24皿目 祝宴4
「おっ!」
目のちんまりした白髪の親父が目を輝かせている。
あの糸こんにゃくのダメ親父だ。
「まいど」
「久しぶりですね、あっこれ娘です。あとその旦那」
親父に似ていない、色白で美人の娘が緊張した顔で頭を下げる。横にはなんだかどこか親父に雰囲気の似た、痩せた背の高い男がいてこれまたお辞儀する。前に言ってた『貧乏男』だろう。
「何にする」
「前に食べてないのがいいなあ。食べたのはどれだったっけか結んでるのは覚えてるんだが」
「嫌いなもんがないなら勝手に盛るよ」
「じゃあお願いします。熱い酒も」
「はいよ。あんたらは」
「ええと俺は……よくわからないなこの白いのと、なんだこれ穴空いてる? のと、なんだかわかんないけどこの豆みたいな形の灰色のください。じゃあ俺も熱い酒を」
「たまごと、あとおまかせでお願いします。私も飲んじゃお。冷たいのをお願いします」
「はいよ」
ひょいひょいひょいと皿に盛り、銚子とコップにとっとっと。片方をトンと出し片方はとぷん。ちょんちょんちょんと辛子をつけて
「はいおまち」
親父が皿の上のごぼう天を凝視している。
「……そうか芯を通すんだ……別の固いもので!」
「うるせえなよそでやれ。相変わらずこんなかい娘さん」
「相変わらずこんなですおかみさん。……もう諦めました。どうやったって変わらないもの」
「賢明だね。どうやったって変わんねぇやこんなもん」
「どうしたって変わりませんかね」
「どうしたって変わんねぇだろうなぁ」
「どうしようもないですねえ」
「どうしようもねぇなぁ」
ふっふっふと娘と婆さんは笑った。
「おや」
「……ああ」
すぐ歌い出すうるさい親父だ。
「先日は一口でしたが今日は一皿食べられますな。今日は余興にもと思いわが町の誇る若手名歌手を2名連れてきましたぞ!」
「へえ」
きらんきらんのきれいな顔の大きいのと小さいのが二人並んでいる。
小さいほうが頬を染めて、やっぱりきらきらと目を輝かせて春子に礼をした。
「では行こうかね2人とも。『再会』」
「「町長!」」
「ん?なんだね『再会』だよ」
「外はあんまり歌わないんですほら誰も歌っていないじゃないですかやめましょう」
「歌うんなら食べたあとに、余興としてちゃんとやりましょう。ここで時間を取らせたら迷惑です」
「ううむ……」
みじめったらしい残念そうな顔で親父は引き下がった。
「ではいただいたあとにするとしよう。おかみさんお任せでお願いします。あと冷たい酒を。あれは美味しかったなあ」
「……飲むかいフレデリク」
「いいんじゃないか?」
「うん、せっかくだから。すいませんお任せで、町長と同じお酒をおねがいします」
「俺も同じ物を」
「はいよ」
「あっすいません茶色の、カブみたいなのは入れてほしいです」
「大根な。はいよ」
「やった。今日はまるまる食べられる」
「食べても泣くなよロラン」
「泣かないよ。もう僕は悲しくない」
優雅に礼をして、皿を持った三人は去っていった。
「ご無沙汰しております」
「その節はどうも」
愚痴ってた先生と死にかけた若いのを連れてた渋い昆布親父だった。
「知り合いかい?」
「いえいえ今日初対面です。どちらも一人ぼっちだったので。話し相手になっていただきました」
「随分博識な先生で。知識が奥深くて面白い。若いのに尊敬します」
「とんでもないです。バッハマンさんの話はどれも実体験で、地に足がついていて本当に面白い。お任せで、ぬるい酒お願いします」
「はいよ」
「コンブを。あと何かお願いします。……それと熱い酒、お願いします」
「はいよ」
「お嫌でなければもう少しお付き合いいただけますかバッハマンさん」
「喜んで」
「おかみさん」
「はいよ」
先生がじっと春子を見ている。
「人はきっとまた繰り返します。それでもどうか、見捨てずにお見守りください。愚かでも、醜くても、大多数のものは出来ることならば善く、正しく美しくありたいと祈りながら生きています。どうか我々を諦めず、お見守りください」
「何言ってんだかさっぱりだ。あたしはおでん食わすだけだよ」
「……ありがとうございます」
先生が礼をした。
昆布親父が春子から皿を受ける。
「……先日はありがとうございました。おかげさまで後輩が命拾いしました」
「はいよ」
それ以上言うことなく渋い昆布親父は礼をして去っていった。
いい男というのはつれないものだと相場が決まっている。
「こんにちは」
「先日はどうも」
