戦闘員、繋がる
村の避難所には、既に村の半数の人が避難していた。
避難しているのは老人や子供が多く、大半の大人達は村を守るために砦に向かっている。避難所にいる大人達は戦う力を持たないか、事故で体の一部を欠損した人達である。
避難所に到着したジントとリーナは、子供達が集まっている一角へと足を進めた。
「やっと来たか!? 早くアンリを止めてくれ!」
到着して早々に、村長の孫のマルロウから泣きつかれた。
またアンリエッタが何かやらかしたのかと、女の子達が集まっている所を見るが、そこにアンリエッタは居なかった。
じゃあどこに?と辺りを見渡せば、男の子達が集まる中で、ひとり優雅に寛いでいた。
人の上に座り、肩を揉ませ、扇を仰がせて、飲み物とお菓子を持って来させていた。
「ふぅ、まあまあね」
そう言って掛けていないサングラスをクイっと上げて見せる。気分は南国リゾートだ。
あとは海と砂浜があれば最高なのに、そう考えているのがありありと感じ取れた。
アンリエッタの弟アルスロットは、距離を置いて座っている。
「帰ったら言い付けてやる…」
そう呟くアルスロットは、姉の奇行を恥ずかしいのか顔を真っ赤に染めていた。
「あら、遅かったわね」
アンリエッタは、近付くジントに気付いて声を掛ける。
体勢は変わらず男の子の上に座ったままだ。
「アンリ、何やってんの?」
「何って、お嬢様ごっこ?」
「お嬢様はそんなことしないよ……。 もうやめなって、皆んな困ってるよ」
召使いのようにされている男の子達を見ると、必死の形相で扇を仰ぎ、ぷるぷると震えながら飲み物を持ち、肩揉みは早々に止めてあー疲れたと自分の肩を揉んでいた。椅子の男の子は、若干嬉しそうなのでカウントしなくて良いだろう。
「それもそうね。飽きて来たし、もういいわよ貴方達」
アンリエッタはひょいっと飛び降りると、男の子達は解放された。
「じゃあ何して遊ぶ?」
「遊ばないよ。今、大変なことが起きてるんだよ」
「分かってるわよ。でも暇でしょ? 何かしてないと死んじゃうわ」
「そんな簡単に死ぬなら、アンリはもう生きてないよ。ほら、大人しくしててよ。人も増えて来たし、詰めないと皆んな入らないよ」
既に50人以上の村人が避難しているが、まだ続々と入って来ていた。
何も避難所はここだけではなく、他に二ヶ所の同規模の避難所があり、人数も同じように振り分けられている。
ハシノ村の総人数は600名にも及び、この国にある村の中では最大級の人員を誇っていた。
魔の森の近くで危険も多い土地だが、肥沃な大地と豊富な水、その地で育まれた食料は、危険を度外視しても魅力的な土地だった。
その中でも12年前のモンスターピートを経験した村人は100人以上おり、未だに現役である。また新たに育った若者や新たに転居して来た者も多くおり、その中でも戦える村人は武器を手に砦に向かい、そうでない者は避難所に退避していた。
その戦えない、もしくは戦うことを許されなかった村人は200人以上おり、その人数が避難所に集まって来ているのだ。
その人数を全て収められるほど、村の避難所は広くはなく、全員を収容するとギリギリの状態になってしまう。
だから、子供だけで避難して来た子達を集めて、押し潰されないように片隅を確保していたのだが、そこも狭くなって来ていた。
そうして詰めるように動いていると、アンリエッタはジントが何か持っているのに気が付いた。
「あら、ジントの腰に何か下がってるわ?」
「ふふ、気付いた? 僕も一人前だって認められたのさ」
そう言って、腰に携えた剣を自慢げに見せる。
別に一人前と認められた訳ではないが、その事を知るのはリーナだけなので、適当に言ってもバレはしない。
