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無印の呪い  作者: J佐助
開拓編
13/59

第1章11節:後悔だけは…

イルドレッドは天才だった。

工房に来るようになってから1ヵ月程で魔封石の扱い方に気づき始めていた。


「めちゃくちゃ面倒くさい鉱石だけどな、伸びたタイミングでの限界点が複数回あるんだ。最初は130℃くらいで加熱して引き延ばすと、今度は限界点が下がってくるから伸ばしながら温度を下げるんだが、急に限界点が上がる瞬間があるから、一瞬温度を上げて対応する必要がある。その後に急激に限界点が下がるから冷やして…ってな具合に限界点を把握しながら加工していくとこういった感じに壊れずに伸びてくるんだ。」


手のひらサイズを1mほどまでに伸ばした魔封石を両手で抱えながら笑顔でイルドレッドが説明してくる。

面倒くさいと言いながらも、ここに来てからは常に楽しそうに取り組んでいた。

最初は知恵を拝借できればと思っていたが、イルドレッドが魔封石に関しては主導権を握って率先して進めてくれていた。

そもそも素人の私が知恵を拝借した程度で何かできたわけではなかったのかもしれない…。

自分の浅はかさにつくづく呆れてしまう。

せめて助けになれればと思い、意見交換をしたり、サポートをしたりと私にできることをできる限りする。

ただ、彼が有能過ぎて、同じステージに立てていないと感じるが……。


彼曰く、魔封石は熱で伸びる性質があるが、ある点を迎えると急激に冷やしたり、若干温度を下げる必要が出始めるらしい。

それを把握して用途にあわせて変形させていけば、私の願いを叶えることが可能と見ているらしい。


「すごい伸びるね……最終的にはどこまで伸ばす予定なの?」


「これは序の口。紙レベルに薄くしたいから、床いっぱいに広がるくらいになりそうだな。ただ、そこまでいくとちょっと間違えると破れちゃうんだよなぁ。破れないように強化しつつ、お嬢さんが直接魔力干渉できるように柔軟性を与える必要があるんだよなぁ。難しいったらありゃしないっ!」


「すごい楽しそうだね……。」


難しいほど燃えるのか、彼の目は生き生きしていた。


「それと、魔道具に関してはどうかな?私も魔統文字の開発は色々してみてるけど。」


「お嬢さんの発想はすごい良いと思う。ただ、問題は魔封石だな。お嬢さんが直接魔封石の魔力に干渉できるようになれば、応用して魔道具に活かせるんじゃないかなと。だから、最優先事項は魔封石の把握と、お嬢さんの最初の願いの達成だな。」


イルドレッドには、今回の件とは別に、魔道具の開発もあわせてお願いしていた。


コンロを作ろうかなと私は考えていた。

人間の魔力を注がないといけないものではなく、魔封石の持つ魔力によって使用できるコンロ。

料理はどの家庭でもするだろうし、3食作るとなれば、結構魔力の負担が多い家事だと思う。

普通なら、魔法があるのに、そんな努力をする必要があるのかと跳ね返されそうな案だと思って周囲には黙っていたが、イルドレッドを見ていると喜んで食いついてきそうな話に思えたため、彼には明かしていた。

案の定、すごい食いつきっぷりで、やる気満々だった。

ただ、魔封石の魔力を活かすには、私の持つ魔統文字の知識も必要不可欠であるため、イルドレッドの横で勉強を進めながら過ごしていた。


「よし。熱した魔封石が冷えてくる頃合いだから、ちょっとやってくる。明日にはまたイルヤンカに戻ってないといけないからさっさとやるか。」


そういってイルドレッドは気合を入れるように落ちてきていた服の袖を肩までまくり上げた。

そんな彼の左腕には拳2個分の大きさの羊の印(ヒツジのイン)が彫られている。


羊の印(ヒツジのイン)は、鉱石もそうだけど、木材や魔物の死骸など、自然物を加工する能力に優れている印だ。

彼のように、錬成屋で生計をたてる者の多くが持つ印だった。

ただ、例えば師匠などから加工方法を一度受け継ぐと、異なる加工方法を身につけることができないというデメリットを持つ。

そのため、加工方法を受け継ぐ時は、きちんと人を選ばないといけない。

才能がある人物に、誰かの嫌がらせか、腕がよくない人が師匠についたせいで、将来が潰えた人がいるということを聞いたことがある。

恐ろしい一面を持つ印だが、イルドレッドのように自身で加工方法を生み出してやっていく者もいる。

頭でどのような方法が最適かを考え、加工法を生み出し、自身のものにしていく――――一歩間違えると二度と正しい技術を身につけることができなくなる作業のように思えるが、難なくこなしているイルドレッドを見ていると見事なものだと思う。

