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 -7 『予想外の恋』

 パーテーションが取り除かれて露わになった僕の姿に、お嬢様とレジーさんは思わず感嘆のため息を漏らしていました。


 二人の視線が恥ずかしくて僕は顔を俯かせると、自分が着ているとは思えないほど綺麗なドレスが目に入りました。


 純白で、けれど裾の方はやや水色にグラデーションが入っている艶やかな足回り。胸元には花をかたどったレースの編み物が施されていて、全体についたやや控えめな可愛らしいフリルがそれを際立てています。


「すごい。すごい美人だよエリーちゃん!」


 レジーさんは大興奮の様子でした。

 鼻息を荒くして僕を見てくると、部屋の姿見を僕の目の前にまで持ってきてくれました。


 僕も改めて鏡越しに自分の姿を見ました。


 ――本当に女の子みたいだ。


 この瞬間に記憶喪失にでもなれば、自分の性別をも勘違いしそうなくらいです。


 傍で見ているお嬢様も、僕を見て満足そうに頷いていました。


「あの……やっぱりこれ、恥ずかしいですよ」


 僕は男ですし。


「いいじゃないエリー。よく似合ってるわよ、可愛いわ」

「うう……あまり嬉しくないです」


 好意を抱いている女性にそう言われて嬉しいはずもありません。せっかく褒めてくれても複雑な心境でした。


 ――やっぱり僕はエドウィン様のような男らしい人にはなれないのかな。


 自分の情けなさを痛感するばかりで、笑顔を浮かべるお嬢様たちとは反対に、僕は内心あまり喜べないのでした。


「どうして僕がドレスを。お嬢様が着たいんじゃなかったんですか?」

「だってウエディングドレスを着ると婚期が遅れるって言うじゃない」


 確かにそういう迷信はありますが。


「……僕の婚期はいいんですか」

「大丈夫よ。貴方の婚期は変わらないもの」

「え?」

「たぶんね」

「なんですかそれ」


 そのよくわからない根拠もどこから来たのでしょう。今日はもうお嬢様に振り回されっぱなしです。心も、体も。


「あ、そうだー」


 僕がうなだれていると、ふとレジーさんが平手を打ちました。


「グレンくんにも見てもらおっかー」

「え、それは……」

「せっかく可愛くおめかししたんだし」

「いやあ、別に僕は見せなくても」

「グレンくんはまだ教室にいるはず。いざ行かん! 乙女よ!」


 ノリノリなレジーさんに無理やり背中を押され、僕は手芸部の部室から廊下へと押し出されました。


 さっきまでは教室の中だったので人は気になりませんでしたが、廊下に出ると、他の部活動の一般生徒の姿がちらほら見え始めました。その誰もが、僕に気づくと驚いた顔をして見つめてくるのです。


「め、目立ってますよ……こんな格好で学校にいるなんて」

「しゃんとしてれば大丈夫だよー」

「何が大丈夫なんですか……」


 羞恥心によって順調に心が削られて行っているところです。


 みんな学生服の中、一人だけ煌びやかなドレスを纏っているのは場違いに他ありません。しかも僕は男なのです。


 もし僕が男であることがバレたらという恐怖と、視線が集まる羞恥心で、ただただ逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。


 頼みの綱のお嬢様もまったく止める気配はありません。


 結局、僕は無理やりに引っ張られたまま、グレンくんのいる教室へとつれていかれたのでした。


「ほんとに行くんですか?」

「面白そうじゃん、あの子がどんな反応するか。さあ、レッツゴー!」


 教室の前にたどりついてもなお躊躇う僕を、満面の笑みを浮かべたレジーさんは教室の中へと押し込んだのでした。


「……ん?」


 教室にはグレンくんだけがいました。

 どうやら今日は日直だったのでその日誌などを書いていたようです。


 いきなり教室に飛び込んできた僕に気づき、グレンくんは怪訝な顔を浮かべて首をかしげました。


「誰だ?」

「え?」


 グレンくんは不思議そうに僕を見ていました。


 てっきりみんなで教室に入ったと思っていたら、何故かお嬢様とレジーさんは扉の向こうに隠れてしまっていました。


 たった一人で急に入ってきた僕を見て、レジーさんはそれが僕だとは気づいていないようでした。


 ――そ、そんなに印象変わったのかな。


 たしかに薄めとはいえお化粧もしてますし、髪型だってエクステンションのせいでいつもより長く見えます。おまけに俗世離れした清楚なドレスには、グレンくんが呆気にとられるのも仕方ないでしょう。僕の顔を見たグレンくんは、だらしなくぼーっと口を開けたまま驚いた風に固まっていました。


 おそらくレジーさんたちはこの反応を見たかったのでしょう。今頃廊下で盗み見ながら笑っているに違いありません。


 しかしそれにしても、グレンくんの視線はさっきからずっと僕へ向けられてばかりです。まるで生気を抜かれたように呆け、日誌を付けていた手も止まっています。


 ――そんなに見られるともっと恥ずかしくなるよお!


