戦闘員、やっぱり増える。
これは夢だ。
ジントはそう理解しながらも、目の前に立つ存在から視線を外す事が出来なかった。
レッドオーガ。
オーガ自体初めて見たが、話を聞いていたよりも、実物はさらに恐ろしい。
絶対に勝てないと理解させられるほどの力差を感じてしまう。
ジントの腰には、あの日渡された剣が携わっており、体が勝手に剣を引き抜く。
そして体の主導権がジントに移り、レッドオーガが戦えと拳を構えた。
無理だ、絶対勝てない。やるだけ無駄だと本能が告げる。
それでも、立ち向かわなければならないと本能が告げる。
相反する本能がどちらも正解と告げ、立ち向かわなければ自らの死が確定すると理解する。
剣を構える。
絶対に勝てない相手を目前にしているというのに、力みは無く、いつも訓練でやっているようにリラックスしていた。
ジントが構えると同時に、周囲から歓声が湧く。
周囲にいるのは、黒い体で顔に∀が張り付いている戦闘員達。そして審判を務めるように、戦闘員1号がレッドオーガとジントの間に立つ。
そして見合った一人と一体は、戦闘員1号が手を振り下したのと同時に激突する。
ジントは父であるジークから教わった剣術で、姿勢を低くしトップスピードになり接近すると、サイドステップでフェイントを入れレッドオーガの足を狙う。
最初に機動力を奪って、徐々に削っていく作戦だった。
だがそれも剣が通じればの話。
「ぐっ!?」
足を狙い横薙ぎに振った剣は、レッドオーガの体表で止まり、肉どころか皮さえも傷つける事は出来なかった。
まるで大岩に振り下ろしたかのような感触に手が痺れる。
そして動きが止まると、レッドオーガから大きな拳が迫り殴り飛ばされた。
「がっ!!」
数十メートル飛ばされ、観客の戦闘員達に受け止められる。
キィキィと歓声を上げる戦闘員達は、ジントに回復魔法を掛けると、わっしょいわっしょいとレッドオーガの元まで送り届ける。
再び対峙する両者。
戦闘員1号が間に入り、Fight!と言わんばかりに手を振り下ろす。
合図と同時に斬りかかるジント。
それを殴り飛ばすレッドオーガ。
その度に回復魔法を受けて連れ戻される。
あの手この手で攻撃手段を変え、何度も何度も挑むが一向に結果は変わらない。
回数が百を超え、千を超えた時、観客の戦闘員達も飽きて来たのか、キャッチして回復魔法を施す役以外は思い思いに過ごしていた。
そんな周囲の反応を物ともせず、ジントは果敢に攻め込む。
この頃になると、レッドオーガの攻撃を避けれるようになり、一撃で倒される事はなくなっていた。それでも二撃目には殴り飛ばされているが。
攻める攻める攻める。
レッドオーガは動かずに向かって来た所を殴り飛ばす。
魔法を使い、ありったけの技術をぶつけ、殴り飛ばされた回数が万に達しようとした所で、ジントの剣がレッドオーガの皮を切り裂いた。
「やった!?」
達成感から油断した瞬間に殴り飛ばされるが、確かに前進をしている。ジントの剣技は上達し、レッドオーガを傷付けるまでになっていた。
それでも、また、戦闘員の手によってジントは戻される。
まるで本当の敵は戦闘員ではないかと言いたくなるような光景だが、不思議とジントの心に諦めのような感情は浮かんではこなかった。寧ろ、まだやれると闘志が漲っていた。
そして戻された先では、大剣を手に持つレッドオーガが待っていた。
「oh〜」
少しだけ心が折れかけた。
◯
リリアナが目を覚したのは、モンスターピートが終結した翌日だった。
親友であり、長い間仕えていたソフィアを庇った所までは覚えているが、その後どうなったかが分からない。
ベッドから起き上がり隣を見ると、娘のリーナが寄り掛かって寝ており、その先にあるベッドの上にはジントが眠っていた。
無事な我が子を見て、ほっと胸をなでおろす。
あの絶望的な状況で、どうやって生き延びたのか分からない。この部屋には三人しか居らず、情報が足りなかった。二人を起こして聞こうかとも思ったが、リーナの顔には涙の跡があり、もう少し寝かせてやりたかった。
どうしようかと悩んでいると、扉から黒い召喚獣が姿を現した。