こんなに才能に溢れて、そしてそれを楽しんでいる彼を見ていると、自分もがんばらなくてはと背中を押される。

彼にも負けないくらい頑張らなくては。

汗を垂らす彼を見ながら近くの椅子に腰かけ、魔統文字の勉強を始めた。






「アーリア、最近工房に篭りきりだと聞いたけど、大丈夫かい?」


「えぇ、兄上様。私は大丈夫ですよ。毎日有意義に過ごしています。」


私を心配してなのか、兄のウィルカスからお茶に誘われた。

家の庭に外用の椅子とテーブルを設置してもらい、ハーブティーと茶菓子を楽しむ。

口いっぱいにハーブの香りが広がり、爽やかな後味に心を満たされる。

考えてみれば、ここ数か月はこんな風にゆっくりしていなかった。

イルドレッドとの開発にも夢中になっていたし、魔法の勉強も今まで以上に力を入れていた。

既存の魔法がどのような魔統文字の並びで成り立っているのか詳しく知りたくなったのだ。

人間は本来無意識に体内に魔統文字を並べているが、こんな複雑な文字列を無意識のうちにやっちゃうのが、この世界の人間のすごいところ。

私の好奇心を刺激するものが多く、毎日有意義だったが……こうしてハーブティーを飲んで落ち着くと、自分が疲れていたことが分かる。

まだこの体は幼い…それを自覚して行動する必要があるのかもしれない。


「私は君がすごく心配だよ。こんなに幼いのにいつだって君は忙しい。もう少し遊んだっていいんだよ?私が父上に言おうか?」


「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。私は本当に毎日を楽しんでいますの。だから、心配は無用です。」


私の言葉が信じられなかったのか、澄み渡った青い目が心配そうに揺れていた。

まぁ……こんな5つそこらの子供が毎日勉強したり、工房に一日中篭ったりしてたら誰だって心配するだろう。

兄をあまり困らせたくなくて笑いかけるが、効果はなかったようで、ため息をつかれた。


「君はいつも一人ですべてを抱えてしまっているように思うよ。みんな君に気を遣って言わないようにしているけど、能力や魔力がないことはすごく心細いだろう?だからそれを埋めるようにしてがんばっているように見えるんだ…。今の私じゃ力不足かもしれないけど、私は将来領主になって君を含め、領民たちを守っていくつもりだよ。だから、君は君の年齢の相応の時間を過ごしてほしいよ。」


そう見えているのか……。

たしかに私は将来自立できないことに怯えているし、成人するまでに何とかしようと奮闘している。

でも無理をしているわけではないのだ。

何だかんだ忙しいながらもこんな毎日を楽しんでいる。


「兄上様のお気持ちは分かりました。ただ、本当に私は毎日が充実していて楽しいのです。兄上様に頼って生きていくのも一つかもしれませんが、それは私が自分を許せない生き方なのです。」


力なく笑う兄を心配させないように笑って見せた。


「私は自分の生きたいように生きています。だから、心配しないでくださいませ。ただ……少し疲れを感じた時は、こうして一緒にお茶を楽しんでくれますか?」


私の思いが伝わったのか否かが分からなかったが、ひと呼吸おいて、困ったような照れたような顔で兄が笑う。

プラチナブロンドが風に揺れ、10歳の少年とは思えないような大人びた雰囲気が兄にはあった。

兄もそれなりに色々今後のことを考えて時を過ごしているのだろう。そう感じた。


「もちろんだよ、アーリア。私にできることならば、何でもする。」


そう言って兄は私の手をとった。

両親もそうだが、ここまで心配してくれる兄を持てて私は幸せだ。

中途半端に生きる道はきっと選ぶことはできないだろう。

いや、私自身が自分を許せない。

今手元にあるもので精一杯生きていこうと誓った。

前世はただ流されるままに生きて、世界が変わってくれるかもしれないと他力本願にも似た思いで上京した。

結局胸の寂しさは埋められないまま死んでしまったけれど…。

この世界では、自分の意志で自分の道を歩いていこうと改めて思うのであった。






「そう言えばアーリア、一つ耳に入れておきたいことがある。」


そろそろお茶を終えようというところで、兄が真剣な面持ちで私に話しかけた。

何だろう……。


「父上はしきりに君の耳に入れないように努めているようだけど、私はむしろ君が知っていたほうがいいと思ってる。聞いたこと自体は誰にも言わないでほしい。わかったね?」


私の手を強く握り、念を押す兄に素直に頷いた。

父上が私に隠れて何かをこそこそやっているのは、薄々気づいていた。

子供ならまだしも、一度前世で大人を経験している私だし、何かあるということ自体は察せる。

兄は身を乗り出して私の耳元に口を寄せた。


「最近君の周りをうろうろしている輩がいるらしい。イルドレッド氏ではないよ?ただ、不審な動きをしている者がいてね…。ヤーコンが独自に調べているようだけど、どうも尻尾が掴めないんだ。だから、目立った行動は控えるようにね。また君が行方不明になるのは嫌だよ。」


私の周りをうろついている者…。ぞっとした。

シーア様に言われた言葉が思い返される。

誕生の祝福を受けた私、そしてそれを狙う精霊もしくは人間がいるかもしれないこと。

私が誕生の祝福を受けていることは誰にも言っていないが、バレている可能性がある。

早く自分の身を守る術を手に入れなければ……そう思い、拳を固く握る。

不安を悟られないようにそっと兄に笑った。


「わかりました、兄上様。目立った行動は控えます。」


君は肝心なところで甘い――――シーア様の言葉がすぐ傍で聞こえた気がした。


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