【21】トマス公セントノリスに行く2
「……3年1号室の3名の意見を問おう。この学年で私の補佐官に誰を推す、首席ハリー=ジョイス。ここにいないものでも良い。自薦も認める」
「アントン=セレンソンを推します」
少しの間も空けず彼は返答した。
目は強く、口元が穏やかに微笑んでいる。
「彼はかつて私に言いました。『この国は変わる。人と産業を育てようと編むように改革を重ねる革新的な王家のお役に立ちたい』と。『わくわくする実りの瞬間に立ち会いたい』と。まだわずか12歳の少年だったとき、彼は朝焼けの中で目を輝かせて確かにそう言いました」
ハリー=ジョイスはふっと遠くを見るような目をした。
朝焼けに浮かぶ友の顔を、彼はそこに見ているのかもしれない。
「そしてその日から、私の知る限り彼がその夢に向かうための努力を止めたことは一度もございません。彼は何度負けても何度転んでもすぐに立ち上がり、負けたこと転んだことを恥じず足を止めることなく努力し続けて参りました。いつかあの日の夢を叶えるために。彼は12歳だったあの日に、すでに王家に固い忠誠を誓っております」
ハリー=ジョイスはアントン=セレンソンを見てふっと微笑んだ。
「そして公。このアントン=セレンソンはこう見えてとんでもない人たらしにございます」
アントン=セレンソンがハリー=ジョイスを見た。
ハリー=ジョイスが彼の方を見てにっと笑う。
おいかっこいいなハリー=ジョイス、とトマスは思った。
ハリー=ジョイスがトマスに向き直る。
「アントン=セレンソンは人の中の美しいものを誰よりも早く見出し、褒め伸ばし導く。小手先でも口先でもなく、彼が真剣に、心からその美を愛し敬うからこそそれは相手に受け入れられ、彼が見上げるものにはいつしか以前よりも眩い光が生まれている。私はセントノリスでの6年間その光を、幾度も幾度もこの目にいたしました。彼は人の才を見出し、周囲の環境をよりよくする天才です。己と引き比べ妬み羨むことなく、彼は常に周囲を伸ばしていく。そんなことが一体どうしたらできるのか、私はいまだに理解できません。立場上まるで彼が私の下のように扱われることは多々ございますが、私は彼に出会ったあの日から今日まで、試験の点以外で、この男に勝ったと思ったことは一度もございません。補佐として彼ほど心強い男はいない。ハリー=ジョイスはアントン=セレンソンを推します」
挑むような青い瞳でトマスを見据え、微笑みながら彼は迷いなく言い切った。
「……君は誰を推すラント=ブリオート」
「アントン=セレンソンを推します」
彼もまた微笑みながら、そう答えた。
「人を育てる公の治世に、彼は決して欠かしてはならぬ男でございます。……草原に住まうパルパロという動物がおりますが、彼らの群れを操るには前で引くものと、後ろから追うものが必要です。前を行くものは彼らが迷いなく従うように常に迷いなく力強くあらねばならず、後ろを行く者は群れを離れたり、ついていけなくなるものがいないか、常に見守る広く優しい目を持たなくてはならない。我々の学年では前がハリー=ジョイス、後ろがアントン=セレンソンでありました」
ラント=ブリオートは唇を綻ばせる。
「アントン=セレンソンは6年間何者も見捨てなかった。はぐれかけたもの転んだものを見落とすことなく見つけ、必要があれば手を伸ばし、自らの足で歩けるようになるまでじっとその優しい目で見つめ傍に在り続けた。彼自身が誰よりも早く起き自分の勉強をするほどに時間を惜しんでいるにも関わらず。入学後の1年目で誰一人の退学者も出なかったのはセントノリス開校以来初とのことです。奇跡の世代と我々は呼ばれる。才を伸ばし有名になった人間が数多いて、多くの賞状が飾られても、そのどこにもアントン=セレンソンの名は残っていない。だがしかしその事実は彼の胸に飾られるべき、偉大なる星と私は考えます」
優しい瞳が友を見た。
「彼がいつも人に対して向ける、その者のなかに必ず良きものが、美しきものがあると心から信じるまなざしは、百の言葉で飾られた称賛の声よりもはるかに尊い、得難きものでございます。彼を傍らにお置きください。必ずや公を内から照らし続け、お支え致します。前を行く公がお拾いになれないものを取りこぼしなく後ろで彼が拾い上げます。ラント=ブリオートはアントン=セレンソンを推します」
「……」
トマスはアントン=セレンソンの前に立った。
「アントン=セレンソン」
「はい」
トマスを見上げるアントン=セレンソンの目が潤んでいる。
「君たちの学年の他の生徒にも書面にて質問をした。『問1、学年中、最も優秀な生徒と思うものは誰か』。問1の回答はほとんどハリー=ジョイスかラント=ブリオートだった。君の名前はほとんど出てこない。つまりほとんどの者が君を最も優れているとは思っていない」
「……」
当然だとでも言うように、彼の視線は揺らがない。
トマスは手元の紙をめくる。
相変わらず、背筋が寒くなる。
「『問2、己が組織の長にならんとするとき、補佐として一名のみ学年中から指名するならば誰か』」
ふっとハリー=ジョイスが笑った気がした。
「『アントン=セレンソン』」
トマスは紙をめくる。
「『アントン=セレンソン』」
もう一枚。さらにもう一枚。
「『アントン=セレンソン』『アントン=セレンソン』『アントン=セレンソン』!」
紙をめくり、もうめくるのも面倒になってばさりと撒いた。
どの紙もどの紙も問2に同じ名前が書かれた紙がひらひらと舞いながら広がる。
舞い落ちる白の中で、トマスは黒髪の男を見据えた。
「この6年間で一体何をしたアントン=セレンソン。どうしたらこうなる君は魔法使いか? 私は背筋が寒くて仕方ない。こんな奇妙で馬鹿げたことがあるだろうか。答えよセレンソン。君は彼らに何をしたのだ」
黒の瞳に白が舞う。アントン=セレンソンとトマス=フォン=ザントライユは向き合った。