「違うよ、仕方ないってお母さん言ってたよ」
リーナの切り返しに、自慢げな表情は真っ赤に染まる。
適当な嘘はバレるものだ。
別に仕方ないとは言っていないが、その事を知るのはジントだけなので、バレる事はない。
「ぷぷっ、見栄張っちゃって可愛いわね。私なんて正式に認められて杖を貰ったのよ!」
腰に差していたタクト型の杖を引き抜くと、自信満々にジントに見せつけ自慢した。
ジャーンと効果音がつきそうなほど、杖を見せて嬉しそうにするアンリエッタだが、やはり嘘はバレるのだ。
「パパとママに駄々こねたくせに」
ジントの背後に座っていたアルスロットが、ぼそりと呟く。
その呟きが聞こえたアンリエッタは、顔を真っ赤に染めてアルスロットの頬をつねった。
「…いたい」
そう、アンリエッタは砦に向かうパパ(ロイド)とママ(ソフィア)を良しとせずに、玄関前の床に転がって泣き喚いたのだ。
どうにも泣き止みそうにないアンリエッタに困り果てた二人は、前から欲しがっていた、昔ロイドが使っていた杖を渡してアンリエッタを泣き止ませたのだ。
その出来事の一部始終見ていたアルスロットは、血の繋がった姉はきっと遠くに行ったんだなと思うようにした。
「なんだよ、アンリも同じじゃん」
「一緒にするな!」
得意げに言うジントの脛を蹴ろうとするが、簡単に避けられる。避けられてムッとしたアンリエッタは、追撃の蹴りを繰り返す。
繰り返すうちに、段々と鋭くなっていき、脛を狙っていた蹴りはインローからミドル、ハイキックまで蹴れるようになってしまった。
スキル成長率UP、恐るべし。
だが、ここは避難所。他にも人がいるのを忘れちゃいけない。
「うるさいぞお前ら!静かにしろ!」
迷惑を掛ければ怒られる。
それは当たり前だ。
そして怒ったのは、マルロウだった。
「ごめんねマルちゃん」
「だからマルちゃんって言うな!?」
「マル、うるさい」
揚げ足を取るアンリエッタにムキーッと怒るが、ここでうるさくすれば、コイツらと同類だと思い踏み留まる。
この3人の中で一番大人なのは、マルロウなのかもしれない。
「村長と一緒じゃないのか?」
「…爺ちゃんなら、外で話してるよ」
「大丈夫なのかな、ここにいて……」
「何でだ?」
「いや、僕達も戦った方が良いんじゃないかと思ってさ。沢山モンスターが来てるなら、少しでも人手は多い方が良いし、僕だって弱いモンスター位なら倒せる。足手まといになんかならない」
「……」
ジントは段々と剣を握る手に力が入っていく。
大人に任せとけば良いと言うのは簡単だが、何もせずに何かを失いたくなかった。その失う対象が家族や住む場所ならば、尚更じっとしていられないのだ。
その感情が理解出来たマルロウは言葉に詰まって、ジントを見ているしかなかった。
だから驚いた。
突然ジントが目を押さえて疼くまったから。
「……ーー!?」
○
「なに?逃げろと言うのか、村を見捨てて」
「ジグロさんからの指示です。今回のモンスターピートは、前回と何かが違います」
避難所の外で、村長のモロクがシトウと話していた。
シトウは村から逃げろと伝言を伝えたが、村長は難色を示す。
逃げるというのは村だけでなく、村のために戦っている自警団や村人達を見捨てるということだ。それは敬愛する主人の息子を見捨てると同義であった。
「どう違う?モンスターが攻めて来る以外に何があるというのじゃ?」
「モンスターが森から出て来ないんです」
「それのどこが問題なんじゃ?モンスターが来ぬのなら、それに越した事はあるまい」
「それが変なんです。もの凄い数のモンスターがいるのは間違いないんですが、姿を現さないんです。まるで何かに命令されてるみたいに」
その言葉を聞くと、村長の顔が強張る。
