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無印の呪い  作者: J佐助
開拓編
14/59

第1章12節:魔法

イルドレッドに魔封石に関する依頼をしてから、半年後にそれは出来上がった。

イルドレッドの手のひらにぷくっとした水風船のような物体が乗っている。

魔封石を極限まで引き延ばすと、うすい膜状の素材になる。

傍で工程を見ていた側だが、あの鉱石がよくここまで伸びたものだと感心してしまう。


「結構不思議な見た目だな、こうして見ると。」


「そうだね……。」


「普通ここまで素材に負荷をかけてると脆くなるものなんだけど、何度か限界点を迎えると、耐久性が高くなるらしいな。本当にイカれた石だよ。」


まるでゴムみたいだなと思った。

鉱石からゴムみたいな素材ができるなんて……本当にすごい。

イルドレッドがイカれた石と言ってしまうのも頷ける。


「最後に伸ばしきる時に粘着性のある鉱石の粉を入れてみたんだ。魔力に触れても変質しない特性があるし、この鉱石を入れたことでお嬢さんが指を突っ込んで、魔封石に穴をあけても、すぐ指に馴染むから魔力が逃げることもないはずだ。」


「イルドレッド……天才だね。本当にすごいよ。ありがとう。」


夢に一歩近づけた気がして笑みが止まらなかった。

イルドレッドを見上げ、心からの礼を言った。

私一人では絶対にできない技だし、本当に彼がいなければここまで辿り着けなかった。

半年もの間、ただ私の依頼をこなしてくれるだけに全力を注いでくれていた。彼には感謝しかない。


私の顔を見ていたかと思えば、急にイルドレッドはそっぽを向き、頭を掻いた。

顔が少し俯いているから、表情は見えない。


「天才って言葉、もう聞き飽きたはずなんだがな…。なんかお嬢さんから言われると調子狂う。」


照れているのだろうか……。滅多に見せない彼の仕草に私まで調子が狂ってしまいそうだった。

私も照れ臭くなって、俯いてしまう。


「ほら、やりたかったこと、やってみたら?それができるまで成功とは言えないからさ。失敗したら改良しないといけないし。」


「そうだね。ちょっと待ってて。」


私がいつも勉強に使っている机に駆け寄り、羽ペンを手にとり、魔統文字を書いていく。

人差し指に書くのは、馴染みの魔法の発展版だ。

肌に水を馴染ませる魔法がベースになっている。

ただ、肌に馴染ませる程度の効果では、枝に届かない可能性があったため、体の奥の血液まで届くよう試行錯誤して作ったのだ。

実際に魔法が使えないし、周りの人を実験台に使うわけにもいかないから、効果はまだ試せていないけど、魔統文字の組み合わせ自体は最高のものだと思っている。

魔統文字が嫌がることなく、効果を発揮しやすい組み合わせだから自信は結構ある。


「よし……。やってみるね。」


水風船のようになった魔封石を受け取る。

イルドレッドと過ごした時間の結晶が今この手の中にある。

どうかうまくいきますように……祈りを込めて、意を決して魔封石に人差し指を突っ込んだ。

強い張りがあったが、爪を少しだけ突き立てると、するっと指が入りこんだ。

見た目はプルプルしているのに、指が入ると何も感じず、空洞のように思える中身に少し驚く。


(あっ……)


指に書かれていた魔統文字が一瞬光ったかのように見え、指から金色の文字が紡ぎ出され始める。

きっとこの現象は、シーア様の目を持つ私しか見えない。

魔統文字は書くだけで生きているが、魔法に変換されるとこうして金色の文字に変化し、動き始める。

つまりは、魔封石の中にある魔力と魔統文字が組み合わさり、魔法が発動しているのだ。

じんわりと温かい感触が指から広がっていく――――。

手のひら、手首、腕、肩、胸、首と、温かさが伝染していくのが分かる。

まるで、今まで自分の体が渇いていたかのように、温かさが体の奥まで染みわたっていくのがわかった。

この体中が満たされていく感覚は、もしかすると私の中の器に魔力が注ぎ込まれている証拠なのだろうか。

心地よくて、思わず眠ってしまいたくなるような安心感があった。

全身が温かさに包まれたと感じた頃、魔封石に入れていた指から金色の文字が紡ぎ出されなくなった。

この魔封石に入っていた魔力を使い果たした、ということなのだろう。

そっと指を抜くと、しおれた風船のように魔封石が形を失う。


「お嬢さん?どう?何か変化はあった?」


心配そうに眉を垂らしてイルドレッドが訊ねる。

いつもは自信で吊り上がっている目も、今は力を失っているようで少しだけ笑いそうになる。


「すごく、体が満たされている気がするよ。初めての感覚かもしれない。」


「そうか……じゃ、魔法を使ってみたら?ここでお嬢さんが魔法を使えちゃえば成功だと思うよ。どれほどの魔力が体内にあるか分からないから、初級魔法の火球を出してみることからやったら?」


