5皿目 孤児院の母たち2
「サマンサ=リスターは、かつてここの子供でした。母親を失い、悲しみのあまり酒に取り込まれてしまった父親と弟の世話をしておりましたが、父親が天の国に渡り、弟とともにイルミナーレの子になったのが彼女が9歳のときのこと。その歳ですでに彼女は掃除も家事も、……悪知恵も。生きるための一通りのことを身につけておりました。気の優しい小さな弟を体を張って守りながら、よくここを抜け出してちょっとした知恵と工夫で小遣い稼ぎをしては食べものを買ってくる前代未聞の大変な問題児でしたが、小さな子どもたちには常に優しく、あたたかな思いやりがありました」
「……」
「あなたたちとは違い、彼女は正式な教育は初級学校までしか受けておりません。マナーの指導からはいつもうまく逃げておりましたのでこの通りです。言葉遣いも態度も目に余るひどいものであることは間違いのない事実。これは指導を行ったわたくしの手落ちです。随分不快な思いをしたでしょう。皆に謝罪いたします。アナ、申し訳ないけれどしばらくサマンサにつきっきりで指導をお願いします。容赦なく厳しく行ってください。今度こそ真剣に取り組みなさいサマンサ。正しい言葉と態度を使えないものは、何を言っても受け入れられないことがいい加減わかったでしょう。そしてそれが子供たちにとって、いかに悪影響を及ぼすかも。ロンの件は後日、わたくしとともに先方に謝罪に行ってもらいます。よいですね」
アナとサマンサが頷いた。
じっとマリアはサマンサを見る。
やせっぽちで、男児と見紛う乱暴者だった赤髪の少女。
いつも野良猫のように傷だらけになりながら自分よりも強いものに立ち向かい、弱いものには絶対にその爪を向けずに守り続けた問題児。
偶然に町で再会し、勤め先の主の急な病死で今職がないとぼやく彼女に、マリアはここの職員になることを勧めた。勤め始めてまだひと月しかたっていないにも関わらず、良識と教養ある職員たちの手に余っていた一部の問題児たちは、自分たちをおおらかに同じ目線で見守ってくれる彼女にすっかりなついている。
「図太い根性。生きるための知恵と強さを持っていると信じわたくしは彼女を採用しました。寄る辺なき子どもたちが社会に出たとき、それはきっと必要だと考えたからです。そして年々減り続ける寄付でもはや豆しか出せない現状を打破してくれることをその知恵に期待しています。何かアイディアがあるのでしょう? おっしゃいなさい」
「……星祭の」
「ええ」
サマンサがそっと目を上げる。
「星祭のランプにつける、鈴飾りを作ったらどうかな。ちょっと大きい女の子の仕事になるとは思うけど」
「……」
「毎年紐の色とか、鈴の形を変えて。それくらいの細工なら子どもたちでもできるでしょ? 一年に一回だけ、その年だけの鈴飾りがあったら楽しいじゃないか。ああ、これを買った年はあの人と行ったなあって思い出せて。一年に一回のことだもん。皆が優しい気持ちでいたいときに、そんな高くないちょっとしたものを、可哀想な孤児院の子供が作ったんだよってアピールして善意につけ込めばきっとみんな買うだろう?」
「言い方!」
ぴしりとアナが言った。サマンサが首を縮める。
「こうさ、振ったときに、しゃらんしゃらんって音がしたら楽しいって思わない?」
「……」
皆がその様子を想像したのだろう。そっと目を閉じた。
星が降る。さびしくないよと伝えたくて星型の窓の開いたランプを振る。
しゃらんしゃらんと鈴が鳴る。いくつもの思い出を重ねた音が鳴る。
ここにはいないかつて横にいた誰かのランプに、いつかともに空を見上げた日の同じ思い出の鈴が、今この同じ空の下どこかできっと揺れていると思いを馳せる。