戦闘員だ。
息子の召喚獣であり、家事から戦いまで何でもこなせる万能召喚獣である。
その戦闘員1号2号は食事を持って来ており、まるでリリアナが目覚めるのを分かっていたかのような行動だ。
食事のいい匂いに釣られたのかリーナが目を覚し、母であるリリアナが起きてるのに気が付く。
「お母さんっ!」
抱き付き母の温もりを確かめるリーナ。
リリアナも娘の無事を確かめる為に抱き返す。
「痛いよお母さん」
どうやら強く抱きしめてしまったようだ。
それでも、あの恐ろしいオーガの魔の手から生き延びた事を、強く実感したかったのだ。
「ごめんね」
そう言ってもう一度、今度は優しく抱きしめた。
その様子を見ていた戦闘員は、特に涙が流れているわけではないが、ハンカチを取り出すと、目がありそうな部分に当てていた。
やがて親子は離れると、戦闘員もハンカチを直して泣き真似を止める。
そして、改めてテーブルの上に食事を置くと、どうぞと二脚の椅子を引く。どうやら、二人の為に持って来てくれたようだ。
そこで、ふと気付く。
「あら、ジントのぶんは?」
リリアナの呟きに戦闘員は首を振り、食事が無い事を告げる。その返答に、まだ目覚めてないからかと納得するが、何か異常があるのではないかと心配になる。
ジントの無事を確かめる為に、息子の眠るベッドに近付こうとすると、何故か戦闘員に止められてしまった。
「どうして?」
その問いかけに首を振って拒否される。
何か事情があるのだろうが、大切な息子を目の前にして、様子を見ることも許されないのかと怒りが込み上げる。
迂回して行こうとしても止められ、無理矢理通ろうとしても止められる。
沸々と湧いてきた怒りは、声となって発せられた。
「……どきなさい!」
リリアナの一喝に、仕方ないと互いに見合う戦闘員達。
それはまるで、分からないなら体験させてやれば良いと言っているようだった。
横にずれた戦闘員の前を進み、ジントに近寄る。
そして手を伸ばそうとした時、何かに阻まれるようにバチッとなり手が弾かれた。
「なっ!?」
弾かれた反動で背後に転びそうになるが、それを戦闘員が優しく支えてキャッチする。
驚いて目を見開いているリリアナは、戦闘員に感謝するよりも、ジントがどうなったのかを知りたくて問い詰める。
「何があったの!? あの子の周りに結界が張ってあるわ!あれは誰がやったの!?」
リリアナはジントを覆う物を見て、それが何なのか理解する。
結界、或いは封印された物に発生する現象であり、外部からの接近を拒絶するものである。
それに弾かれたという事は、リリアナをジントに接近させたくないと考える者が、悪意、若しくは善意により張ったと推察する事ができる。
それが誰なのか、リリアナには全く見当も付かなかった。だからこそ、戦闘員に問い詰めたのだが、その戦闘員が指差した人物が意外過ぎた。
「……ジント?」
そう、ジントの周りに結界を張っているのは、当のジント自身だった。
ジントに結界が張られたのは、戦闘員がジントを改造して直ぐの事だった。
結界が展開されたと同時に戦闘員達の姿が元に戻り、誰もジントに近付く事が出来なくなったのだ。
その事を知らせる手段を持っていない戦闘員は、ジェスチャーで伝えようと危険、接近ダメ、イジメカッコ悪い、夕飯何が良い?と半分どうでも良いのを交えながら、リリアナを更に混乱させた。
ジントは規則正しい寝息を立てており、体調に心配はなさそうだが、良く分からない現象に不安になる。
それに、結界の難易度を知るリリアナにとっては、これを張っているのがジントだとは、どうしても信じられなかった。
一流の魔法使いでも難しい技術。
これがリリアナの認識であった。
混乱するリリアナを戦闘員は持ち上げて、食事を置いたテーブルに着かせる。
様子を見ていたリーナも、リリアナが席についたのを見て、向かい側に座った。
リーナがお祈りをしているのを見て、リリアナも正気に戻る。
何が起こっているのか正直分かってないが、それでも無事に生きている。
ジントも今は寝ているだけだと自分に言い聞かせると、気を取り直して、目の前の食事に向かう。