「なんじゃと?今、何と言った」
「凄い数のモンスターが…」
「違う、その後じゃ」
「命令されてるみたいに?」
「それじゃ、それは本当か?」
「はい、だからジグロさんが何かおかしいと…」
「……まずい。早く皆を逃さねば」
「えっ?」
「シトウよ、避難所を回り逃げるように伝えてくれ。儂は砦に向かう」
「ちょっ!?待ってよ!」
村長は言い終わるや否や砦に向かって走り出した。
老人とは思えないほどの健脚で、避難所の門をくぐり、あっという間に姿が見えなくなった。
「…何なのよもう」
事態を理解できないシトウはその場で立ち尽くした。
○
モンスターが砦に攻める映像が見える。
最初は浅層に生息するゴブリンやオーク、ハウンドドック、コボルトなどのジントでも戦えるモンスター達だった。
それらを相手するのは砦にいるハシノ村の戦士達。弓矢やら投石で難無く対処していた。
中でも、戦闘員が投げる豪速球は、まとめて数体のモンスターの頭部を破壊して屠って行く。戦闘員が投げる度に歓声が上がり、村の戦士達の士気を高めていた。
しかし、浅層のモンスターの数は三千体を超えており、準備していた弓矢や石の備蓄は数を減らしていく。その事に不安を覚えたジグロが、魔法での一斉攻撃を指示して一気にモンスターの数を減らす事に成功した。
こうして浅層のモンスターが倒されると、次に上層に生息するモンスターが森から顔を出す。
体長1mはある蜂のモンスター、キラービー。
半透明のゲル状のモンスター、取り込んだ物を消化するスライム。
糸を吐いて絡め取り、毒を注入し、強靭な顎で噛み砕く大蜘蛛。
本来なら沼地から出て来ないカエルのモンスター、ジャイアントトード。
などの多様なモンスターが、揃って砦への攻撃を開始した。
矢の残りが心許無く、投石用の石も殆ど残っていない状況で、最善の攻撃手段は先程と同様の魔法による一斉攻撃であった。
魔法に自信のある者達が、ジグロの指示のもと魔法を放つ。しかし、上層のモンスターは浅層のモンスターとは違い、そう簡単にはやられない。
魔法を掻い潜り砦に辿り着いたモンスターは、壁を這って登り、砦の上にいる戦士達に襲い掛かる。
先にも述べたが、ハシノ村の村人は強い。
一人でもオークを討伐出来るが、それよりも強いモンスターには複数人で当たるよう指示されていた。
モンスター1体につき、3名で当たり難なく倒して行く。しかし、被害が無いわけではない。
最初の犠牲は領主から派遣された兵士だった。
村人と違って、戦いを専門としている領主軍の兵士だが、その実力はハシノ村の大人達よりも低く、兵士の一人がやられると、続けて二人三人と落ちていった。
負傷した兵を助けるために自警団の面々が奮闘して下がらせる事に成功するが、無理に突っ切ったせいで自警団の中にも負傷者が出てしまった。
兵士だけでなく、村の戦士達にも負傷する者が増えて行くが、それでも奮闘して戦線を維持し、モンスターを砦から追い返す事に成功する。
その中でもジグロは獅子奮迅の働きを見せ、多くのモンスターを屠っていた。
大蜘蛛を真っ二つにし、キラービーの羽を落とし頭部を切り離す。ジャイアントトードを叩き落とし、スライムの核を貫く。
繰り返される動作の中で、視界の端でレッドオーガを捉える。
レッドオーガはモンスターの波の外で立ち止まると、魔力を高めて掌に赤黒い憤怒の炎が灯す。
そして砦から続く壁に向かって放った。
高速で発射されたそれは、壁に着弾すると一拍置いて轟音と共に爆発した。
上がる土煙と降り注ぐ瓦礫を避けながら、壁の状態を見ると、そこにはあった筈の壁は無くなっており、赤黒い炎が瓦礫を焼いていた。
そこまで見たジントは、砦に向かって走り出した。