24皿目 祝宴3
「ども!」
「おう。変わんねえなあ」
現れたのはヘルメットにでかい水中眼鏡をつけた髭、筋肉、大きいのに小さいの。
他の皆はちゃんとした服を着ているのに、こいつらだけは前のまんまで何故か泥だらけだ。
「ちょっとお手伝いしたら熱が入っちゃって。ここらは掘りがいがあるなあ」
「そうかい。なんにする」
「「「じゃがいも!」」」
「だろうね」
ぽんぽんぽんと芋ばかり。
「あんたは?」
「ええっと芋ばっかじゃ悪いから……」
「遠慮すんな。今日は他の客もいるから好きなもん食いな」
「……」
髭はにっと笑った。
「じゃがいも」
「はいよ」
ぽんぽんぽんと芋ばかり。
「酒は?」
「「「「「冷たいの!」」」」
「はいよ」
ぎゃあぎゃあわいわい騒いで、変な歌を歌いながら去っていく。どうせ岩の上かなんかで食うんだろうなこいつらはと春子は思った。
「ずいぶん芋臭い連中だこと」
言いながら女が現れた。
「ああ、あんたか」
「お久しぶり。全部茶色くて私には似合わないけどせっかくだからいただこうかしら」
「言ってろ。なんにする」
「魚以外ならなんでも。あの服を着た、中がとろとろしたやつは入れてちょうだい」
「はいよ。酒は」
「冷たいの。今日は暑いし、うんと熱いと染みちゃうから」
ふんわりと女は微笑んだ。
その顔には自信と、充実感が満ち溢れている。
「褒められてますってツラだね」
「ええ、大絶賛の引っ張りだこ。女王陛下の素晴らしいドレスをデザインした初めての女、クイーンバイオレットここにあり」
「おめでとさん」
「ありがとう」
皿を受け取りながら女は微笑んだ。
「……作るって楽しい。この歳になってわかったわ。富や、名声は大好きだけど、自分が心から何かを楽しめたなら、感動できたならば、それはもうそれだけで何にも代えられない価値があるのね」
「へえ。謙虚になったもんだ」
「私は生涯楽しみ続けるわ。まあその出来が素晴らしいから結局富と名声を得てしまうわけだけど。才能があるって罪ね」
「そうかい」
「ああその言い方。懐かしい」
楽しそうに女は笑う。
「ところであとで思ったんだけど、あの日私が食べたあの茶色い平たいの、魚じゃなかったかしら」
「なんのことだか」
「うふふ。……ありがとう。食べさせてくれて」
「おでん屋だからね」
「ええ。ありがとう」
女は屋台の前から去っていった。
「ハロルド! ホーカン! 急げ!」
「待ってくれシードル」
「おいおい家族を置いてって! 後で奥さんにどやされるぞ」
「歩いている間に消えてしまったらどうするんだすいません! ニギリメシをおねがいします!」
「おでんも食え。はいよ。下戸だっけね」
「下戸です」
「下戸です」
「下戸です」
「おうおう相変わらず田んぼかよ。はいよ」
とんとんとん、と出した皿の上の握り飯を持ち上げ男三人がむしゃぶりつく。
「ああ、この味だ。これこれ、この甘味!」
「ああ、やっぱり違う。ここだ。行かなきゃいけないのはこの味だ」
「夢にまで見たぞこの味! そう、そうだ。これだ!」
「おでんも食え」
がつがつと男たちが握り飯を食っている。
「お久しぶりです!」
短い黒髪の女が頬を染めて言う。
「ああ」
その手の先には2歳か3歳か、それくらいの小さな男の子。
隣にはいつかの色男が立っている。子供の顔が色男にそっくりだ。
それぞれ子供や妻を連れた、ハンペンと、筋肉と、眼鏡の博士。
「元気そうじゃねぇか。なんにする」
「……」
お母さんがぽろぽろ泣くので子供が驚いて見上げている。
「いいこ! いいこ!」
「大丈夫だユリウス。嬉しいときでも涙は出るんだ。お母さんは今嬉しいんだよ」
色男が泣きそうな子供を抱き上げる。
もう片方の手で、横の妻の手を取って春子に向き直る。
「おかげさまです」
そう言う色男の目も潤んでいた。
「……」
二人は目を見合わせ、やがて二人揃って姿勢よくビシリと頭を下げた。
「お任せでお願いします」
「俺肉! 酒も!」
「順番だガッド! まったく君は子供の前ではしたない。ダイコンとツミレお願いします」
「ニギリメシも!」
わいわいがやがや。母親たちは子供に食わすのだろう、柔らかいものを受け取って礼を言って去っていった。
「よう」
「生きてたか婆さん」
「そっちもな」
にっと婆さんと婆さんが笑う。
「固いのと粉っぽいのが好きだって?」
「死んじまうやめとくれ。熱い酒も頼むよ」
「はいよ」
婆さんの横に金の髪の少年がいる。
綺麗な目がじっと春子を嬉しそうに見上げている。
「大きくなったね」
「おかげさまでね」
それでも体つきがまだ子供だ。いなりを置いた皿を渡す。
「順調かい」
「まあまあさ」
「なによりだね」
温めた酒を渡す。
「はいおまち。長生きしなよ」
「まだまだ死ねないね。ピヨピヨうるせえひよっこばっかりさ」
「しぶといねえ」
「お互い様さ」
背筋をしゃんと伸ばし、しぶとい婆さんは去っていった。
さらにそれを上回る老人たちがよろよろと歩いてくる。
「おお、おおこれはこれはお久しぶりな」
「……」
「冷たい酒を頼みます。あの味が忘れられなかった!」
「袋はダメですよ。ダメ、絶対。おかみさん僕には袋をくださいいつもいつもいつも仲間はずれで可哀想なので。それと肉の串をお願いします。冷たい酒も」
「はいよ」
「エミール……」
「エェミィール……」
「……」
「僕はまだ怒っていますいつもいつもいつもいつも。……僕だけ」
「でもなエミール。お前もそろそろ同世代の仲間を増やすべきだぞ」
黒々とした爺が若い兄ちゃんに言う。
「……」
「いたじゃねぇかいい仲間が。いつまでも俺たちにくっついてちゃダメだエミール。俺たちなんていついなくなるかわかんねえんだから。若い奴らに、今度はお前が知識を広めてやれ。結構お前と仲良くなりたいやつ、いるんじゃないか?」
「……僕は人付き合いが下手糞なんです」
「研究者なんてそんなやつばっかりだ。薬の話してればいいんだからなんとかなるだろう。少しずつでもいいからやってみろ。一緒に飯食ったり、酒飲んだりさ」
「……あー……」
「な。少しずつ少しずつだ。妙薬は一日にしてならず」
「……うーん……」
「爺になっても一緒に飯食えるやつを作れ。話し相手がいると長生きできるぞ」
「……んー……」
そうして彼らは去っていった。




