【14】セントノリスの雪の日
朝
前よりもセーブした時間に目覚めたアントン=セレンソンはその寒さに指先をすり合わせた。
同室……アデルとサロを起こさないようそうっと、寝る前にまとめておいた勉強道具を持って広間に向かう。
広間も寒い。なるべく厚着して、白い息を吐いてから、ふとした予感にそっと窓の外を見た。
白い
トリスの町では慣れっこだった、だがこの町では初めての、雪だ。
すでにふかふかの絨毯のように降り積もっているが、まだまだ降りやむ様子はない。
綿のような大きな雪が、ふさ、ふさと舞い降りている。
「……」
大急ぎでアントンは今日やるべき箇所を猛然とさらい始めた。
寒いのに、頬がぽかぽかする。
やがてペンを置き、ぱっと顔を上げる。
飛び跳ねるように彼は2号室へ戻り、カーテンを開いた。
「う……」
「……が……」
二段ベッドの上に寝ているサロと、一段のベッドに寝ているアデルが身動きする。
「アデル、サロ!」
「ん……」
アデルが目を開けた。寝起きでも彼の目は鋭い。
覗き込むアントンを認め、寝起きとは思えぬ眼光でアントンを睨みつけた。ちなみに彼は睨んではいない。普通に見ているだけだ。
「……どうしたセレンソン」
「雪だ!」
「……」
アデルがアントンを見ている。
アントンは二段ベッドのはしごを登り友人を揺さぶる。
「……?」
「サロ、サロ、サロ! ねえサロサロサロ!」
「うるせえ!」
サロが布団を跳ね上げ飛び起きる。ウエーブのかかった髪が寝癖で一方に流れている。
目を開けてアントンを認めた彼が、あからさまに嫌な顔をした。
「なんだよ」
「雪だ」
「……あ゛?」
やがてサロが軽やかに二段ベッドの上から駆け下りた。
サロは南寄りの海辺の町の出身らしい。多分雪は降らないところだ。
三人揃って窓に駆け寄った。
「おぉ……」
「白いな」
「白いだろう」
三人の息で窓が曇る。
「アデルのところは雪は降らないの?」
息は部屋の中なのに白い。
「めったに降らない。割と暖かくて、果物がよくとれる」
「へえ」
「春になったら多分たくさん送られてくるだろうから、皆で食べよう」
「楽しみだなあ」
「なあ、外出ようぜ」
「いいよ。雪合戦しよう」
「合戦?」
「知らないなら教えてあげるよ。ただし」
にっとアントンは笑う。
「雪合戦には敵が必要だ」
「うお〜……さっびい」
そう言いながらサロが鼻を赤くし、浮き浮きした顔で笑っている。
「結構積もったな」
「ふっかふかだ。これ食べられる?」
「食べないほうがいいよ」
「寒い……僕は何かあたたかいものが食べたい」
「なんで君の服は全部襟があるのに意外と薄いんだ?」
「サリエルの戦いは雪の中だった……そうか。こんな風景だったんだな」
外
それぞれ防寒具を着た少年たちがそれぞれにはしゃいでいる。
あのあと意味深に笑い、起こしに行こうとアデルとサロを引き連れて1号室の扉を一応ノックしたアントンは、返事の代わりに開いた扉の先で不敵に笑うハリーを見た。
『やっぱりか』
『来ると思った』
後ろでラントも笑っている。
『眠い……』
フェリクスが整えていない髪を下ろして眠そうにしている。
かくして開催。冬のセントノリス雪合戦
ルールは簡単。木の枝に大きな葉っぱを刺して作った、互いの陣地の旗を先にとったチームの勝ち。
ただし相手の雪玉に当たったらアウト。終わるまでそこで死んでること。以上。極めてシンプルである。
木の生えているところでの勝負にした。雪玉がきたらさっと隠れれば良いのだ。
1号室VS2号室。
フェリクスの顔が白い。
「おいフェリクス。かまくら作ったからこの中いろよ。多分俺とラントで勝てるから」
「いや、僕も戦う……寒い」
「おいおいハリーがあんなこと言ってるぞ。許すなアデル、サロ! 君らであの男を雪だるまにしてやれ!」
「お前はやらねえのかよ」
「残念ながら僕は戦力にならない。投げたものがまっすぐ飛んだことなんてこれまで一度もない」
「残念だな」
「……」
かくして戦いの火蓋は切られた。
ラントが素早く木と木の合間を走る。
ハリーは動かず様子を見ている。
アデルも動かない。サロは木に隠れせっせと雪玉を量産している。
アントンがおそらくフェリクス狙いで投げた雪玉が後ろに飛びサロの顔に当たった。
白い息を吐きながら振り向いたアントンが真面目な顔でサロを見る。
「ごめん。でも大丈夫だサロ、同じチームの玉は当たってもセーフ!」
「へえ。そりゃあ良かった」
サロがアントンに雪玉を投げ、見事に彼の顔に当たる。
「仲間割れするな! ラントが来たぞサロ狙え!」
「っ!」
サロがびゅんと投げた雪玉が正確にラントの顔に迫るが、彼はひょいと体を縮め見事にかわす。
「お返しだ」
「ぐえ」
ラントの投げた玉がサロに当たる。その横をすり抜けアデルが木の合間を縫い敵陣の旗に向かって走る。
しゅっとその脇を雪玉が走りアデルが足を止める。木の影から出てきたハリーがニッと悪く笑う。
ハリーに玉を投げつけようとしたアデルの頬に横からパンと雪玉が当たった。
「……」
「……戦場の、アッケルマンの血をなめるな」
フェリクスが髪をなびかせ唇を青くして微笑んでいる。
「……ぬかった」
バタンとアデルが横に倒れる。
「立派な最期だった」
後ろで頷いたアントンに、容赦なく雪玉が3つ当たる。
パタンとアントンが倒れる。
「惜しかった……」
「なんも惜しくない。チーム分け考えたほうがいいぞこれ。ラント対全員とか」
「それでも負けそうな気がするんだ僕は」
「確かに」
と、そこに雪を踏みしめる足音が近づいてきた。
「お」
3号室、4号室、部屋番号の入り乱れた同学年の面々である。
「楽しそうなことをしているじゃないか! 俺たちも混ぜてくれ!」
「あれは語学の得意なフランシス=タッペルだ。明るくてリーダータイプの男。一見外交向きだけどもう少し黒くなってもらわないとちょっと難しい」
「お前は見逃さないなあ」
「僕は今来た全員の名前と特技を言える」
「こわ」
「申し出を受けようフランシス=タッペル! まとめてかかってこい君たちなどこちらの天才ラント=ブリオート様にかかれば指一本。気づいたときにはここにいる全員が雪だるまだ!」
「少しは見栄を張れよ」
続々と増えるメンバーに、真っ白な雪が足跡だらけになった。
わあわあ騒いでから遊んで、入った朝湯は最高に気持ちよく、手と足の指がじんじんして悶絶しながら笑って、朝ごはんの焼き立てパンと牛乳のシチューは熱く染み込みみんなでブルブルした。
スプーンを手にはふはふと白い息を吐きながら、頭を寄せ合って子供たちは計画する。
「授業が終わったらかまくらを作ろう。もっとでっかいやつ。僕あれはできるんだ一人でもできる遊びだからね」
「悲しいな。よし中で焚き火して、何か焼こう」
「じゃあ作成班と買い出し班に別れよう。何食おうか」
「予算によるだろう。皆、いくらまでなら出せる?」
わいわいがやがや
セントノリスは雪が降ってもやっぱり楽しい。
セントノリスは四学期制です。




