第五話 俺の好きなもの
間が空いてしまってすみません。気長にやっていこうと思います。
前話に評価をくださった方、ありがとうございます。
「あっ、今日の弁当はハンバーグが入ってる!」
「はい、部長がお好きなようでしたので、また作ってみました」
お昼休みの学校の食堂。今日は私と部長、そして日笠先輩という3人で昼食を囲んでいた。
「白木の弁当も張間が作ってるのか?」
「はい、学食の味がお口に合わないようで」
「……なら白木が持参すれば良いんじゃ……」
「うちの料理人に頼んだら重箱に伊勢海老とか入れられちゃうよ。俺はこういう弁当が食べたいの」
そう言って、私が持ってきた両手に収まるサイズの白いお弁当箱を指さす。中身は白飯に振りかけ、おかずはハンバーグとほうれん草のバターいためと煮物だ。デザートに桃をつけている。
ちなみに日笠先輩は購買で買ったパンと野菜ジュースだった。聞けばいつも購買で済ませているらしい。
「本当は彼女がいたら作ってもらったりしたいけどな、手作り弁当」
「いらっしゃらないんですか?」
「1年の時からサッカー一本でやってたから、そんな余裕もなくてなー」
「少し意外です」
「募集してるんだけどな、料理のうまい子」
「先輩ならいくらでも応募があるでしょう」
意外には思ったけど、考えてみれば当たり前か。ゲームの攻略対象に、ヒロインに出会う前から恋人がいたら大変だ。ジャンルが変わってしまう。
「先輩はこれからですよ」
少なくともゲームが終われば後は彼女なんかでき放題なはずだ。
何故か横で部長が、口元を押さえて笑っていた。
「ゴホン……で、なんでいるの? お前」
「ついに先輩をお前呼ばわりか。今日は張間に呼ばれたんだよ」
「はい。日笠先輩には先日のお礼と新聞の仮原稿の確認をお願いしたかったので、せっかくならこうしてお昼をご一緒して親睦を深めていただこうかと」
「親睦? 誰と誰が?」
「部長と日笠先輩が」
「俺と白木?」
部長と日笠先輩がそろって微妙な顔をした。実はこの2人、結構息が合う。
「……まぁ、白木にも用があるのはそうなんだよな」
「何?」
「いや、お前この間アニメがどうとか話してただろ? アニメ、好きなのか?」
「は? 何急に。普通だよ」
「張間はどうだ?」
「造形が深い訳ではありませんが、嫌いということもありません」
「そうかそうか!」
質問の意図が読めない。
「俺の友達にアニメとかそういうのが好きな奴がいるんだけど、俺はアニメ分かんないからさ、話に乗ってやれないんだよな。そいつの周りにも趣味の合う友達がいないみたいで」
「あっそう」
「白木がアニメの話してるの聞いてピーンと来たんだ。こいつらを合わせたら良いんじゃないか? ってな」
「令子、行こっか。教室で食べよ」
部長が席を立つ。しかしそれを無理に座らせる日笠先輩。
「まぁまぁ、話を聞けよ……っ」
「力強っ、ゴリラかよ! 痛い痛い、聞くから離せって!」
珍しく部長が折れた。
「そうだ白木、バスケってやったことあるか?」
「ないけど」
「そいつ、バスケ部のエースなんだ。2年の雨谷透ってやつ、知ってるか?」
「雨谷……?」
「令子、知ってるの?」
「えぇ、まぁ、お名前くらいは」
「白木は見ただけで何でもできる天才らしいけど、流石にあいつにバスケで勝つのは無理だろうなぁ。なんせあいつはことバスケに関しちゃ、『神童』だからな。流石になぁ。難しいだろうなぁ」
「はぁあ?」
わざとらしい日笠先輩の言葉に、部長の中の負けず嫌いの血が騒ぎだす。
この後の展開がなんとなく読めた。
*
「俺が雨谷だ」
体育館の裏にあるバスケ部の部室。そこでスチール製の机を挟んで雨谷先輩と我らが部長が向かい合っていた。
私は場のセッティングまでが仕事なので、今は部長の後ろで控えているだけだ。
「放課後の部活中にお時間を取っていただいて、ありがとうございます」
「いや、構わない。新聞の取材だったか?」
普通ならあり得ない鮮やかな青の髪、空色の瞳。体は引き締まっているが日笠先輩に比べるとやや細身で、すらりとした印象を与える。そしてイケメン。
この雨谷透もまたゲーム『青春スクール』の攻略対象なのだった。
あぁ、また会ってしまった……。
まぁ今回は個人的にお話することはないだろうから、良しとするか。
「はい。我が『自分探し部』は新聞部から委託を受け、新入生向けに部活紹介新聞を発行する予定なのです。その取材としてバスケ部のエースと名高い雨谷先輩にお話をお聞きしたく、こうして伺った次第です」
部長が近いうちにバスケ部を訪ねるだろうことは想像に難くなかったので、昼休みのうちにアポを取っておいて良かった。
「エースなんて、周りが勝手に言ってるだけだ」
「賞賛というのは得てして周りが勝手に言うものでは?」
「…………」
私がそう問い返すと、雨谷先輩は少し驚いた顔をした。
