11皿目 地獄の門番グラハム=バーン2
「……弟は、昔から怒り方の変な奴でした。友達に蹴ったりぶたれたりしても泣きも怒りもせず、しーんとした顔をしているから何だ大して気にもしてないんだなと思ったら1週間後に、普通の顔で、いきなり岩で彼らの頭を後ろからかち割ろうとしたそうです。やられているときは声を上げたり、反抗したりもせず、あとからいきなり当たり前のように命を取ろうとした。恐ろしい」
「ふうん」
「周りは恐れて手を出さなくなりました。怒りさえしなければ静かで、顔立ちの整った文武に優れた男でしたので、愚直なだけの兄とは違い、とん、とん、とんといい学校から軍部に上がって出世していきました。上司の娘さんとの結婚話が持ち上がって、きれいな娘さんだったので弟も嬉しそうでした。それで弟は結婚式の3日前の晩、彼女とその幼馴染の間男、彼女の父母、その屋敷の侍女5人の計9人を切って捨て、処刑されました」
「……」
「婚約者の不義がもととは言え、何の咎もないその父母、侍女たちまで殺して。遺体を検めた者に言わせれば弟の剣筋には、恐ろしいほど一切のぶれも迷いもなかったそうですよ。ただ淡々と、淡々と斬ったのです弟は。月の美しい夜だったそうです。彼女の屋敷はどの部屋も血みどろだったそうですよ」
「……へえ」
爺さんがちくわを口に運ぶ。
「本当なら本人だけの処刑で済む話ではございませんでした。両親と、弟の下に2人妹がおりましたが、見せしめとして家族全員、火あぶりにされても不思議でなかった。あまりにも殺しすぎ、凍った血の持ち主にしかできない非情なやり方だった。そのような魔物を生んでしまった家族一同、この魔物一家めと断罪されてもおかしくなかった。事件を知った私はそのまま不敬にも、王に直接掛け合いました。グラハム=バーンめが命を賭して『地獄の門』門番を50年やらせていただく。弟の命と、わたくしの50年でどうか、どうか家族だけは生かして頂けないかと。『地獄の門』門番について上が頭を痛めていることは存じておりましたから」
爺さんが焼き豆腐を噛んでいる。
「……妹たちは便宜上親戚の養子に入り姓を変え、それぞれの夫に嫁いだそうで文が来ました。だんだんに、だんだんにそれらは来なくなり。もう最近は、一通も。あの子たちも思い出したくはないのでしょう。私もそれでいい。本当なら私がもっと、ああなる前に弟を叱ってやったり、導いてやったりしなきゃいけなかった。弟の優秀さに腰が引けて、兄として何も、何もしてやれなかった。そばにいたのに私は何もできなかった。殺された人々には口が裂けても申せることではありませんが、あれでも小さい頃は可愛い弟だった。にいちゃん、にいちゃんとちょこちょことついてきて」
「……苦労性だねえ」
「よく言われましたよ」
ふっふと男は笑った。
糸こんにゃくを口に運ぶ。
腰に下げた袋から、ごろんと丸い爆弾のようなものを出す。
「……何かがあれば花火を打ち上げ、応援を待つことになっております。黄は『異常発生、応援求む』。赤は『異常発生、近づくな』。黒は『すぐ逃げろ』」
「とんでもねえなあ」
「本当に。とんでもない。ここが開いたなら、いったい何が出るのでしょうね」
じっと、ずっと、爺さんは扉を見ている。
「女王陛下の治世に変わってから何度も、50年縛りのこの任を解きこれまでの方式に戻すという打診が入っております。この責務を一人で負うのは、あまりにも過酷だからと。もう十分に責任は果たしたからと。このような罪人の兄などに心を砕いて頂けるとは。陛下は戴冠されたその年に、こちらにお運びになられました。ご聡明なお方です。一目でこれが、人の手ではどうしようもないものであるとお察しになった。かけられた労いの御言葉は、一生忘れることはないでしょう」
皿に残ったつゆを飲み干す。
「だがしかし今やこれを目に映したことのある軍人の方が数が少ないのだ。『何が地獄だ。ただの彫刻だろう』などと言われ、おかしなことに拘る愚か者と馬鹿にされておられるのではと思うと胸が痛みます。まったく、敏く、お優しく、苦労の多いお方であらせられる。陛下にはもう二度とこちらにお運びいただかないよう私からお願い申し上げました。これは尊いお方が目にしてよいものではない」
「ふうん。おかわりいるかい」
「いただきます」
さつま揚げ、牛筋、じゃがいもを入れてやる。
「……あまりにも過酷? いいやそんなこと、感じたこともない。これは見守ってやらなければならないものだ」
「夜はどうするんだい」
「夜は平気だ、と5代前の王のときにわかったそうです。『光あるとき』だからそうなのでしょう。でも念のため座ったまま、扉にぴったりと背中を付けて眠ります。なんとなくですが夜はこいつらも寝ておるようなのですよ」
「肝が太いねえ」
「……もう慣れましたわ。毎日見ておるのですから。むしろ家族よりも長く長く、互いの顔を見ながら」
「へえ」
「これらは生きておりますからね。目をそらしたり、昼間に居眠りした途端に一斉に気が付いて、目が動き、扉が開くと思います恐らく。そういう扉なんだこれは」
「……」
「おかしな変わったものから目を逸らさない、気持ち悪がりも嫌いもせずに平然と、何事もないようにそれを見られる人間に見て欲しがっておるのです。私は弟にそれをできなかった。だからこれにはやってやろうと決めている。私の人生をかけて。もうそんなことやっちゃいけないぞと、しっかり見続けてこれに教えてやるのだ。我が残りの人生をかけて」
さつま揚げ、牛筋をフムフムと食べ
じゃがいもを割る。
フムと頷く。
「きっとこの中には弟や、それに似た者たちがいるのです。異形の心に生まれつき、愛されず、罪を犯して死んだなにか達が。死しても天にすら受け入れられなかったなにか達が。どんなおかしな心を持っていても人として生まれてしまった以上、そこには魂があるのだから。行く場所が、罪を償う場所がいるのだから。それでも寂しくて、誰かに見ていてほしいのでしょう。見てもらえないと寂しくて、こっちに出てきたくなるのでしょう。ああいうものたちはみな、心が子供でございますからね」
「……そうかい。おかわりは」
「もう結構です。ごちそうさまでした」
男が立ち上がり、門全体を見える位置に立つ。
門の横に立つ普通の門番とは全く違う、変な光景だ。
「今日はありがとう。久々に話ができました」
「はいよ」
爺さんは槍を手に仁王立ちして門を見つめている。
「……全て老いぼれの妄想。こんなのはなんでもない、ただの扉の形の彫刻かもしれないとお思いですか」
「さあね」
「私は思った。何度も思った。何度試しに目を閉じてみようかと思ったことか。それで何も起こらなかったなら、自分はいったい何だったのかと。でも『何か』が起きてしまったら? これが開いてしまったら? 恐くて、確かめられないままずっとここに立っていた」
仁王立ちのまま爺さんは泣いた。
「私と弟に、生まれた意味などあったのだろうかとこれまで思っていた。だがあなたは来た。だからこれでよかったのだ! 私は産まれてよかった。生きていてよかったのだここに立つため、国を厄災から護るために! 私の命に意味はあった! ありがとう。感謝する!」
蓋をし、顔を上げれば
いつものお狐さんの前だった。
「……寒くなったね」
春子はティッシュを取り出して
ちんとかんだ。
そうして屋台を引きずって
やっぱり仕事に向かっていった。




