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 -10『身代わりの懲罰』

 体育教師の仲介によってとめられた喧嘩は、すぐさま大きな問題となって取り上げられました。


 そのまま職員室へとつれられたお嬢様とシュランたち男子生徒は、日が暮れるほどの時間になるまで、担任の先生などをふまえた話し合いが続けられました。


 やがて教室で待っていた僕のもとへ戻ってきたお嬢様は、なんでもないような気さくな表情をしていました。


 彼女の頬には白いガーゼが貼られています。さっきの取っ組み合いでできた傷の処置なのでしょう。


 更衣室で体操服から制服に着替えたお嬢様は、そのままいつもの調子で戻ってきて、「帰りましょうか」と教室を出ました。


「ずっと説教を聞かされたわ」と、帰り道でお嬢様は何度もそう不満そうに呟いていました。


 下校中にお嬢様から聞かされた話によると、今回の件で厳重な処分が下されることになったそうです。


 渦中の中心人物であるシュランは退学を命じられました。彼は元々、素行が悪いことで有名です。そのせいで余計に重く見られたのでしょう。


 貴族を相手に喧嘩をした。それだけでも、事情がどうであれ学校側からすれば頭を悩ませる事実ではあります。貴族は学校側に多額の支援金などを払っていたりします。お嬢様のライオット家も例外ではありません。


 それらを鑑み、シュランには重たい処罰が下されたのだと思います。


 彼に限らず、他の男子生徒たちにも数日間ほどの停学などが決定されたそうです。


 それに比べてお嬢様はというと、厳重注意止まりですましてもらえたとのこと。比較的に普段から模範的な生徒として好印象を持たれていたこともあり、軽く見てもらえたというのが理由でした。


 しかしやはり問題を起こしたことは事実です。そのため、もし次にまた問題を起こしてしまえば、たとえ貴族であるお嬢様でも重罰を与えざるを得ないと言われたのだそうです。



 僕はただただ心配でした。

 貴族である以上、その品位は保たれなければなりません。もしお嬢様が退学にでもなれば、優しい旦那様といえども勘当されかねない事態なのです。


 処罰を受けるということは、お嬢様はすべてを失ってしまうということ。


 その可能性を作り出してしまったのが僕であるという事実に、僕はひたすら心を痛めました。


 ですが、


「ま、私も喧嘩ごとは好きでもないし。そうそう問題なんて起きないでしょ」


 お嬢様はそう楽観的に笑っていました。


 結局その日はそのままお嬢様とお屋敷に戻り、僕はいつもどおり、お嬢様の着替えの用意や掃除などといった召使いの仕事を淡々とこなしていきました。


 あれほどの騒ぎがあったのに、お嬢様はやはりいつもと変わらない調子で夕食後の読書に耽り、お部屋でのんびりとくつろいでいました。


「お嬢様。カーティスさんが新しい茶葉をくださったので淹れてみました」

「あら、ありがとう」


 窓際の椅子に腰掛けて分厚い本に目を通していたお嬢様は、一瞥だけを向けて、僕が差し出したカップを手にとって口に付けました。


「あら、おいしいわね。香りも良い」

「山を二つ超えたむこうにあるグロッサという町でとれるものだそうです。目が冴える効果がないので就寝前のリラックスにとてもいいのだとか」

「へえ」


 お嬢様は口許を綻ばせながら、また読書の手を進めていきました。


 お嬢様は決して、家に帰ってからは今日の喧嘩のことを話にしませんでした。どうして僕がシュランたちに絡まれていたのかも尋ねてこようとはしません。


 お嬢様にとってはもう終わったことだからでしょうか。それとも、僕のことにはあまり興味がないからでしょうか――。


「もう一杯いれてくれるかしら」

「はい」


 どちらでも構いません。

 今はただ、お嬢様が退学にならなくて良かったと、その安堵した気持ちが不安や寂しさを隠してくれていました。


 もしお嬢様が退学になっていたら、きっとこの時間もなくなっていただろうから。


「それではお嬢様。僕はそろそろ」

「そうね。お疲れさま」

「おやすみなさいませ」

「ええ。一日ありがとう。おやすみ」


 お嬢様の飲み終えたカップを下げ、僕はそのまま部屋を出ました。今日のお仕事はこれで終わりです。


 まだ紅茶の暖かみが残るカップの感触を肌に感じながらお嬢様の部屋を後にしたのでした。


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