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戦闘員……頑張る

 最初に異変に気付いたのは、ハシノ村と魔の森を隔てる砦の上で補強作業を行なっている20代の村人だった。


 遠く、魔の森の方向から土煙が上がっているのが見えた。

 最初は強風が吹き、砂を巻き上げたのかと思ったが、今日は雲ひとつない快晴で風も殆ど吹いていなかった。


「なあ、あれは何だ?」


 分からない事は知っている人に聞くべきだと、近くにいた最年長の村人に尋ねる。

 その村人は今年で30代後半に差し掛かる男性で、12年前のモンスターピートが発生した時も、砦の上にいた人物である。

 これから起こる事件で、彼が砦の上にいたのは幸運だった。


「何だ? っ!? …まさか」


「どうかしたのか?」


「っ!? 早く鐘を鳴らせ!!」


「なんだよ、あれが何か教えてくれよ」


「そんな暇はない!モンスターの大群が来るぞ!!」


 動かない若い村人を押し退けて、砦の見張り台にある鐘を力一杯に打ち鳴らす。

 危険を知らせる為に、12年前の脅威が再び近付いている事を知らせる為に、鐘の甲高い音が村に鳴り響いた。





「どういうことだ! モンスターピートは起こらないんじゃないのか!?」


 鐘の知らせを聞いたジグロが急いで鎧を装着し、剣を取ると魔の森に向かって走り出した。


 非常事態は直ぐに村中に知らされ、村人は荷物を手に取り避難所に向かう。本当なら村から出て、少しでも遠くに逃げたいのだが、前回のモンスターピートでは逃げた者で生き延びた者は少なく、村の中で戦った者の方が生き残ったくらいだった。

 その事実を村人は知っており、その教訓から村に頑丈な建物を作り柵で囲い避難所として、有事の際は逃げ込めるようにしていた。


「おい、魔の森側にいる住人の避難を急がせろ、いざという時に橋を落とす準備をしておけ、時間稼ぎにはなる」


 自警団の仲間と途中で合流して指示を出して行く。

 指示を受けた自警団員は一つ頷くと、村人の避難誘導を開始した。

 持てる荷物を手に避難所に向かって行く村人。

 その対象に、武器を持って魔の森に向かう村人もいる。

 彼等は自警団ではなく、村を守る為に武器を手に戦うことを決断した人達だ。集まっている村人は男性だけではなく、女性が半数を占めている。

 ハシノ村の村人は強い、大人ならばオークを倒せるくらいの実力を持っている。それは男女関係なく鍛えられている事を意味しており、どう行動するかは本人の意思に任されているが、モンスターピート発生時に取るべき行動も教えられていた。

 また戦いに参加する者だけでなく、回復要因や物資を砦に運んでいる者もいる。その中には領主から派遣された兵士10名の姿も見え、荷運びを手伝っていた。


「状況はどうだ? モンスターは現れたか?」


 砦の見張り台に到着したジグロは、既に到着していた副団長であるトシゾウに問いかける。


「……」


「どうした? モンスターの大群が来ているんだろう?」


 無言のトシゾウに再び尋ねるジグロだが、トシゾウの緊張した面持ちを見て森に目を向けた。


「……どういうことだ?」


「モンスターはいる。間違いなくいる。だが、森から出て来ない。 これをどう見る?」


 木々の間からモンスターが見え隠れする。

 それ自体は、いつもではないが珍しい事ではない。

 だが、それが大量に、こちらを窺うように見て来るのは今までになかった。

 通常のモンスターピートではパニックになったモンスターが、脇目も振らずに突撃し、モンスター除けの効果のある用水路がモンスターの亡骸で埋め尽くされて効果を失い、砦が破壊され、村が蹂躙される。

 前回はモンスターがひたすらに前進していた為、村を突破したモンスターが逃げた村人に追いついてしまい、予期せぬ犠牲が出てしまった。

 だからこそ、モンスターをどれだけこの砦で堰き止めるかが生き残る鍵となるのだが、肝心のモンスターが来ないのでは、その数を減らすことも出来ない。


「むう、嫌な感じだ。村人は避難ではなく逃した方が良いかもしれんな。 シトウ、避難所に走ってくれ、前回とは明らかに違う、町まで逃げるように伝えてくれ」


「なんで私が!?」


「お前が一番足が速いからだ。ついでだ、避難する奴らを手伝ってやってくれ」


「……分かりました。直ぐ戻りますからね、直ぐに戻りますから!」


 ジグロにそう告げると、シトウは砦から飛び降りて音も無く着地し、避難所に向けて走り出した。


「…あいつ、階段使えってんだ」


「いつまでも子供扱いしてやるなよ。可愛いのは分かるが、シトウも立派な母親なんだからな」


「……ああ」


 ぶっきらぼうに返事をするジグロを見て、自覚はあるんだなと少しだけ驚いた。

 そんな驚きも束の間に、トシゾウの直感が警笛を鳴らす。


 何がと森の方を見れば、赤いオーガ、レッドオーガが大きな何かを片手で引き摺って、森から出て来たのだ。


「あれが…赤いオーガか」


 ジグロの呟きが耳に届くが、反応する余裕がなかった。

 レッドオーガが引き摺っているモノはモンスターの骸だ。オーガの倍以上はあるそのモンスターは、怪力と再生能力に秀でたトロールと呼ばれるモンスターで、魔の森の下層に生息している。


