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おでん屋春子婆さんの偏屈異世界珍道中【書籍化/コミカライズ企画進行中】  作者: 紺染 幸
一章 女王エリーザベト治世下

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11皿目 地獄の門番グラハム=バーン1

 

 今日も今日とてがんもどきをいつもの数置いて

 春子はお稲荷さんに向き直る。


「……わかってんだろうな」


 今日は睨みつけてから声に出して言ってみた。


 パアン

 パアン!


 目を開ければ

 高くそそり立つ黒い岩の前にいた。


「誰かね」

「おでん屋だよ」


 ヒューと冷たい風が吹いた。

 わずかに屋台を覆う膜のようなものがぴかりと光り、寒くなくなったのが逆に腹立たしい。

 なんだか舌を打つのも面倒になっていた。








「アステール軍部物資調達部所属、グラハム=バーンと申します。私は門を見ていなくてはならないので、ご無理でなければこの辺りでこちら向きになっていただいてもよろしいでしょうか」

「はいよ」


 ぐるりと屋台を動かしてやる。

 向きなど春子にはどうでもいいことである。


『門』とやらをじっと見たまま、男は椅子に腰かけようとして、全身金属の鎧がごちんと屋台にぶつかった。


「これは失礼」

「ぼろなんだから壊さないでくれよ。食うときくらい脱いだらどうだい」

「門番のため外せません。申し訳ない」


 そうっと体をずらし、どうやら落ち着けたようである。


 顔の上半分を兜が覆っているので顔はわからないが、さっきパカッと外して見えるようになった顔の下半分と動きとで、相手が爺さんだということがわかる。


「何にする」

「お任せします」

「はいよ。歯は丈夫かい」

「おかげさまで」

「はいよ。酒は」

「好きですが、飲めません。門を見ていなくてはならないので」

「そうかい」


 ちょいちょいちょい、と皿に大根、たまご、昆布を置いた。

 箸とフォークを渡す。


 爺さんはフォークを手に取った。


 ぱか、と大根を割って口に運び


 フム、と頷く。


 今度は昆布

 フム


 たまご

 フム


 最後に汁

 フム


「おかわりをお願いしたい」

「はいよ」


 がんもどき

 フム


 ハンペン

 フム


 ちくわぶ

 フム


 そして汁

 ……フム


「おかわりをお願いしたい」

「はいよ」


 つみれ、こんにゃく、ごぼう天

 どうせ全部フムフム食うのだろうと見ていたら、本当に全部フムフムと爺さんは食べた。

 その間もずっと、『門』を見ている。


「あたたかく、実に美味いです」

「そうかい」

「あたたかいものは久々です。四十数年ぶりになりましょうか」

「へえ」

「門番でございますので。もう、ずっと、長いこと」


 じいっと男は門を見ている。


「この『地獄の門』の」


 2人の目の前には人の背の3倍以上はあろうかというほど高い、真っ黒の門があった。

 人間の顔をそこにくっつけて上から黒で塗ったのではないかと思われるほどに生々しい顔が、その門扉の表面一面に刻まれている。

 誰もが悲し気で、苦し気で

 その開いた口から今にも悲鳴が聞こえるような気がするほどのリアルな彫刻だ。

 春子は眉間のしわを深くした。


「……趣味が悪いねえ」

「作者不明なのですよ。誰が作ったのか、いつからここにあるのか、これほどのものなのにだあれも知らんのです。ただ王家に、『光あるとき、地獄の門から決して目を離してはならぬ』と口伝で、建国のときから伝えられているそうです」

「へえ」


 爺さんはじっと門を見ている。


「左右に蝶番、真ん中に切れ目があるのに、押しても引いても開きやしない。ずっとずっと大昔、もう傷ついてもいいから、と短気で浅慮な当時の王が国一番の力持ちに命じて、当時の技術で最強だった大斧でこれを破ろうとしましたら」

「うん」

「当たった瞬間に斧が粉々にはじけ飛び、門には傷一つつかなかったとか」

「へえ」

「人の愚かさが伝わる、何もかもがこわい話だ。きっとこれはこの世のものではないのでしょう」

「ふうん。飯いるかい」

「いただきます」


 とんと握り飯の乗った皿を爺さんの前に置く。

 門を見たまま爺さんがかぶりつく。


「西の国、北の国と我が国が国境を隣り合わせるはずの丁度ど真ん中に、恐ろしく高く、黒く、誰も頂上を見たことのないどこの国の領地でもない臭気に満ちた黒山がございます。そのふもとにこれは有る。言い伝えによればどうも、表面に彫られた人の顔が少しずつ変わるのだそうです。苦しみ悲しんでいる表情は同じ。ただ、そこにいる人間が入れ変わるらしいのですよ。苦しんでいる人そのものが。大男の大斧でも傷つかなかったものが」

「へえ。まだ食うかい」

「いただきます。お任せします」

「はいよ」


 ひょいひょい

 焼き豆腐、ちくわ、糸こんにゃくを置く。


「いまだかつてこの門が開いたことはない。開いたときに何が起こるのかわからない。恐ろしい魔物か、災厄か、まさしく地獄の始まりか。私が専属になるまではずっと若手軍人の、1週間ごとの持ち回り制だったのですがね、これが嫌で逃げたり、頭がおかしくなってしまう人間が出まして。私の役になりました。それから四十数年。ずっとずっとここの門番です」

「飯はどうするんだい」

「王家が届けてくれますよ。担当者はよっぽどこれが恐いらしく、なるべく地面を見るようにして。世間話もしやしないで」

「へえ。あんた何か悪いことでもやっちまったか」

「ええ、私の弟が」


 男は門をじっと見ている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愚直な男なのだろうなぁグラハム・バーン。 持ち回りにするとか二人体制にするとかないもんかとおもったけど、一週間が耐えられなくて発狂するやつが多発しているのか。。よく四十年やってるなぁ・・ …
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