無秩序な政治、そして―
―2029年2月15日
その日、議事堂で何が起こっていたのか、公式文書には残っていない。
政府による隠匿、及び職務怠慢に端を発する文書紛失を面目とする文書抹消。
当時の政府のやり方からしてみれば有り得ない話ではなかった。
それは、彼によってもたらされた公式文書のコピーにはっきりと示されていた。
彼、警視庁特務捜査課宮城支部所属支部長、神田裕一。
その当時にはあまりに無名で、その抹消さ故に機密情報を盗み出す事が出来た、『彼』にとっての、英雄、恩師、そして、父。
彼のもたらした資料を、私は最初、理解出来なかった。
しかし、彼を父に持ち、彼がもたらした資料を熟読していた『彼』の話を聞けば、おのずと理解できるものだった。
2029年2月15日
京都駅
少年は、新首都、京都に来ていた。久しぶりの休暇を取得した父が、実家のある京都へ連れ出したのだ。
京都は、遷都以前の面影を全く遺していない。数年前の政府が打ち出した首都機能拡張計画の影響で、近代化が無理矢理進められたのだ。
そして、無意味な近代化の波は、京都が残してきた歴史の遺産を、『殺した』。
当時の首相、安倍保則の遺産排除の横暴な理念は、地元や民間団体の反対はおろか文部科学省の反対をもはねのけ、遺産を跡形もなく消し去った。
本人曰く、「金ばかりかかる形だけの遺産等、店や家と比べれば塵」である。
遷都の際の改革で、政府にはリコール制度が導入され、その当時も国民投票による反対多数の総選挙が行われる筈であったが、政府はそれを無視した。
『一人では何も決める権利も持たない者が何人集まろうと、何も決める権利も生じない。権利を持たざる者を統治すべきは、我々権利を持つ者である。』
反対派の議員によってもたらされた、総理の演説の一部である。
彼は、国会に暴力団を多数連れ込み、反対する議員を次々と拷問に掛けていった。
法案に、『この法案が可決された場合、いかなる法、憲法、議決、組織も、これを否決する事はできない。』という一文を継ぎ足して。
かくして、京都は激変した。著名な寺院はおろかそれに関連する施設は全て破壊され、マンションや大型量販店、公務員住居に建て替えられた。
寺院は民間団体の努力の結果、山中にうつされ、幸いにも断絶の危機を脱した。
しかし、首相はその寺院の破壊をも宣言した。これには住民が堪えられず、二年前、首相は虐殺された。あまりにも残酷な最期だった。
少年は、父に連れられ一通り街をふらついた後、祖父の家に向かった。
祖父は国会議員だった。しかし、数年前の政変の折に決議に反対した為拷問に掛けられ、左腕を失う大怪我を負っていた。右目もその時に失明している。その怪我が原因で、議員を退職している。
今日は祖父のコネで国会の本会議を傍聴する事になっていた。父は友人に会いに行くとかで、今は出掛けている。
事前に渡されていた書類を提出し、待合室で待機する。
遷都以来、国会の会議の模様は全く報道されていない。国会内部の映像すら、報道管制が掛けられていた。
外観は以前の議事堂と変わっていなかったが、内部は全く異なるものだった。
床や壁の至るところに金が使われ、それ以外のほとんどが大理石に覆われていた。まるで宮殿だ。これが全て税金から搾り取られたとは、驚きである。
ふと、父が職員とおぼしき人と話しているのが目に入った。何故、父がここにいるのか、少年にはまだ知る由もなかった。
会議開始のアナウンスが流れる。案内の役員に連れられ、少年は会議室に入っていった。
少年の心は、怒りに充ち溢れていた。
授業で習った議員の成りは、スーツを着ていて、資料を眺めて、反対する議案には罵声を浴びせて…
しかし、実際の議員を見た途端、そんな『先入観』はことごとく裏切られた。
スーツは着ても着崩され―
手に持つ資料は高級なワインや日本酒であり―
浴びせる罵声はマッサージ機付きの議席の座り心地であり―
出される議案は自らの利益の話ばかりであり―
もはや、少年の目には腐敗した政治の有り様しか映っていなかった。
そんな少年の耳にその怒りを助長する議案が飛び込む。
『D市の庁舎改装の件ですがこちらはいつも通り八柱工業に委託します』
八柱工業。民間の新聞に小さく載せられていた、政府の天下りの代表的受け皿。
『では来年は議案を提出した穂道議員を天下り(あて)る事にしよう。』
衝撃的な一言。驚く事に、その日の会議は議員の天下り先の選定や官製談合の打ち合わせ、議員の恩給の増額だけだったのだ。
少年の拳は怒りに震え、堪えられずに会議室のドアを強引に開け放ち、その身を飛び出させていた。
「おっと、お帰りですか」
そんな声とほぼ同時に、額に冷たい何かが押し付けられる。
―銃だ。警察官が銃を突きつけている。
一瞬で判断する。
「今日、ここで見、聞き、知った事は、一切他言無用です。そうでなければ国家反逆罪が適用されます。」
どうやら法律がとことん改悪されているらしい。
「確認します。見、聞き、知った事は一切他言無用です。」
黙って頷く。
頷いたのを確認した警察官が、額から銃を離すと、少年は全速力で議事堂から逃げ出した。
少年は祖父の家に戻るでもなく、ただただ走った。
自らの怒りを反映させる事の出来る、何かを求めて―
その日、一人の老人が殺害されているのが、京都某所で発見された。
遺体は元国会議員の遺体とみられ、当日、彼を訪ねていた男性二人が行方不明となっており、警察は誘拐された疑いがあるとみて―――