きっといつか錆び付いて鳴らなくなる鈴もあるだろう。それでも色あせぬ思い出が、ランプを振るたびに響くその音に、切なく胸に蘇ることだろう。
どんなに大切に思う者同士の間にもいつか別れが訪れることを、大人たちは知っている。
「いい考えだと思うわ……でも、きっと真似されるんじゃないかしら。誰でも作れるものだもの」
おずおずとローズが言った。サマンサが顔を向ける。
「名前や売り方を工夫すればいいんだよ。はぐれ星の鈴とか、ひとつ星の音とか。孤児院の孤児が作ったってわかるようなちょっと寂しそうな名前にしてアピールして、祭りの前とか当日とかにみんなで練り歩いて売ればいい。同情を買ってつけ込むんだ。そこに横からねじ込んだやつがいたら、寂しくてひもじい子供たちから商売を奪ったとんでもないど畜生だなってみんなから責められるように」
「言い方!」
「孤児院で協力して、それぞれの地域で一斉に売り出せばいい。どこも厳しいんだろう? 星祭の鈴は孤児院の子が作るものって思わせて、毎年工夫して新しいものを売り続ければいい。材料費だって大したことない。在庫があったって場所も取らない。難しくもない。ちょっと細かくて一つ一つ手間がかかるだけだ。指先の訓練にもなるし、子供にぴったりだと思う」
「……」
職員を見渡した。悪くない、とどの顔にも書いてある。
「検討しましょう。きっとアイディアはまだまだあるのでしょう」
「もちろん。手先が器用じゃない力しかない馬鹿なら……」
「『元気な力持ち』とおっしゃいなさい」
「……『知恵も力も足りないチビども』は?」
「『まだ幼い子供たち』。そのままではないですか。どうやったらそうなるのです」
「ありがとうアナ。……どうやら色々ありそうですね。できれば紙に書き出してくださいサマンサ。皆で検討いたしましょう。ローズ」
「はい」
「サマンサの解雇を求めますか」
「……今回は発言を取り下げます。ですが今後も言葉遣いと態度が直らないのであればわたくしはきっと何度でも申し上げましょう。子供たちのためになりませんから」
「聞きましたねサマンサ。アナ、もう手に負えないと思ったら言ってください。改めて考えます」
「承知いたしました。『鬼教官』アナ=ウルフ。いざ本領発揮で参ります」
「えっなにそれこわい」
「『心して精進いたします』」
「……心して精進いたします」
ふっとマリアは微笑んだ。
形も色も違うもの。
でも目指すものは皆一緒だ。形も色も違う同士だからこそ作り出せる何かが、きっとある。
正しくあれ。厳しくあれ。ままならぬ毎日、当然後悔も反省もあるだろう。それでも優しく柔らかくあたたかくありたいと願い続ける者であれ。
我々は皆、母なのだから。
「子どもたちにも食べさせたいわねえ」
「今度作ってみましょう。なかなかここまでのお味にはならないと思うけれど」
「ぜんぜん違うものができるのではないかしら」
「それはそれで。案外新しい名物になるかもしれませんよ」
「いいこと考えた!」
「『いい考えが浮かびました』」
「……いい考えが浮かびました」
「聞かせて」
さてそろそろ二度目の見回りに行かなければとマリアは思う。
『底なし沼』にして『鉄壁』マリア=ローレンス。あれ程の酒、なんのことはない。
そっとフーリィを見た。
不機嫌そうな、むすっとした顔。
善き者の守り手は、きっと人の微笑みを守るために、己は厳しい顔をしているのだろう。
マリアは心からの感謝を込めて、過度にならぬ程度の礼をした。
マリアもまた守り手。ここイルミナーレの院長だ。
硬くあれ。常に柔らかなものたちを護るための鉄の壁であれ。
緩みかけていた背をまたピンと伸ばし、マリアはいつもの厳しい顔でランプを掲げ、扉を開いた。




