【3】魔法学校教師カロン=アレマン
カロン=アレマンは海辺の街にある魔法学校ミトロジアの若手教師である。
今日は全国から魔法学校の風属性教師が集まり講習を受ける、勉強会の日だ。
あまりにも移動に時間がかかりすぎるという理由で必要性を叫ばれながらも行われていなかった勉強会が実施されているのは、ひとえに転移紋の復旧のおかげである。それぞれの持つ共通の悩みや解決策の共有もできる、大変に有益な機会となっている。
一通りの講習を受け終わり書類をひとまとめにしたカロンは、パッと顔を上げた。
「……先生」
「やあ。久しぶりですね」
穏やかに微笑みながら恩師バートリーはカロンに歩み寄った。
「すっかり立派になりましたね。アレマン先生」
「やめてください。先生にそう呼ばれるのはなんかすげえ恥ずかしいです」
かっと頬に血が上った。
教師になってみればわかる。かつての自分がいかに若く、愚かで未熟であったか。
今年は会場がミトロジアだったので、今日カロンは恩師のためにうまい店を予約してある。
「ご案内します。今日はこっちに宿とってるんですよね?」
「はい。帰れなくもないけれど、たまにはゆっくりしたいと思いまして」
「わかります。教師ってこんなに忙しいんですね」
「わかってもらえて実に嬉しいです」
「枕変わって大丈夫ですか?」
「持ってきました」
「かさばるでしょうに」
「ええ、かさばってます」
店の扉をくぐり席に落ち着き、杯をがつんと重ねた。
先生と酒を飲んでいる自分が、今が、すごく不思議な気がする。
焼いた大エビが出てくる。辛めのスパイスで炒めたリーゾが添えてある。
「……丸のままは初めて見ました。どう食べるんですか?」
「こうやって割って、混ぜて。見た目はちょっと品がないかもしれないけど、ミソも混ぜると味に深みが出てうまいんです」
「……」
手を動かすカロンを、先生はじっと見ている。
「……何か……? あ、直に触っちゃってすいません」
「いえ。ちょっと感慨にふけっていただけです」
ふかした芋が届き、何種類ものソースのそれぞれの味をカロンは説明する。
ざくざくの食感の葉物野菜。油で揚げた甘いネギ、コリコリした触感の塩気の強い貝。
並んだうまいものを端から食べて酒を飲む。
くだらない話ばかりしているカロンに、先生は微笑みながら相槌を入れる。
「……」
「どうしましたか」
「……」
芋の味がしない。鼻が詰まっているとカロンは気づく。
なんかしょっぱいと思ったら泣いていた。
もう自分は先生なのに、子供かよと、カロンは恥ずかしくなる。
「……先の戦争、その内容を、先日聞きました」
「……そうですか」
「先生にあの日止めてもらわなければ、俺はあちら側にいた」
「……」
「自分を失い、魔法を人に向けて、自分の魔術で死んでいた。俺は馬鹿だったから」
「……若くて、少し人付き合いが下手で、寂しかっただけです。現に君は自分の力で引き返し、努力して教師になっている。もとより君にはその力がありました」
「……殴って、本当にすいませんでした」
「謝罪は以前に受けました。その罰を君はすでに受けています」
「何度も、失礼なことを申し上げて、すみませんでした」
「生徒の未熟を受け止めるのが先生です」
「ご指導、ありがとうございました」
「教え導くのが教師です」
「……」
カロンは泣いた。恥ずかしい、みっともないと思いながら泣いた。
「……今、俺が補佐で入ってるクラスに、困った生徒がいます」
「どのような?」
「……複雑な家庭で。両親に捨てられるような形で学校に預けられて。魔力は強いけど、どうしても精神が追い付いていない」
「……」
ふっと先生が笑った。
ぷっとカロンも吹き出した。
「なんだか聞き覚えがありますね」
「そうっすね」
はあ、とカロンは息を吐く。
「俺にも先生くらいの強い力があればなあと思います。ドカーンと目にもの見せてやるのにな」
「……あの日君が私の話を聞いてくれたのは、私がドカーンとしたからですか?」
聞かれ、カロンは考えた。
確かにあれはすごかった。反発する気も一気に消えた。
でも、それだけではなかったことをカロンは知っている。
『君は私ほどではないが魔力が強い。あとは心の問題です。私の下で学びなさいカロン=アレマン。心の御しかたを、私が君に教えます』
大人が、先生がカロンを認めた。教え導くと約束してくれた。あんなにも反抗的で、自分でもどうしていいかわからなかった暗闇に、彼は光のような言葉をくれた。
でもそれを素直に聞くために、最初のドカーンもいるよなあとやっぱりカロンは考える。
「大いに悩みなさい若者よ。悩むのは若者の特権です」
楽しげに言い、先生がフォークでエビとリーゾの混ざったのをすくってうまそうに食べている。
ぐびりと酒を飲んだ。顔色が変わっていない。
「……」
「あの日何をしていたのか聞かせてくださいカロン。国の危機、君は何を思い、何を為しましたか」
「……長くなりますよ」
「いいでしょう。普段はできない自慢も含め、君の武勇伝を語るがいい」
「よっしゃ」
手を振り酒のおかわりを頼んだ。
先生聞いて聞いてと、認めて欲しい恩師に自分の行いを自慢したくなる子供の心は、いつまでも人の中にあるのかもしれない。
先生が手を上げ、エビのお代わりを頼んだ。
気に入ってくれたようだ。店、ここにしてよかったなあ、とそれを見ながらカロンはほっとしている。