「……それもそうか」
そう言って小さく微笑む。冷たい印象とは裏腹に、その微笑みは穏やかなものだった。
「では、さっそく取材に入らせていただきます」
取材などを受けるのは慣れているのだろう。新聞のための取材はスムーズに進んだ。時折部長が突飛な質問をして困らせていたけれど、まぁ総合的にはスムーズに進んだと言って良いだろう。
「取材はこれで以上です。記事が出来上がりましたら一度ご確認をお願いいたします」
「あぁ、分かった」
部長が勢いよく立ち上がる。
「俺とバスケで勝負しようよ」
「……何故だ?」
「日笠の奴が俺はお前に勝てないとか言いやがるから。俺あいつ嫌いなんだよねー」
「そうか」
雨谷先輩がふっと微笑んだ。
「お前の噂は聞いている。『天才』だそうだな」
「だったら何?」
「いや。勝負をしても良いが、その前に俺の要求を呑んでもらう」
「要求? そういう交渉は令子にやってよ」
「要求とは何でしょう?」
「お前たち2人に対する要求だ。なに、そう大変なことじゃない」
雨谷先輩が何かをカバンから取り出し、机に置く。
「これを見てもらいたい」
✳︎
次の日の昼休み、私と部長、そして雨谷先輩で視聴覚室に集まっていた。部活動の一環として使用許可は簡単に下りた。
「令子ー、この機械の電源どこ?」
「代わります。部長はおかけになってお待ちください」
部長は教室のど真ん中の席に陣取り、その隣に雨谷先輩が座る。
私は教卓横にあるDVDプレイヤーの電源を入れ、雨谷先輩からお借りしたディスクを投入した。
「では再生いたします」
「令子、こっちこっち。ここ令子の席ね」
「始まるぞ。早く座れ」
「はい」
教室の明かりを全て落として部長の隣に座る。
スクリーンが白く輝く。上映が始まった。
『あたし、熟田いちご! ごく普通の中学一年生!』
画面に鮮やかな赤色の髪をした女の子がパンをくわえて道路を走って行く映像が映る。
「なにあれ?」
「あれはこのアニメの主人公、『熟田いちご』さんですね」
「! 知ってるのか張間、この大人気魔法少女アニメ、『きらめき☆フルーツメルヘン』を!」
「昨日のうちに一通り調べました。こちら、簡単な資料となっております」
パンフレット形式で一枚にまとめたアニメの概要を部長に手渡す。部長は携帯の明かりでそれを見て、ふむふむと頷いた。
「えっと? この女の子が魔法少女に変身して戦う話なんだ」
「そうだ! あ、ほら、丁度フルーツ怪獣みるくと出会うシーンだ。ちゃんと見ておけ。このカットは伏線だぞ」
「フルーツ怪獣? なんて?」
「『フルーツ怪獣』の『みるく』さんです。資料のこちらに説明が。フルーツワールドからやって来たフルーツ怪獣で、このみるくさんが主人公たちを変身させる力を持つようです」
「一個も分かんねぇ……」
このアニメは基本的には王道ストーリーらしい。
いつも元気で前向きな主人公『いちご』が魔法少女に変身する力を手にし、フルーツ怪獣の成れの果てである敵、腐乱怪獣と戦うという流れだ。
「俺にもそのパンフレットを見せてくれ」
「構いません、どうぞ。何かご意見があれば仰ってください」
このアニメのファンである雨谷先輩から見れば私が一夜で仕上げたものなどつたなくて見れたものではないかもしれない。少し恥ずかしかったが一枚手渡した。
「これは……」
雨谷先輩がまじまじと私が作ったパンフレットを眺める。気恥ずかしい。
「ねぇねぇ令子、俺喉乾いてきちゃった」
「そうおっしゃるかと思って用意してございます」
私は購買で買っておいたコーラのペットボトルを差し出した。
「コーラだ!」
「事前調査で映像鑑賞にはコーラとポップコーンが重要と判断しましたので、ご用意させていただきました」
「さっすが令子、頼りになるー」
「光栄です。雨谷先輩の分もございますので、良ければお召し上がりください」
「ありがとう、貰うよ」
雨谷先輩にもコーラを差し入れる。ポップコーンは大袋で買ったので全員の手が届くところで広げる。手が汚れないように割りばしも用意してある。完璧だ。
「ここも重要なシーンだぞ! 主人公が初めて変身して戦うシーンだ。主人公はここで人のために戦う大切さに気付くんだ」
「このお話は主人公の成長を主軸にしているのですね」
「! その通りだ張間! お前、分かってるな……!」
雨谷先輩は先程まで見せていたクールな横顔はどこへやら、キラキラと目を輝かせて画面を見つめている。
その姿はまるで小さな子供の用だった。
ふむ、部活に限らず、こうやって趣味に一生懸命になるのもまた『青春』だ。
30分間のアニメ1話の視聴が終わった。いったん部屋の電気をつける。
「素晴らしかったな……」
「大変興味深い時間でした」
「意外と面白かったねー」
雨谷先輩はうつむいて目頭を押さえていた。え、泣いてる?
