☆ミ のれんがけ前の星祭り2
土族の集落はにぎわっている。
今日は星が大地に降るめでたい日だ。人々は彼らの訪れを偉大なる大地ヴァドとともに喜び、歌い踊って祝い腕を広げ受け入れる。
美味しいものを山盛りにして、歌い、踊る。大きな湖に星々が映り、上からも下からも星が降っている。
楽しい、楽しいと毎年ラントはこのお祭りを心から楽しんできた。今だってとっても楽しい。
でも、思う。僕たち以外の人たちは、どんなふうにこの日を迎えているのだろうと考える。
師のヤコブが、ラントは大好きだ。優しくて、面白くて、願えばどんな知識だって与えてくれる。『そういうものだ』『昔からそうしてる』という説明じゃない。どういう理由でそうなって、どこから先が未知なのかを教えてくれる。
数字はただの数字じゃない。言葉はただの記号の羅列じゃない。意味がある。長い歴史がある。未知がまだある。
知りたい、とラントは思う。でもその気持ちと同じくらい、この里が、ヴァドが、家族が、ラントは大好きだ。
炎の光の中に浮かぶ大好きなものを見、そっと地平線を見る。
入れ墨のない自分の体を撫で父に似た文様を刻みたいと思いながら、まだ途中までしか読んでいない書の先も読みたいと同時に思う。
ラントは見る。目の前の大好きなものたちと、未知を見る。
炎が揺れている。星が地に降り落ちている。
人々が歌い踊り、湖の横に熱気が満ちている。
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「あ」
「ん?」
「今日星祭りだ」
「あ」
思わず全員分のつるはしが止まった。本来皆、お祭り好きなのだ。
「しょうがない。窓でも作るか」
リーダーの髭男カーティスが言う。泥だらけの顔を突き合わせ、パパ・パタータの面々はぶはっと笑った。
「作ったところで見えるかよ。地下だぞここ」
「結構奥まで来ちゃったな」
「もうちょっとな気がするんだ」
「おとといも聞いたぞそれ」
「ああもううるせえうるせえ。いいから手動かそうぜ」
「「「おー!」」」
そしてまた掘り始める。愉快に歌いながら。
土まみれの泥まみれ。それでも今日も楽しいのだ。
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学者たちは空を見上げている。
己の存在のちっぽけさを思い知らせるように、広大な空から数々の星が舞い落ちてくる。
彼らはどこにあり、どこへゆくのか。
星は語らない。ただきらきら、きらきらと降り落ちる。
「……戻ろうか」
「ああ」
農民たちが小さな祭りをやっているようだ。混ざって浮かれ騒ぐわけにはいかない。自分たちには彼らへの、国への責任がある。
二年目の麦も全滅。来る種まきの時期に、三年目の今度はどの種を、どこに、どの時期に撒くか。
書を開く。何か見落とした情報がないか三人とも必死でさらう。
今度こそ。今度こそ。
楽し気な声に背を押され押しつぶされるような思いで、学者たちは目を見開いて書をさらう。
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暗い部屋。
デザイナーバイオレットは、窓辺に腰かけている。
昼、最後の針子を見送った。長年専属でやってくれた、戦友と言ってもいい、腕のいい針子だった。
無給だってやめない、と彼女は言った。いっしょに頑張りましょうと。
もう一度やりましょう先生、と。涙ながらに。
うれしかった。心から。でも湯水のようにぽんぽんと次々に斬新なデザインが溢れた、彼女が知るクイーンバイオレットはもういない。
腕のいい子だ。心根の優しい子だ。沈みゆく泥船に、彼女だけは乗せておけなかった。
知り合いの、針子への待遇のいい穏やかなデザイナーに彼女を紹介した。彼女だって家庭がある。あの丁寧な仕事を、余らせて腐らせるわけにはいかない。
いや、それだけではない。バイオレットは見せたくなかったのだと思う。成功に進む道を共に歩んだ、バイオレットの全盛期を知る彼女に。
落ち、もがき、あがく惨めなさまを。一番いい姿だけを、輝くクイーンバイオレットをせめて彼女には覚えていてほしかったのだ。なんと小さくせせこましいプライドであろうか。
もう一度があったなら。そのときは一番に声をかけると約束し、別れた。きっとそんな日は二度とこないだろうと互いにわかっていた。
暗い部屋。物語の終わったがらんどうの中。老いた女の片頬を、白い光が横切っては消えていく。
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『ごめん、仕事が入った』
今年の星祭りは家でゆっくりと過ごそう。そう約束した婚約者は、扉を開けたミネルヴァに、何か急いでいるようにそう言った。
いつも一緒じゃなんだから、と、今日は肉を焼こうと思っていた。豆のスープもつけて。
ちゃんと人に教わった通りに作ったはずなのになんだかいまいち何かが足りないスープになってしまって首をひねってるところだった。
仕事じゃ仕方がないと、必死で謝る彼に伝え、見送り、呆けたように椅子に腰を下ろした。
彼の部署は今そんなに忙しかったかなあと思う。
『一応聞くけど、一人で行ったりしないよね、星祭り』
帰り際に聞かれたのは何だったんだろう。ミネルヴァは皿に残ったスープを飲む。やっぱり何か足りない。
何かが違う。
一体何が違うかわからない。
もっと料理の腕を上げなければと思う。
ミネルヴァは家庭を作りたい。あたたかで、穏やかな、ミネルヴァの知らない、みんなが知ってるもの。
きっと作れる。おだやかな彼となら、きっと。
もう一口口に含んでやっぱり思う。何か違うなと。
肉は焼いて二枚食べてしまおう。せっかく張り込んだのだ。腐らせたりしたらもったいない。ちょっと上等な葡萄酒とともに、豪勢にやってしまおう。
窓の外を見る。星が降り落ちている。
「こわくない」
小さな子供のように言ってみる。いつか小さな子と手をつないで、こうするのよと教える日が、くるだろうか。
「こわくない」
変わるのはこわくない。落ちたって大丈夫。
肉を焼くために立ちあがった。こっちは何か違う味にならなきゃいいなとミネルヴァは思う。
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黒山
全身鎧姿の男は、門を見ている。
夕飯は先ほど軍部のものが運んできた。普段は何も言わないが、今日はどうしたことかぽつりと、『星祭りだな』と言った。
ああ、そんなものもあったなとグラハム=バーンは思った。
天井にわずかに自然の裂け目がある。そこから差し込む光でグラハムは朝を知り、昼を知り、夜を知る。星はのぞかない。
星が降っていることだろう。きらきらと。美しく。はかなく。
お前にも見せてやりたいと、門の中の弟を思う。
人々は笑っているだろう。星を見上げ、幸せそうにランプを降って。嬉しそうに。楽しそうに。
わずかに唇が歪む己を感じる。今人々は笑っている。幸せそうに、愛する人たちとともに。嬉しそうに。あたたかく。
ふうと息を吐き、胸をなだめ、そしていつも通りに門を見る。
星ののぞかぬ岩壁の中。全身鎧姿の門番は、門を見ている。