食事を始めた二人の傍ら、戦闘員達が不自然な行動をしている。
ジントの側に来ると、結界により守られているはずなのに、戦闘員達は素通りしていた。
「ちょっと待ちなさい! なんで貴方達は通れるの!?」
まさか自分が弾かれたというのに、戦闘員が通れるのはおかしいだろと訴える。
その訴えに肩をすくめて、何を言っているのか分からないといった感じだ。
ジントが結界を張ったのは、昨日の死屍累々とした場所でだった。それをここまで運ぶのは戦闘員が行ったのだ。
戦闘員はジントの召喚獣。
ならば、ジントの一部と認識して素通りするのは当然とも言えた。
食事の手を止めたリリアナは戦闘員達を睨みつけるが、結界の中にいる為、何もできない。
その戦闘員達が何をしているのかというと、ジントが寝るベッドの中に手を突っ込み、わしゃわしゃと動かしていた。
「何やってるの!?」
お前ら息子に何やってんだと激昂する病み上がりのリリアナ。
それでも戦闘員の動きは止まらず、やがて何かを掴んだ。
そして引き抜かれて現れたのは、新たな戦闘員だった。
それも一体だけでなく、四体と一匹の戦闘員が追加で現れたのだ。
これには流石のリリアナも言葉を失った。
リーナが凄い凄いと喜んでおり、戦闘員の中にいる一匹の小型犬を抱えてはしゃいでいた。
「キュー」
どうやら小型犬の鳴き声はキューらしい。
そんなどうでも良い事に気付きながら、リリアナは増えた戦闘員をどうするか頭を悩ませるのだった。
◯
ジントが眠りに付いて一月が経過した。
戦闘員が増えた事で村の復興は急速に進んでいる。
モンスターピートの被害を受けて、村から去ろうとする者も居たが、少なくとも冬が過ぎるまではハシノ村に止まる事を選択したようである。
モンスターピートで討伐したモンスターの亡骸は、余す事なく使用されている。
それは食料だったり、道具だったり、魔道具だったりもした。
その全てが村の中で作られ、消費されて行く。
領主であるエッジ男爵が見れば、苦言を呈されそうな光景だが、就任以来一度も訪れていない者に気を使う必要もないだろう。
今回のモンスターピートでハシノ村が無事だったのは、村の戦士達のおかげである。命を落とした者達を思い、戦闘員の手によって作られた酒で、思い思いに皆で語り送り出す。
悲しみに身を委ねるには過酷な世界だが、今くらいは良いだろうと皆で騒いで、ちくしょーと叫んで思いの丈を発散する。
馬鹿な男達が泣きながら騒いでいる様子を、笑いながら見て泣き崩れる女達。
家族がいなくなり、恋人が消え、友人が先に行ってしまった。
ロイドは新たに村長となったジグロと酒を酌み交わす。
モロクという大切な人を失い、皆とは違いしんみりと送り出す。
村人が集まり、ひたすらに食って飲んで笑って泣いた。
だからだろうか、戦闘員がいなくなっているのに皆が気付かなかったのは。
「キィ」
「うん、もう大丈夫」
「キィキィ」
「無理はしてないよ、それよりも凄く体が軽いんだ」
一月ぶりに目覚めたジントは、ベッドから起き上がり体の調子を確かめる。
体を捻り、伸びをして深呼吸をする。
呼吸を整えて前を見ると、片膝を突き頭を垂れる戦闘員達。
いつの間にか数が増えていて最初は驚いたが、レベルが上がったんだなと一人で納得した。
戦闘員達の胸には番号が振ってあり、7号まで確認できる。小型犬の戦闘員もいるが、伏せて大人しくしており、キュと鳴くと思念が流れ込んで来る。
『骨くれ』
どうでも良かった。
目覚めた事を家族に伝えるために部屋を出ようとするが、戦闘員の一体が待ったを掛け、着替えを差し出して来る。
「ありがとう」
寝巻きのままだった事に気付いたジントは、素直にお礼を言い着替えを受け取る。
寝巻きを脱ぎ、現れた背中には痣が出来ていた。
その痣はまるで、軍団を指揮する者のように描かれていた。
一旦完結します。
まだ続きを書きたいのですが、時間の都合上厳しそうなので一旦完結します。
いずれ続きを書くつもりなので、気に入って頂けたら、ブックマークの片隅にでも置いてくれたら幸いです。