「雨谷先輩はやはり主人公のいちごさんがお好きなんですか?」
「あぁ。いつも頑張っている姿を見るとつい応援してしまうな。前向きなとこも良い」
「なるほど。私も良いと思います。いつも明るく前向きにいられるのはそれだけ努力しているからだと思います。努力家な方は好ましいです」
「張間……! お前は俺のソウルフレンドか?」
「いえ、違うと思います」
雨谷先輩が感極まって私の手を強く握る。部長がすかさずその手をはたき落とした。
「俺はあの子が気になるな。オープニングに出てた青い髪の子」
「『青井りんご』だな。クールキャラで初めは立場の違いから主人公たちとは別行動を取ってたんだが、途中から仲間になるんだ」
「なんか令子に似てる気がする」
「そうでしょうか? りんごさんについても一通り調べましたが、そのような印象は受けませんでした」
部長が立ち上がる。
「コーラ飲みすぎちゃった。俺ちょっとトイレ」
部長が部屋を出て行く。部屋には妙な沈黙が訪れた。
「……雨谷先輩はどうしてこのアニメがお好きなんですか?」
「理由か? そうだな……」
雨谷先輩は腕を組んで考え込んだ。
「……日笠から聞いたかもしれないが、俺は結構バスケが得意なんだ」
「はい」
「数いる実力者に比べれば大したことはないが、それでも小学生の頃は特に突出してたと思う。早熟だったんだな。でも、そのせいかあんまりチームメイトには好かれなかったな」
「周りもまだ小さい子供ですから、感情をうまく制御することもできなかったのでしょうね」
「あぁ。別にあいつらが特別嫌な奴らだったとか、そんなことはなかったよ」
雨谷先輩は当時を思い出しているのか、うっすらと目を細めた。
「だから中学生の時は部活は入らなかったんだ。いつも1人で練習してた。もうチームに入るのはこりごりだと思ってた。でも、そんな時この『きらめき☆フルーツメルヘン』に出会ったんだ」
「まぁ」
「主人公のいちごはいつも頑張ってるんだ。みんなが笑顔でいられるように、自分が笑顔でいられるように。でもそれをひけらかすようなこともしない。自分と仲間がいる日常を愛してるんだ。俺はそんないちごの姿を見て感動した。俺はチームメイトたちが仲間に入れてくれなかったと拗ねていたが、でも一度だって自分から仲間に入れてもらおうと努力したことはなかったんだ」
アニメを通して自分の内面を見た雨谷先輩はそこから自分の振舞いを変えようと努力したらしい。
「それで高校では今の仲間に恵まれた。このアニメは、いちごは俺の恩人なんだ」
「とても素晴らしいお話です。感動しました……!」
「わっ、分かってくれるか張間!」
「はい!」
アニメに関わらず、作品には人の心に影響を与える力がある。今回は雨谷先輩にとても良い形で働いたのだろう。
「……ありがとうな、こんな話を聞いてくれて」
「はい?」
「少し、がっかりしただろう。分かってるんだ。みんなが持つ『バスケ部のエース』としての俺のイメージと、こんなアニメオタクな俺は合わないってことは。だから極力人には言わないようにしているんだが……そのせいで日笠にも余計な気を遣わせてしまった。俺もまだまだだな」
雨谷先輩は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「そうですね。雨谷先輩の心の深い部分に関わるお話ですから、雨谷先輩がお話したいと思う方だけにお伝えすればよいかと思います。ですがそんな大切なお話を聞かせていただけたことは光栄です。ありがとうございます」
「張間……」
「はい」
名前を呼ばれたので返事をしたのだけど、雨谷先輩はその後何も言わない。ただじっと私の顔を見ている。
「えっと……何でしょう?」
「あ、いや、その……」
「ただいまー」
「お戻りですか部長、おかえりなさい」
その時、部屋の扉をがらりと開けて部長が戻ってきた。
「手洗ったらなんか乾燥しちゃった。令子ハンドクリームとか持ってない?」
「ございます。少々お待ちください」
「2人でなんか話してたの? あっ、お前まで令子のこと勧誘したりしてないだろうね。日笠の奴だけでも面倒なんだからやめてよね」
「そんなお話はしていませんよ。それと、先輩のことをそんな風にお呼びするのは感心できません」
「あいつは良くない?」
「良くありません」
手持ちのハンドクリームを部長に手渡す。その時に雨谷先輩と一度目が合って、勢いよくそらされた。
「……?」
「あ、これから2話見る? だったら俺んち来ない?」
「し、白木の家か?」
「うん。父さんの使ってないシアタールームがあったはずだからそこ使おうよ。もっと大画面で見れるよ」
「よろしいのですか?」
「良いでしょ、どうせ使ってないんだし。ちょっと家に電話していい? 埃っぽいと思うからお手伝いさんに掃除しといてもらおう」
「噂には聞いていたが、本当に金持ちなんだな……」
部長がスマホを取り出して電話をかける。私はコーラとポップコーンを回収する。その間もなんどか雨谷先輩と目があったが、ことごとく逸らされてしまった。