男と女が現れた。
夫の胸元を奥さんが締めあげていたあの夫婦だ。
「……」
2人、だ。
春子は察した。
まあ、大往生だ。奥さんも肩の荷が下りたことだろう。
「何食う?」
「うまいやつ! うまいやつ!」
「生きてやがったか爺。紛らわしい」
ぴょこっと夫の後ろから飛び出した爺さんが踊っている。
「……元気だねぇ……」
「ええ、でもあのあと、いいときが増えたんですよ。これをいただいたおかげでしょうか」
「見上げた奥さんだ。何食う?」
「前に食べていないものがあったらお願いします」
奥さんはにっこり笑う。
「あと熱い酒」
「はいよ」
その言葉に夫が何故かオドオドと妻を見ている。
「……あるやつをお任せで。……酒はやめときます」
「はいよ」
「うまいやつ! 酒!」
「はいよ」
手を動かす春子を、奥さんがじっと見ている。
「……お義父さんがいいとき、陛下に上申したこと、お褒めのお言葉をいただいたことを伝えたら、涙を流して喜んで」
「……」
奥さんが目元をハンカチで押さえている。
「お義父さんのあんな嬉しそうな顔、初めて見ました。本当にありがとうございました」
「……はいよ」
皿と酒を持って彼らが去っていく。
一口酒を口に含んだ爺さんの横顔が、キリリとして見えた。
「妙に楽しげにざわめいていると思い来てみれば」
女の声が響いた。
人々がそちらを向き、礼をする。
「よせ。せっかくのオデンがこぼれるわ。本日は身分なき宴、無礼講である。楽にせよ。せっかくだトマス、ジョーゼフ、あたたかいぞ。いただこう」
「……陛下」
「……貴方様もでありましたか」
「……その顔。すでに味を知っておるかジョーゼフ、トマス。まったくけしからん」
ふふふはっはっはと三人して笑う。
「トマス公」
あの昆布坊主が皿を手にしたまま走ってきた。くるくる巻き毛の前で足を止める。
何をそんなにというほど必死で坊主が巻き毛を見上げている。
「今日は私の世話はいらないと言ったはずだぞセレンソン」
「はい。ですがどうか、コンブを食すときだけは公の傍らにはべることをお許しください」
「……」
昆布坊主を見ていたくるくる巻き毛がふと顔を上げて、じっと自分を見ている横の二人を見た。
「何か?」
「特に何も」
「忠臣に心から慕われ、何よりでございますな」
「うむ。そなたも昔は可愛かったぞジョーゼフ」
「陛下には言われたくございません。眩いほどでございましたぞ」
はっはっはと笑っている。
「では陛下を差し置いて恐縮ですが私はこらえ性が無いのでお先に。コンブと、たまご、ダイコンを。スープは多めにお願いします」
「はいよ。酒は」
「冷たいのを。さてどこで食すセレンソン」
「もしお嫌でなければ、僕の友人たちと一緒ではいかがですか。僕の大切なものを自慢させてください」
「それでいい。では失礼いたします陛下。私は行ってまいります」
「ああ」
女と、前に会った辛子の親父が残った。
辛子の親父がそわそわ周りを見ている。
「今日は連れの親父はいねぇのかい」
「いえ、どこかにはいるはずですが……あ、いたいた。パウロ! こっちだパウロ!」
呼ばれた爺さんが走ってきた。
だいぶはげて、だいぶ痩せた。
「……ご無沙汰しております」
「ああ。……病気でもしたかい」
「いえいえ、健康です。痩せたのはちょっとまあ、色々とあって」
「上が無能なばかりに気苦労が多くてな」
「いえいえそんなまさか。体が軽くなってよかったですよ」
そう言ってからおでんをのぞき込む。
親父たちは目を合わせた。
「あの袋みたいなのと、あるものお任せでをお願いします」
背の高い方の親父が言う。
「はいよ。辛子たっぷりかい」
「いいえ普通に。あんなもったいないことは二度といたしません。しっかり味わいますよ」
「フン。酒は」
親父が後ろの女を振り向いた。
「よい。やれ。警備は別でいる。今日はそなたこそ労われてよいジョーゼフ」
「ありがたき幸せ。熱い酒をお願いします」
「わしも袋と、あとはお任せで。熱い酒をお願いします」
「はいよ」
温めた酒と猪口をでかいほうの辛子親父に渡す。皿二枚は小さい方の親父が持つ。
「わたくしがいては気づまりであろう。どこかで適当にやれ」
「そのような」
「たまには一人で飲みたいこともあるのだジョーゼフ。察しろ」
「は」
ちらりと辛子親父に見られたので春子はギロリと睨み返した。
「……そうでしたな。では私はあちらのほうで」
そうして女が残った。




