18皿目 魔法学校教師アドルフ = バートリー3
翌日
アドルフはカロン = アレマンを練習場に呼び出した。
とにかく広い、練習場とは名ばかりの荒野である。黒山が今日もそそり立っている。
カロン = アレマンは現れた。伸ばしっぱなしの茶色い髪。人を下から見るような暗い瞳。今日はいつものただ反抗的なだけの態度に加え、何か人を見下すようないびつな自信が見える。
「なんすか」
「進路のことで」
「あ、もう決まったんで。帰っていいすか」
「ロクレツァから誘いがありましたか」
「……」
「『我々は君の能力を高く評価している。君の才能を最大限に活かせる、素晴らしい仕事だ。君の力は素晴らしすぎて、窮屈なこの国には収まらないはずだよ。卒業後でいいから、信じて僕についてきてくれないかい』と、相場の3倍の給料をちらつかせて20代くらいの頼りがいのありそうな男に言われましたか」
「……」
なんで知ってるんだと顔に書いてある。
どんなに生意気でも、体が大きくても、やはりまだ彼は子供なのだ。
守られなければならない雛鳥なのだ。
アドルフは右手をそっと掲げた。
それを黒山のほうに向け、ふっと息を吐く。
爆発したような勢いで風の刃が放たれ、針のように見える遠くの大木が大きな音と砂煙を上げて倒れた。
「……は……?」
「『弱ぇくせに上から言うな』と君は私を殴りました。自分のほうが当然に強いと思ったんですよね? 残念ながら勘違いです。先生は君よりずっと強い」
「今、無詠唱……それに、なんであんなとこまで」
「先生たちはやろうと思えば皆一瞬でここを更地にすることができます。やりたくないからやってません。働くところがなくなってしまう」
「……お前ら先公なんかやってないで冒険者になれよ」
「先生は枕が変わると眠れません。バーン先生は高いところが苦手ですし、ナターシャ先生は中庭に大切に育てている花壇があります」
「そんな理由!?」
「大切なことです。それに先生はいささか疲れて忘れがちでしたが、教師の仕事が好きだったことを思い出しました。ピヨピヨ入学した子たちが自信をつけ、晴れ晴れとした顔で胸を張って門を出ていく姿を見るのは悪くない。繰り返すことは面倒ですが、繰り返した分だけ問題に対処する力が増していくということです。初心を忘れた自分が恥ずかしい」
「……」
「先日君が先生を殴った件、上に報告することにしました。半年の停学とその間先生の仕事を手伝うことを条件に復学を許します。残念ながら君はまだ外に出ていいほどの羽が育っていない。ましてロクレツァになんて。ろくでもないことに使われてぼろ雑巾のように打ち捨てられる未来しか見えません。先生は正当な権力を持ってそれを阻止します」
「……汚え」
「汚くない。退学でもおかしくないことを君はやったのだ。罪を犯したものは償わなくてはならない。半年の間に先生が改めて君を育てます。君はまだ子供であり、子供でいられる時間は残り少ない。これは君が将来ぼろ雑巾にならず、ヨナカゥの冷たい鎖にも繋がれないための最後のチャンスだと思いなさい」
「……」
カロンはアドルフを見、そして遠くで倒れた大木を見た。
信じていいのか、迷っているのがありありとわかる。
「人は何故人を害さないのか。魔術師ではないただの人であっても、赤子の首なら捻れるし、やろうと思えば何十人かは殺せるでしょう。だが普通はやらない。この世はこの世に生きるたくさんの人のそれぞれの理性と、優しく丸い世界で生きたいという切なる願いが秩序の根を支えています」
「……」
「それでも世界はきっと一度、あるいは何度も滅んでいると、私は考えています」
「……いきなりなんだよ」
「『魔法』。この恐るべき力は、きっと10人の中で最も理性と願いの強い魂を持った者に与えられている。それのない人間が魔術師を利用し、魔法を人に向けて、戦争に使用したとき、世界の終わりは始まるのだと思う。どうしてこの世には今の我々には作り出せないようなモノが残っているのか。今の我々には及びもつかない技術があるのか。かつてはそこに文明があったからだ。そして滅びたからだ。きっと終わりと始まりを人は繰り返していて、もう神はとっくに人に飽いているものだと思っていた。どうあっても争おうとする人などという愚かな生き物など、もうどうでもいいと思われていると思っていた。でもそうではなかった。人というものの愚かさをお許しになり、悲しみを思いやり、その上であたたかな、願いのような愛を注いでくださっている。私は人に向ける神の期待にこの世でこそ答えたいと思う」
じっとアドルフはカロンを見据えた。
「ロクレツァは動き出すことだろう。何年もしないうちに。おそらくこの世界の終わりを始める外道の法を持って。赤子の首にナイフを突き立てるようなやり方で。我々はこれを女王に進言する。準備が必要だ。戦争には軍人が向かうことだろう。我々はその間手薄になる対魔物の警備に当たらなければならない。脅威から人々を守らなくてはならない。これはそのために与えられた力なのだから」
「……俺も役に立つ?」
「大いに。君は私ほどではないが魔力が強い。あとは心の問題です。私の下で学びなさいカロン=アレマン。心の御しかたを、私が君に教えます」
「……わかった」
頬を染め、素直に言ってうなずいた。
なんのことはない、彼だって不安だったのだ。仕事内容もわからないまま隣国に行くことが。
誰にも頼れないことが。いつも一人ぼっちになってしまうことが。
導こう。アドルフは先生なのだから。
未完成の若者を教え導くのが教師の仕事だ。
窓の先で黒山が黒煙を吹いた。
そう遠くはない、爆発の予感がした。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




