1-1 『お嬢様は勇者になりたい!』
恋愛要素が強めな貴族令嬢と使用人の恋物語です!
第1章が終わるまでは毎日更新を予定しています!
ぜひ楽しんでいってください!
「ねえエリン」
「なんですか、お嬢様」
「私――勇ましく戦う戦士になりたいわ」
「ええっ?!」
それは、青白い空から麗らかな日差しが降り注ぐ昼下がりのことでした。
僕は、王国の中でも有数の大都市であるマレスティという町でとある貴族の方に使える従者として働いています。名はエリン。幼いころに両親に捨てられた孤児です。町の教会で拾われてから、ほどなくして、町有数の貴族であるライオット家の屋敷に雑用として引き取られました。
おおよそ五歳の頃から気づけば十年以上。
僕はライオット家が用意した従業員用の寮に暮らしながらお仕事に励んでいました。
ライオット家はとても大きなお屋敷を持っています。貴族の邸宅が並び立つ町の中心の住宅街でもひときわ目立つ赤煉瓦の屋根とつややかな白漆喰の建物は、通りかかる人の目を奪うほどに綺麗です。
その屋敷に通う僕の仕事といえば、もっぱらライオット家の末娘であるお嬢様のお世話係でした。
お嬢様の名前はクーナ=ライオット。
上に兄を二人持つ、僕と同い年の十六歳です。
腰ほどまで垂らした艶やかな白髪と、やや強気に見えるとんがった目元。けれど柔らかそうな唇と白肌にほんのり淡い桃色が浮かぶ頬は、どこかお人形のような愛らしさがあります。
深窓の令嬢。
まさにそのような言葉が似合うでしょうか。
僕といえば、背もちんちくりんで、男のくせに女みたいな童顔だとよくからかわれます。だから、座っているだけで気品を感じさせる凛々しいお嬢様の姿を見るのは、僕はとても大好きでした。
憧れといいますか。
その、なんていうのでしょう。
ずっとお嬢様と一緒にいて姉弟のように感じるのに、どこか、それよりもずっと特別な感情を、お嬢様のそばにいると抱いてしまいます。
その感覚が奇妙で、けれどとても心地よくて。
僕には不似合いなほど素晴らしい彼女のお世話係でいられることが、僕はとても幸せだと思っています。
そんなお嬢様が先ほどのような突拍子もないことを言い出したのは、彼女が小さな暖炉のある自室の窓辺で外を眺めていた時のことでした。
あまりに唐突すぎて、僕はちょうど用意をして手渡そうとしていた紅茶のスプーンを床に落としてしまいました。
「す、すみませんお嬢様っ」
「絨毯を汚しちゃダメよ。お父様に買ってもらったばかりのお気に入りなんだから」
「大丈夫でした。気をつけます」
慌ててスプーンを拾い上げると、予備に置いていたスプーンをソーサーに添え、お嬢様に差し出しました。受け取ったお嬢様は優雅に口をつけつつ、なおも窓の外を見続けていました。
僕もお嬢様の視線につられるように窓の外へと目をやると、そこには、重々しい鈍色の鎧をまとった大柄な男性たちが道を歩いているところでした。
ライオットのお屋敷は大通りに面していて、非常に多くの人が通りかかります。町の中心にある庁舎への通り道でもあるため、町の外からやってきた人も多く見受けられるのです。
その中には、先ほどのような一風変わった風貌をしている方もいます。
「あの人たち、物資護衛の傭兵よね」
「おそらく」
「私もあんな風になりたいわ」
「あの……お嬢様。傭兵の戦士というのがどういうものかご存じなのですか?」
「お父様にたくさん聞いたことがあるわ。町の外の森にはなんでも噛み切るオオカミや人より大きなクマがいっぱいいて、そんな危ないものから行商人たちを守っているんですってね」
僕たちの暮らす町の外には、人の手があまり入っていない場所も多く存在します。辺境の森などには多くの野生生物がいて、それらはとても狂暴だったりするのです。そんな野生生物のことをモンスターと呼んだりします。
モンスターの中には火を噴くトカゲだとか空を飛ぶ馬など、まるでおとぎ話のような生き物もいるようでが、普段生活している分には人間の領域にはやってこないので、特段脅威というほどではありません。
しかしあまり整備されていない街道を通る行商人の人にとっては危険もあるので、その護衛として傭兵の方たちがいるのです。
「私にもできるかしら」
「前向きなお嬢様にびっくりです」
あはは、と僕は苦笑を漏らしました。
お嬢様の四肢は、握れば簡単に折れそうなほど華奢です。大きな鉄の剣など、振るうどころか担ぐことも大変でしょう。
とてもなれるはずもないというのに、しかしお嬢様は至極真面目に、
「どうやったら私も戦士になれるのかしらね」などと顎に手を当てて言っています。
聡明そうな凛々しい横顔とはひどくちぐはぐなその言葉に、しかし僕はいまさら驚くこともありません。
「今度、私にもあの人が背負ってるような剣を用意させようかしら」
「お嬢様。冗談はやめてください」
「冗談で言ってるんじゃないわよ」
「だったら尚更やめてください。お嬢様が声をかければ本当にできてしまうんですから」
それだけの財力がライオット家にはありますから大変です。
「そのような無駄遣いをされると怒られますよ」
「お父様は私に優しいからきっと大丈夫よ」
「いえ。カーティスさんにです」
「うっ……」
僕がたしなめるようにそう言うと、お嬢様は不満そうに口許を曲げながらも窓の外に視線を戻したのでした。
不服な顔でお嬢様は紅茶を口に運びます。
お砂糖の入った紅茶はマレスティ名産の香りが強い茶葉を使っていて、お嬢様のお気に入りです。それをそっと口に含むと、いろんないら立ちもたちまち絆されるように表情を和らげてくれました。
これでやっとお嬢様のわがままも落ち着いたでしょうか。
そう思って僕が安心していた矢先。
「エリン」
「はい?」
「これは主人として命令よ。私が勇ましく戦う戦士……そうね『勇者』になれる方法を探してきてちょうだい!」
「ええっ?!」
素っ頓狂な声を上げて驚く僕に、お嬢様はしたり顔を浮かべて見上げてきたのでした。
……これは、そんな突然わがままなことを言い出すお嬢様と、そんな彼女のお側で一緒に暮らす僕の、なんでもない日常を描いた――恋の――お話です。