【第26話】 『裁判官はスライム!? 異世界司法試験の闇』
その日、法廷に入った瞬間、俺は目を疑った。
「……なあ、あれ……裁判官席にいる、緑色の……アレ、なんだ?」
「スラーディア様です」
ギルドの補佐官があっさり答える。
「名前はいいんだよ名前は! 形が! ぷるんぷるんしてるじゃないか!」
「ああ、スライムですから」
あまりにさらっと言われて、逆に動揺する。
いやいや待て待て、スライムってアレだろ? ドラクエ的なあの雑魚キャラだろ?
そんな奴が裁判官席にふよふよ浮かんでいて――しかも、金縁の法衣をまとっているじゃないか。
(おかしい……この異世界、やっぱりどこか壊れてる)
しかもだ。
そのスライム――スラーディア裁判官は、声を発さずに俺の頭に“直接話しかけてくる”のだ。
『開廷する。静粛に。喋りすぎる弁護士は溶かすぞ。ぷるる。』
「ヒッ……!? 脅迫じゃねぇか!!」
『これは“裁判官の静謐権”の範囲内。異議は認めない。』
(なんだその便利な法律……!)
今回の案件は、異世界司法試験の不正を訴えた青年――アルバという元受験者からの相談だ。
「試験問題がどう見ても不公平なんです……!」
「具体的には?」
「えっとですね、第一問が『口パクで判決文を読み取れ』で、第二問が『風の精霊語で答えろ』……」
「ちょっと待て、それ人間に解けるか!?」
「僕、精霊語は第二外国語だったんで……!」
(この世界、選択制だったのかよ!)
被告側――試験を実施した“司法院”はどこ吹く風で、鼻を鳴らす。
「なにを言うか。法曹の世界は過酷であるべきだ。生半可な知識で法を語るなど、冒涜だ」
「だからって、問題文が消える“消えゆく魔法紙”で出題とか、やりすぎだろ!?」
「答えもすぐ出ないとね、消えます。ぱっと」
「それ、謎解き脱出ゲームか何かですか!?」
裁判中も、スラーディア裁判官はずっとぷるぷるしていた。
彼(彼女?)は、机の上に乗っているわけではなく、浮いている。
しかも時折、ぷるん、と跳ねては自分の意思を強調する。
『被告の主張、合理性に欠ける。読唇術が受験要件など、聞いたことがない。ぷるぷる。』
「えっ、それ、ちゃんと聞いてたんですね……」
『スライムの耳を侮るな。すべての振動は我が肉体に刻まれている。』
(なんか……かっけぇ)
そして――
判決が下された。
『本件、原告の訴えを認め、再試験の機会を与える。司法院には試験内容の透明化と、魔法依存の制限を求める。ぷるぷるぷる。』
傍聴席が、どよめいた。
「う、うおぉぉ……やったぁぁ!!」
依頼人のアルバが感極まって膝から崩れ落ちた。俺も、珍しく勝利の余韻に酔いしれた。
……が。
スラーディア裁判官が“俺にだけ”テレパシーを飛ばしてきた。
『高野誠一、面白い法理を持っている。今度、私の後任として司法スライム養成課程に来ないか?』
「全力でお断りします!!」
異世界の司法は、常識の外側にある。
だが、たとえスライムが裁いても、そこに法がある限り――俺は戦える。
(まあ……ぷるぷるされたら、ちょっと困るけどな)
■
あのスライム裁判官――スラーディアに、司法学院時代の話を聞いたのは、裁判がすべて終わった夜だった。
俺は資料整理のために深夜まで裁判所に残っていた。ふと窓の外を見ると、満月がまるで、誰かの目のようにじっとこっちを見ていた。
「……あっ、センセ、まだいらっしゃったんですね」
粘液音を響かせながらスラーディアがぴょこんと現れた。相変わらず、裁判官用の黒いローブがぶかぶかで、まるで衣装に飲まれているゼリーだった。
「お疲れ。もう帰らなくていいのか? スライムだって睡眠は必要だろう」
「ふふふ、スライムは昼夜逆転に強いんです」
にゅるっと笑う。まったくもって信じがたい生物だ。だが彼(?)の判決は的確で、粘液で綴られた判決文は、いまや司法界で密かな人気だという。
「……ところでセンセ。ご興味あるかわかりませんけど、私の学生時代の“粘液ノート”、読みます?」
「なんだそれは。まさか、ほんとに粘液で……?」
「もちろん! 秘伝の分泌液で文字を浮かび上がらせる、スライム特製法学メモです!」
そう言ってスラーディアが取り出したのは、ドロッとした半透明の小瓶。中には、じゅるじゅる動いてる……何かがいた。
「これ、使い方は簡単でして、こうして──」
ぺたん。
スラーディアが机の上に瓶を垂らすと、それは瞬時に広がり、文字を描き始めた。
『第十三条:粘液による意思表示は、相手の衣服に付着した時点で成立とする──(ただし誤爆による粘着は除く)』
「どうです? 斬新でしょ。これ、スライム系初の“意思表示の可視化研究”なんですよ」
「おまえ……それ、試験で使ったのか?」
「もちろん! ただ、途中で教授の頭に付着して、怒られましたけどね」
彼(?)は懐かしそうに震えながら笑った。
俺は思った。
この世界には、まだまだ俺の知らない“法の形”が山ほどある。
それが粘液であろうが、魔法であろうが、“正しさ”を伝えようとする気持ちに、種族の違いなんて関係ない。
「なあ、スラーディア。お前のそのノート、貸してくれ」
「えっ、センセも使います? “粘液バージョン六法全書”、作ります?」
……いや、それは遠慮しておこう。
でも、スライムだって裁判官になれる。だから俺も、もっと広い目でこの世界を見なきゃいけない。
粘液まみれの机を拭きながら、そんなことを思った。