 僕はもぞもぞと身をよじらせ、頬を赤らめてそっと俯きました。


「……なんだよこれ」

「ひえっ!」


 急にグレンくんが声を出し、僕は怯えたように体を震わせました。


 まさか僕だとバレてしまったでしょうか。僕を見た反応を楽しもうとしているレジーさんの悪戯だと気づいたのかもしれません。


 遊ばれたと思って怒ってしまったのかも。


「あ、あの……違うんです……」


 細々とした声で僕が説明しようとすると、


「――信じられねえ。俺の目の前に天使がやってきた」

「……え?」


 呆けたように言ったグレンくんの言葉に僕は耳を疑いました。けれど彼は自分の頬を叩くと、「夢じゃねえ」と目を見開いていたって真面目にそう言いました。


「一緒だった日直の仕事をレジーにほっぽりだされ、仕方なく俺がまじめに残ってやってたら。俺の苦労を見かねて神が天使を使わしてくれたんだ。だってそうだよな。ここは学校だぜ。こんな純白のドレスを着た美少女が急に教室にやってくるわけなんかないだろ」


「え、あの……」

「なんだこれ。可愛い。神様よくわかってるじゃんか俺の好み。柔らかそうな髪も、小柄なところとか、あと――」

「ひっ」


 急に饒舌になったグレンくんに、僕は肩を丸めて思わずたじろいでしまいました。


「しおらしいところもグッドだぜ」


 グレンくんが急に席から立ち上がり、僕へと詰め寄ってきます。


「君、名前は?」

「え……」


 すぐ至近距離までグレンくんの顔が近づいてきました。

 そうなってもなお彼は僕だと気づいていないようです。


 ここで僕の正体を明かしていいものなのでしょうか。後ろの廊下では、レジーさんとお嬢様がくすくす笑っているのが微かに聞こえてきます。ですがそれすら聞く耳持たないほどにグレンくんは必死な顔でした。


「ああ、悪い。いきなりだな。俺はグレンっていうんだ。趣味は朝のランニング。これは小さいころから欠かしたことがないくらい一途なところがあるんだぜ」

「は、はあ……」

「君はこの学校の生徒なのか? それとも俺が見ている白昼夢か?」

「いやあ、あの……」


 ――うっ、とても言い出しづらい。


「いや、君がどこの誰だろうと関係ない。それは野暮だ。野暮やぼの野暮だ。愚問だ。そんなことどうでもいい。そう、俺は直感したんだ」

「えっと。何をですか……?」


 イヤな予感がします。


「君が俺の運命の人だってことだよ」

「ひえっ」


 思わず声を上げて退いてしまいました。

 ですが引き下がった一歩を詰めるようにグレンくんも追いかけてきます。


「一目見た瞬間に電流が走ったんだ。この人だと」

「えぇ……」


 ドン引きです。

 まさかそんな言葉を同級生の、しかも同性から言われるとは思ってもいませんでした。


「いきなりこんなことを言われて驚いたかもしれないが、引かないでくれ」


 ――いや、無理です。


「初対面でここまで親しみを覚えるなんて初めてなんだ」


 ――初対面じゃないです。


「見つめあってるだけでなんだか安心して……ママみたいだ」


 ――グレンくんって母親のことをママって呼んでるんですか!?


 予想外の猛アプローチに、僕はいまさらエリンだと名乗ることもできない状況になってしまっていました。もしグレンくんが同級生の僕にこんなことを言っていたとわかれば、ショックのあまり寝込んでしまうかもしれません。


 グレンくんのこんな姿を僕たちは今まで見たことがなかったので尚更です。


 かといってグレンくんは本気で僕を口説こうとしているようで、決してあきらめる様子をみせませんでした。


 女装した男子に同級生の男子が迫る。まさに地獄のような光景です。


 後ろめたさと恥ずかしさで縮こまる僕に反して、廊下のお嬢様たちはひどく愉快そうに笑っていました。


「なあ、どうだ。ちょっとお茶をしにいかないか。君のことを知ってみたいんだ」

「いえ、その。困ります」

「ああ、ごめん。だったらここでいい。俺が日誌を書いてる間だけでも話し相手になってくれないか」

「それもちょっと……」


 一刻でも早くこの教室から立ち去りたいくらいです。


 あからさまに拒否反応を示しているというのに、しかしグレンくんは決してあきらめず、執拗に僕へと詰め寄ってきました。


「じゃ、じゃあ連絡先だけでも。住所は? いや、どこの学級かだけでも」


 彼の語気に押され、ついには教室の壁にまで追い詰められました。もう逃げる場所がなく、それでもグレンくんは情念の炎を瞳に燃やして歩み寄ってきます。


 もはや至近距離過ぎて、いつ正体が僕だとバレても不思議ではありません。いえ、バレるならいいのですが、バレないまま変なことでもされたらと思うと……。


 ――もう無理っ!


「す、すみませんっ!」

「うわっ」


 僕は咄嗟にグレンくんの体を突き飛ばし、逃げるように教室の外へと飛び出しました。


「ちょっ、待ってくれ!」

「イヤですぅっ!」


 扉の後ろに隠れていたお嬢様たちも押しのけ、僕は一目散に廊下を駆けていったのでした。

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