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おでん屋春子婆さんの偏屈異世界珍道中【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸
一章 女王エリーザベト治世下

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 【17】発明家の娘ロレッタ2



 トトハルトは転移紋に近づけなかった。


 民間人の立ち入りが許されていない紋だった。

 『この先立ち入り禁止』のところまで台車を引きずって行き『管理者に会わせてくれ!』と迫ったトトハルトは、屈強な男たちに猫の子のようにちょいちょいと追い返されてしまった。最後のほうはどこか、可哀そうなものを見る目で見られていた気がする。


 ぽつねんと地にあった平たい石に座り、トトハルトは空を見上げる。

 どうしたらもっと大きく、遠くまで声は伝わるのだろう。

 大きな山ももしかしたら海も空も飛び越えて、どうしたら鮮明に、声は届くのであろう。

 声をまとめる方法は間違っていないはずだ。あとは転移の要領のはずなのだ。


「……?」


 顔に小さな影がかかり、トトハルトは顔を上げた。

 小さな男の子だ。賢そうで、可愛らしい顔をしている。だがなぜ町の外に。

 きょろきょろと周りを見るが、両親や友達らしいものは見当たらない。


「どうした坊主。父ちゃんと母ちゃんはどうした?」


 子供は何も言わない。

 じっとトトハルトの横にある道具を見ている。

 男の子は道具が好きだ。嬉しくなってトトハルトは笑った。


「これはな発明品だ。声を遠くにつなげる道具。どんなに遠くにいてもまるで近くにいるように瞬時に相手の声が聞こえる画期的な道具。……になるはずの、改良中の」

「……」


 おや? とトトハルトは男の子を見て思った。

 この子はもしや


「坊主。ひょっとしてお前さん、声が、出ないのか」

「……」


 こくんと男の子は頷いた。

 トトハルトはしょぼくれた。


「……無神経なことを言って、悪かったなあ」

「……」


 にこっと微笑み首を振った。

 いいよ、ということだろう。


 大人っぽいけなげな様子に、トトハルトはなんだか自分が恥ずかしくなる。


「……いずれこれが形になったら、そうだ、今度は姿を相手に送る道具を作ろう。遠くにいるのにまるですぐそこにいるかのように相手の姿を映し出す道具。声なんかなくたって……そうだ、文字も送れるようにすればいい。いつになるかはとんとわからねえが、きっと、その発明に取り掛かろう。約束するよ」

「……」


 微笑んだまま、澄んだ瞳がトトハルトを見ている。

 トトハルトは男の子の金の髪を撫でた。


「飴でもあればなあ……もし迷子なら一緒に町に行こうか坊主」

「……」


 うんともううんともせず急に男の子がしゃがみこんだ。

 がりがりと石で地面に何か書いている。


 そういえばこういうのをロレッタもよくやっていたなあとトトハルトはほろりと笑った。

 子供はいつでも遊ぶものだ。邪魔をしないようにまた石に腰掛ける。

 そのうち飽きるだろう。トトハルトは別に何も急いでいない。


「ジャンー?」


 しばらくしてから女性の声が聞こえたのでトトハルトは振り返った。


 べっぴんさんと色男が、二人して長い髪を揺らして何かを探している。

 顔を上げた男の子がぱっと駆け出した。


「ジャン!」


 べっぴんさんに男の子が走り寄った。


「心配したわ。気になるものがあっても、一人で追いかけては駄目よ」


 男の子を優しく撫でるべっぴんさん。横の色男がべっぴんさんを優しい目で見ている。

 あまり似ていないが、父ちゃんと母ちゃんだろう。よくあることだ。

 良さそうな両親で良かったとトトハルトはホッとする。

 べっぴんさんがトトハルトを認め向き直り、ぺこりとお辞儀した。


「ついていてくださったんですね。ご親切にありがとうございます。ご迷惑をおかけいたしました」

「いえいえ。ただの通りがかりで。ただ馬鹿みたいに横に座ってただけです。何にも」

「感謝いたします」


 両親はふっと凪いだような優しい目でトトハルトを見た。

 なんだろう、なんとなく、目が合わないというか、頭の上を見られているような不思議な感じがする。

 ジャンはにこにこ笑って、やがて手を振り振り、両親に連れられて去っていった。


「……はあ」


 迷子問題は解決。だがトトハルトの問題は何一つ解決していない。

 そのまましばらくそこにいて、そろそろ帰ろうかとふと地面を見て、トトハルトは固まった。

 紋の絵がひとつ。

 トトハルトが転移紋の書を参考に、道具に描いた紋の写し。

 それに何本か、新たな線が足されている。


 それを見た瞬間に、娘の言う通り自分は風邪をひいたかもしれないと思った。背筋が寒くて顔が熱い。


 予感がする。


「お父さん!」


 遠くから娘の声が聞こえる。

 ひらひらと紙を振りながら遠くから走ってくる。


「王宮からよ! 王宮からお父さんに!」


 あんまり泣かないはずの娘が、また泣いている。


「お父さんの『連絡機』の発明を支援するって! 国がよ! 女王陛下がよ!? ねえお父さん聞いてる? 国に認められたのよお父さんの発明が! お父さんが! ねえ、聞いてるの!?」


 娘の声が遠くに聞こえる。

 今すぐ工房に戻って、試作品に取り掛かりたくて仕方がなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一つ一つ結構太い縄のような物語が寄り合わさってさらに太い縄になる。 何だか出雲大社のしめ縄を連想しつつ。 背筋がぞわぞわ(いい意味で)
[気になる点] オルガとキリルが見ていたのはトトハルトの髪かと一瞬思ってしまいました。アレ、、進行しちゃったのかなと。 転移紋っぽい何かですかね。 えーと、あ、はい。ジャンは感電するかヨーヨーがぶ…
[一言] 駄目だ涙がとまらない、こういう話が大好物です
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