「そうだね。たしか、イメージして魔法を使うんだったかな?」


「そう。自分の手のひらの上で丸く、そして温かい火が広がる感じを想像して。明確な想像であるほど、早く魔法が出せるから。」


私はその言葉に頷き、頭の中に球状になっている火を思い浮かべる。

赤く、燃えるような火。初級は、たしかこんな文字列だったかなという魔統文字の組み合わせもあわせて想像する。

体の中で何か温かいものが手のひらに集まっていくような感覚がある。

きっとこの温かさは魔力であり、私の想像に従って枝が動き、魔統文字が組み変わっているのだろう。

手のひらに集まった温かさは、中で渦巻いているように感じた。

すると、ぽっと小さく音をたて、私の手のひらの中に、顔ぐらいの大きさのある火の玉が出来上がっていた。


「すげぇ……お嬢さん、成功だよ!魔法を使えているよ!!」


「信じられない……。」


ふわふわと火の玉が浮いていて、すごく幻想的だった。

今までイルドレッドと作り上げてきたものが、こうして形になっているのだ。

体を満たす温かさとは別に、胸の奥が何かで満たされ痺れていく。

その痺れに堪えきれなくなって、目から涙が流れたのがわかった。


「お嬢さん……。」


イルドレッドが私の顔に手を伸ばし、親指でそっと涙を拭ってくれた。

なのに、涙が止まってくれず、次から次へと流れていく。

本当に困った。こんなに涙が止まらないことってあるのだろうか。

なぜか泣いてしまっている自分に困惑してしまう。

けど悲しくなんかなくって……本当に嬉しくて。

嬉しくって泣くことができるのかとただただ驚く。


私の感情の影響を受けたのか、火の玉が揺らいだかと思うと、ふっと消えた。

もう少し冷静になれば、あのまま保てたかもしれないが、今はどうしたって冷静になれない気がした。

泣いている私の頭をそっとイルドレッドが撫でたかと思えば、そっと彼の体が私を包み込んだ。


「こんなことしてごめん。ただ……本当によかったな、お嬢さん。ここまでよく頑張ったな。」


ぎゅっと彼に抱きしめられながら、頭を撫でられると魔法を使えた実感があらためて湧いてきて、さらに涙が流れる。

イルドレッドのおかげなのに……こんな風に言ってくれる彼が優しいと感じた。


「イルドレッド……私の力になってくれてありがとう。あなたと一緒に取り組めて、本当によかった。」


感謝の気持ちを込めて、彼の体に手を回し、力いっぱい抱きしめた。

一瞬彼の体が驚いたように反応したが、受け入れてくれる。


私は魔法が使えないことに、思っていたより不安だったのかもしれない。

一つの突破口ができて、心から安心していた。

今の魔法を使うことで、若干体内の温かさが薄れた気がしたが、それはきっと補充した魔力が減少したからであろう。

定期的に魔力を体内に取り込んでいく必要があると思うけれど、一切魔力がない状況よりかは大分進歩した。


私は半年の間に6歳になっていた。この世界で子供だと言われる時期は終わり、大人になるための成長期に入る年齢。

成人するまであと11年――――。

周りの同年代の子と比較すると魔法を扱いに関しては差ができてしまったが、努力をして追い越していこう。

少しでも幸せな未来を掴むためにも。



「落ち着いたか…?」


「え、えぇ。問題ないわ。」


そっと私からイルドレッドが離れ、顔を覗き込んだ。

視線が一瞬あったが、恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

イルドレッドに抱き着くなんて、ちょっと子供っぽかった気がする。

しかも泣いていたのを見られてしまったことがかなり恥ずかしい。

前世でもあんなに泣いたことがあっただろうか。

少なくとも、嬉しくて泣いたことはなかったように思う。


「お嬢さんも子供らしいところがあるんだな。ちょっと安心した。」


「え?」


驚いて彼を見返すと、歯を見せて笑いかけてくれる。


「俺の弟なんて7歳だけど、全然ガキでさぁ。呆れることもするっていうのに、お嬢さんはいつも大人びているというか、落ち着いているというか……言い方悪いかもしれないが、油断ならねぇやつって思ってた。」


そんな風に思われていたのか……。

でも、たしかに私の知っている同年代の子は、まだ人形遊びや、ふりふりしたドレスに夢中になっている。

実際前世でも私ぐらいの子が鉱石とかの話をしたり、取引に臨んでいると只者ではない感じがするよなぁ。

少し年齢を考えずに行動しすぎちゃってただろうか。

でも、年齢を気にして行動を控えている余裕なんてないし、私は他人よりも努力を重ねないといけない人間なのに。

一人で悶々としていると、イルドレッドが私の頭を撫でる。


「何考えてるか分からないし、異常なくらい優秀なやつだけど、お嬢さんも人間なんだな。」


「ずっと人間でしたけど…。」


「はは、悪い。でも何か安心したよ。これからも俺ができるだけ力になるから、頼ってな。」


それ以上の話は終わりだと言うように、頭をわしゃわしゃと撫でられる。

まるで、もう一人の兄ができたような気分だ。

魔力とは違った温かさが広がる胸を手で押さえ、照れながら頷き、笑い返した。


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