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 -16『月に寄り添う』

 祭りの後の静けさというのはいつも寂しさが残るものです。


 胸の中で燃え上っていたものがぽっかり空いたみたいに、なんだか物足りない気持ちと、けれど鼓膜の奥で残響する花火の音とみんなの喧騒が、いまだに心を満たしてくれています。


 お祭り会場では後片付けが進んでいました。

 人ごみもすっかりなくなり、道端にはたくさんのごみが雑踏の残り香のように散らばっています。それを袋に集めて掃除している人もいれば、管弦楽団が演奏していた場所で楽器や敷物の片づけに追われる人、露店の撤去を終えて帰る人など、町はようやく遅めの夜を迎えようとしていました。


 そんな過ぎし賑わいの物悲しさを感じながら、僕は広場の片隅に腰かけて夜空を見上げていました。踊り疲れたこともあって疲労困憊で、足はもう棒のように動きません。


 やはりまだ踊りは慣れません。

 どうにか足を動かすことで精一杯で、お嬢様のリードがあってこそでした。


 ――もうちょっとちゃんと踊れないと、今度は笑われちゃうかな。


 内心で苦笑を浮かべていると、広場の片隅を通りがかるマスターを見かけました。騎士団のお手伝いの仕事は終わったようで、瓶に入ったお酒を片手に歩いています。その傍らには、剣士育成所のマスランディさんや手品師のジャシューさんも一緒でした。彼らは旧知の仲といった雰囲気で楽しそうに談笑をしています。


 ふと僕と目が合ったマスターは、足を止めることなく視線だけを僕に向け、ウインクを飛ばしてきました。僕も軽い会釈で微笑み返しました。


 その一方で広場のまた別の一角では小さな人だかりができていて、その中心には僕にダンスを押してくれたグルーシーさんがいました。


「すごかったです。サインください!」

「今度はいつこの町にきますか?」


 どうやらたくさんのファンに押しよられているようです。グルーシーさんはプロの踊り子ですから人気も高いようです。その実演を今年はいろいろあって僕は見られませんでしたが、もし来年もお祭りにやってくるとしたら、お礼も兼ねて見てみたいです。


「アリー、私たちは先に帰るねー。門限とかあるから」


 ふと、レジーさんとグレンさんがやってきてそう挨拶してきました。頷いて手を振った僕に、グレンさんはおもむろに目の前にやってきては、


「……な、なあエリー。またちょっと、改めて話がしたいんだ。その、お前、もしかしてこの前――」

「おーい、グレン。さっさと帰るよー」

「いたたっ。耳を引っ張るな、この馬鹿女!」


 何か言い残したままグレンさんはレジーさんに引っ張られて行ってしまいました。


「お前、俺に対して乱暴すぎるんだよ」

「私たち幼馴染なんだし気を遣う相手でもないでしょー」

「そんなガサツだから男ができないんだぞ」

「あんたも彼女いないでしょーが」

「俺はできる予定なんだ。これから、あの人と!」


 お祭りが終わっても賑やかなお二人です。

 そんな二人の後姿を遠くに眺めた後、僕はのんびりと夜空を見上げました。


 まだお祭り会場の明かりが残っていて、空は少し白じんで見えます。燦々と輝きを見せている大きな満月のせいもあるでしょう。


「また星を眺めてるの?」


 ふとお嬢様がやってきました。


 あのお祭りのフィナーレの後、男装をして一般市民に混じっていたことがバレてしまったようで、目を鬼にした執事長のカーティスさんにお父上であるトニーさんの元へと連れていかれたようです。そこでしこたま怒られたことでしょう。


 恰好はそのままですが、纏めていた長い髪を下ろして、すっかり女の子の顔立ちに戻っていました。いつもの、可愛らしいお嬢様です。


 お嬢様は僕の隣に腰かけると、一緒に僕が見ていた方の夜空へと目をやりました。


「今日はあまり見えないわね」

「そうですね。町も、月も明るいですし」


 同じ格好で並んだ二人。

 ふと顔を横に向けると、お嬢様の端正な顔がすぐそばにあります。


「でも、なくなったわけじゃないのよね」

「え?」


 お嬢様の言葉に僕は小首をかしげてしまいました。


「だって星って、寿命がやってくるまではあまり動かないんでしょう?」

「まあ、そうだと思いますけど」

「それじゃあ、たとえ今は見えなくたって、星は今もそこにあり続けてるってことよね」


 つぶらな瞳を覗かせてお嬢様は僕を見てきました。目が合って柔らかく微笑んだ彼女に、僕は一瞬の胸のざわめきを感じました。


 見えなくても、そこにある。


 ――そっか。そうだよね。


 たとえ眩しい光に照らされていても、存在がなくならない限りは、そこにある。


 隣で微笑んでいるお嬢様を見て、僕は微笑を浮かべました。


「どうしたの?」

「いえ、なんでも」


 そう、いつも傍にいるのです。

 僕はなんだか、お嬢様の言葉に胸の奥のつっかえが取れたような清々しさを覚えました。


 ――もしかすると勝手に僕が不安に思っていただけなのかも。


 お嬢様は確かにここにいます。

 どこにもいかず、ここにいてくれています。


 エドウィン様の元でもなく、ここに。

 わざわざ僕のところにやってきてくれたのです。


 それがたまらなく嬉しくて、心穏やかに顔がにやついてしまいました。


 ――お祭りがなくならなくてよかった。


 そう、素直に思いながら。


「そういえば、もう踊り子になりたいっていうのは落ち着きましたか?」

「うーん。もう踊り疲れたわ。しばらくいいかも」

「やっぱり」

「やっぱりって何よ」

「そう言うと思ってました。お嬢様はもともと体力もないですしね」


 うるさいわね、と頭を小突かれました。

 けれどそんな軽い痛みすらも嬉しくて、つい僕は口許を持ち上げてしまいます。


 他愛もない会話をできる。

 ただそれだけがたまらなく嬉しい。


 僕は彼女の傍にいたい。

 ずっと、ずっと。それが僕の今の願い。


「ちょっと冷えてきたわね」

「そうですね。少し風も出てきましたから……あっ」


 お嬢様の手が、そっと僕の手に重なってきました。

 それが優しく、柔らかく僕を包み込むと、ほんのりと彼女の体温が伝わってきました。


「ふふっ。あったかい」


 無邪気に微笑むお嬢様。

 別に寒空というわけでもないのにそうなのは、手を掴まれたことに驚いた僕が紅潮してしまっているでしょうか。


 僕も、その感触を確かめるように握り返しました。


 ずっと、このまま離れることのないように――と。


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