「何をするつもりだ?」


 ジグロとトシゾウだけではなく、砦の上にいた者全てがレッドオーガに注目していた。


 レッドオーガはトロールだったモノを引き摺ったまま、砦と魔の森の中間地点で立ち止まった。

 そこでレッドオーガは、引き摺っていたモノを持ち上げ、力任せに投げる。大きな肉塊は放物線を描き、用水路の流れ込み口に落下して、用水路の水の流れを止めてしまった。


「っ!?」


 モンスターピートが起これば用水路は役に立たなくなるのは分かっているが、それでも、先頭のモンスターの足を止める程度の効果はある。

 それを潰された。

 それを潰すというのは、それにどのような効果があるのか分かっているからだ。

 頭が回るモンスターがいる。

 森に隠れている多くのモンスターには指揮する者がいる。

 そのモンスターは、あのレッドオーガである可能性が大いにあった。


 レッドオーガが手を上げ、砦に向かって手を振り下ろす。

 それは、力も魔力も何も込められていない動作だった。

 だがそれを合図に、森に潜んでいた多くのモンスターが砦に向かって走り出した。







「これを持ってリーナを連れて行きなさい」


 ジントはリリアナに食料や水、お金が入った荷物を渡され、避難所に向かうようにと言われる。


「……母さんはどうするのさ?」


 いつもは着ない修道服のような服装と、いつもは物干し竿に使っていた装飾の施されている鉄棍を手に取るリリアナを見て、ジントは不安になった。妹のリーナも、心配そうに母親を見ている。


「……私は、砦に行って怪我した人達の治療に当たるわ」


「僕も行くよ!」


「ダメ。ジントにはリーナを避難所に連れて行くって役目があるでしょ。お兄ちゃんなんだから妹をしっかり守りなさい」


「それなら母さんでもいいじゃないか! 僕だって強くなってるんだ。足手まといになんてならない」


 ジントが言い終わると同時に、鉄棍が顔の横でピタリと止まる。

 いつ振られたのか分からなかった。

 まったく反応出来なかった。


「まだまだね。今のに対応出来るくらいになってから大口叩きなさい」


「………」


 無言で俯くジントを見てフッと頬を緩める。

 昔から大人しい性格の我が子だが、しっかりと負けん気を持っているのを見れて嬉しかった。

 言葉に出さないが、母親である私を守ろうとしてくれているのも嬉しかった。

 我が子の成長を感じれて嬉しかった。


 だから、アレを渡そうと決めた。


 本当なら、ジークが戻ってから一緒に渡したかったが、こんな状況ではそうも言ってられなかった。


「ちょっと待ってなさい」


 そう告げて、寝室に移動すると、棚の奥から布に包まれたアレを取り出した。

 居間にいる2人の元に戻ると、未だに俯いているジントの前に移動し、アレから布を取る。


 現れたのは、一振りの剣。

 ジークがジントのために用意した剣である。

 ドワーフのクルーズに無理を言って打ってもらった剣は、希少な素材を使用しており、ジントが扱い易いように調整されている。


「…これは?」


「本当ならお父さんと一緒に渡したかったんだけどね。まあ、許してくれるでしょ。 この剣でリーナを守りなさい、約束よ」


 渡された剣を鞘から引き抜く。

 その刀身はまだ穢れを知らず、鈍い光を反射してジントの顔を照らす。

 握り手がよく馴染み、自分のための一振りだと強く感じる事ができた。


「……っ!?」


 嬉しくて震えるジントを見て頬が緩む。

 そうしていると、腰の位置を横からポンポンと叩かれる。

 何だろうかと横を見ると、リーナが期待に満ちた目でリリアナを見ていた。


「リーのは?」


 兄がプレゼントされたのだ。自分のもあるだろうと、当然のように聞いたリーナは悪くない。


「えっ?…あっ…あーそうねー……あっ!」


 焦ったリリアナは周囲をキョロキョロと見回して、自分の頭にあるバレッタの髪留めを取ると、リーナの髪を留めてやる。

 苦し紛れではあるが、良い判断だと自画自賛してやりたい。そこそこお高めの髪留めなので、リーナも満足するだろう。


「似合ってるわよ」


「えーばばくさいよー」


「ばばっ!?」


 リーナの純粋な感想にショックを受けるリリアナ。

 確かにその装飾は、沢山小花があしらわれており、色合いが大人しめな物だが、魔法効果も付与されておりリリアナお気に入り一品であった。


 えっ気に入らないの?

 じゃあ返してもらおうかな?


 そう思って手を伸ばそうとしたが、誰か来たのか戸がノックされて動きを止める。


「リリアナ、準備出来た?」


 返事を待たずに戸を開いたのは、アンリエッタの母親であるソフィアだった。

 ソフィアはリリアナと同じように修道服のような物を着ているが、デザインが若干違っており銀糸で幾何学模様が描かれている。手には杖を持っており、杖の先には魔法効果を増大させる魔石が嵌っていた。

 どこかフワフワした雰囲気を持つ女性で、トラブルメーカーのアンリエッタとは対照的に、居るだけで周囲を和ませる人物だ。


「直ぐに行きます。 いいジント、リーナを連れて避難所に行くのよ。リーナもお兄ちゃんの言うこと聞くのよ」


 そう言うとリリアナはソフィアと共に砦に向かって行った。

 その後ろには戦闘員1号、2号が続く。


 どうか、母さんや村の人達を守って下さいと戦闘員に願い、その後ろ姿を見送った。

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