【28】女王の一日6
「ロクレツァが東の地より攻め入ることを前提に立てられた案はいくつある」
「ざっと1000」
「優良30を持て。可能なら発案者も呼べ」
「は」
やがて軍服姿のものが2名現れた。
陛下が玉座から二人を見下ろす。
「久しいのミレーネ。皆そなたの案か」
白髪の女性が礼をし、にこりと微笑んだ。
「いえ、半々でございますわね。このミネルヴァ=ブランジェと。彼女は、軍人であるわたくしの甥の妻でございます」
「軍部戦略室所属、ミネルヴァ=ブランジェと申します」
黒髪の容姿端麗な女性は、陛下に固く礼をした。
「そうか。優良30。宣戦布告なき戦いに、そなたらはどの案を推す」
「新しいものを持参して参りました」
「ほう。回復手法は」
「ポーション一択」
「よし」
女王はミネルヴァ=ブランジェから紙を受け取り読み込んだ。
「……まず民を逃がすか。なんとも、女らしい」
「恐れ入ります」
「褒めてはおらぬ。甘いとも言える。だが続く戦法も含めわたくしは好きだ採用しよう。だがしかしこれほどの人数。ジョーゼフ、どこに送ろうか」
声をかけられたジョーゼフ補佐官は微笑んだ。
「実りすぎて手が足りないと泣きついてきた、あそこしかありますまい」
「そうよな。トマス。東の国境から民をオルゾ半島へ送る最短距離を出してくれ。民間人だが、転移紋の使用を許可する」
「は」
「この戦術に関しそなたはどう思ったミレーネ」
「今回の場合、最上と」
「そうか」
じっと陛下はミネルヴァ=ブランジェを見た。
「ミネルヴァとやら。己の戦術で夫を戦争に送り出すこと、恐ろしくはないか」
「恐ろしいです」
ミネルヴァ=ブランジェはよく光る黒い瞳で陛下を見据えた。
「だがしかし別の者の戦術で送り出す方がよほど恐ろしい。夫が最も死なないのはわたくしの戦術です」
「そうか」
そっと陛下は微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
配達人デニス=アッカーは細い雨の中馬上にいた。
『地獄の門』から出た羽虫が運ぶ『熱雷』なる疫病の治療薬の配達に備え、配達人が各待機所に待機している。とても寒い。
『こちら中央配達部オットー=バッハマン。オットー=バッハマン。皆、聞こえているだろうか』
拡声器をつけた連絡機から響いた渋い声にピンと背筋が伸びた。
デニスが尊敬する大先輩オットー=バッハマンの声だ。彼は2年前に雲の上の人になった。もう彼は赤い配達人の制服を脱ぎ、中央で役員になっている。
彼が役員になってからいろいろなことが変わった。各配達人にその経験年数や実力に応じた配達物が任されるようになり、危険地帯には2人一組のバディ式が採用された。新人研修もだいぶ手厚くなり、各所の地図は危険地帯を皆が共有するように変わっている。
『間もなく『天神の涙』第一陣が各地の転移紋に送られる。今回の配達物は『赤』の上でも最上級の『赤』、SS級の扱いになる。今回の配達には多少効率は落ちるがなるべく団体で移動し、そこから枝分かれするブランチ方式を採用する。各配達人はそれぞれのエリアの地図の危険地域を今一度確認するように。大丈夫だと思っていてももう一度だ。道は生き物だからな』
深く静かな声を、皆が真剣に聞いている。
『薬学研究所エミール=シュミット氏から言付がある。読み上げる。『全国の配達人の皆様。日々の正確かつ迅速な配達、誠にありがとうございます。各地から送られる素材、出来上がった薬を各地に送ってくださる皆様のおかげで、我々は薬を作り、出来上がったものを必要な人たちの元に届けることができています』』
デニスは目を閉じた。
『『私達は運べない。ひ弱で、馬にも乗れない職員がほとんどです。私達はただ刻んですりつぶし、混ぜ合わせるだけだ。運んでくれる皆様がいて初めてそれは誰かの薬になり、誰かの役に立つものになっています。誰かの命を救うものになっています。『天神の涙』、私達はこのひ弱な腕で全力で作成する。どうかそれを必要とする人々の元に届けてください』』
ぎゅっと手綱を握る手に力がこもる。
『『ただし、どうか気負いすぎないでほしい。命がけでなんて思わないでほしい。危険があったら逃げてください。襲われそうになったらすぐに荷物を手放してください。私達は人の命を守りたくて薬を作っています。一人一人の命を。それは皆様の命も同じです。それは絶対に、薬と引き換えにして失っていいものじゃない。大丈夫、たくさん作ります。どうか守るために身を危険に晒すことはしないでください。私達は作ることしかできない。だから作ります。十分に、たっぷりと、国民皆に届くくらいに作ると約束します。だからどうか気負わずに、無理をしないで、運んでください。どうか気をつけて。苦しんで、死に怯えながら待っている人たちに『天神の涙』を届けてください。私達の作ったものを皆様の手で、足で、人の薬にしてください。よろしくお願いします』』
うっと横の配達人が目元を拭った。
デニスも思わず涙ぐんでいた。
『……ありがたいなぁ』
しんみりと連絡機の向こうのオットー=バッハマンが言った。
『正直なところそもそも配達物にランクをつけること自体、俺はおかしいとは思っている。平民の少年が祖父に出した手紙がCで、王の手紙がSだなんて、随分おかしなことだとは思わないか』
オットーさんそれ言っちゃダメ! とデニスは目を剥いた。
『我々配達人は、配達物にどんな印がついていようと、心の中でランクをつけてはいけない。Sも、Cも、どれも同じ、皆等しく大切なものだ。今回の配達物はSS。だが気にしなくていい。いつも運んでいる、それぞれ大切な手紙と同じと思って運ぼう。これは薬学研究所が誰かに宛てて、心を込めて出した大切な手紙だ。いつも運んでいるものと何ら変わりはない。いつも通りでいい。確実に、ただ届けよう。我々はこの国の配達人だ』
我々はこの国の配達人だ。
改めて、背筋が伸びる気がした。
『運んでくれ。……本当は俺も赤い制服を着て、皆とともに走りたかった。実に悔しい。君たちが羨ましい。到着した薬を見て目を輝かせる人々の顔を、俺もこの目で見たかった』
本当に悔しいんだろうなとデニスは思う。あの人は芯から配達人だ。
『今一度地図を確認するように。危険があればすぐに逃げるように。身の安全を第一にしてくれ。我々の数が減れば減るだけ、届く荷物の数が減ることを忘れるな。以上だ。いつもどおり頼む』
そう言って連絡機は静かになった。
もうちょっとあれやこれやかっこいいことを言ってもいいだろうにと思う。
でもこれがオットー=バッハマンなのだ。
皆がそれぞれ馬を下りて地図を確認している。
ざわめきが近づく。転移紋から、配達すべき物が届いたのだろう。
「いつもどおり、いつもどおり」
デニスはつぶやく。
背中の緊張が消えていた。
「よし」
白い息を吐いて馬を撫でる。
「今日も頑張ろうな」
いつもどおりの日が始まった。




