の中へと消え行った。
所長の身体が壁に飲み込まれる瞬間、壁には電子的なノイズやグリッチのようなものがビリビリと走って見えた。
隠し扉か何かだとは思うが、そんな事はどうでもいい。
オレは未だに、一人で立てるだけの体力が回復していない。
「だ、誰か……」
「誰か助けてぇぇ……」
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その後、俺は偶然通りかかった清掃部隊によって助けられた。
シャワー室へと運んでもらい、司書にも連絡を入れてくれた。
今日はもう、落ち着いたら帰宅していいそうだ。
ありがたい。俺の精神は今にも擦り切れそうだった。
シャワー室では、洗っても洗っても全身からヌルつきが取れず、髪の毛もローションを含んで重く固くなっていて、完全に落とし切ることは難しかった。
ジェルトラップ用の洗剤を使ってみると多少はマシになったものの、髪の毛がキシキシになり色も随分と抜けてしまったようだ。
服は清掃部隊が洗ってくれると言うのでお任せして、ラボに用意されていた着替えに身を包み、救護室へと向かった。
トンの優しい労いを求めていたのだが、救護室にいたのは見覚えのない産業医だった。
「アイツ、加減ってものを知らねーんだから」
三白眼で手入れのされていない無精髭、ヨレヨレの白衣からはキツい煙草の臭いがしていた。
とてもじゃないが医者には見えないその男の社員証には、「Lv.5 お医者さん」とだけ書かれていた。
「まあ、諦めて金でも貰っとけ」
「命がいくつあっても足りないですよ……」
救護室で一筆貰うと、それを持って文書管理へと戻った。午後はこのまま早退する旨を伝えて、退室する。
ちなみに、実験ブースは既に機材諸々片付けられていた。
空腹も限界に達していた俺は、食堂で遅めの昼ご飯を食べてから帰ることにする。
休憩時間はとうに終わっており、人気のない食堂は落ち着いて過ごせそうだ。
厨房では、おばちゃん達が仕事の後片付けをしている。
弁当の包みを開けて、弁当箱の蓋を開ける。
中身はどうやら無事だったようだ。
母さんが作ってくれた、いつも通りのお弁当が詰まっている。
佃煮入の卵焼き、唐揚げ、ミニトマトとブロッコリー、ゆで卵。占い付きのミニグラタンまで。
「いただきます……」
卵焼きから、口に運んだ。
いつも食べてるはずなのに、甘いのにしてと言っているのに毎回佃煮入りなのに、今日に限ってはこれで良かったと心から思った。
(あぁ、俺今、ちゃんと生きてるんだ……)
帰ったら母さんにお弁当のお礼を言おう……
しんみりしながら弁当を食べていると、スピーカーからぷつぷつとノイズ音のようなものが流れ始めた。そして、聞き覚えのある歌のフレーズが流れ出す。
とあるロックバンドの代表曲の一つで、印象的な歌詞が特徴のその歌に、うっかり聞き入ってしまいそうになる。
が、ふと気がつく。
確かこの楽曲は、ラボの禁止楽曲だった気が……
イントロを終えて曲が盛り上がるその瞬間、勢いよく食堂の扉が開かれた。
振り返ると、所長が目をギラギラと光らせている。
「も、もう勘弁してくれーーーーーーー!!!!!」
禁止楽曲編に続く……
なんとCくんの事件簿、初めてリアクション、ブックマークをいただいたようです!
とても嬉しいです!!ありがとうございます……!!!
残り2話となりますが、最後までどうぞよろしくお願いします……!




