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元死神は異世界を旅行中  作者: 佐藤優馬
第3章 学園道中編
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禁じたモノ

 (今度は間に合ったか)


 今の俺は笑っていると思う。満足そうに。それでいて、幸せそうに。前世では間に合ったように見えただけで、結局間に合わなかったのだ。あの子は死ぬ間際は幸せだったのかもしれない。だが、その命の短さを考えれば、決して幸せとは言えない人生だったはずだ。ニーナには、もっと生きていてほしかった。いろんなものを見て、感じて、体験して。そして、最期には幸せだったと笑える終わり方をしてほしい。なるべくなら、寿命で死んでくれるのがありがたい。精一杯、生き抜いたことの証なのだから。泣きそうな顔で俺に手を伸ばすニーナ。けれど、その手が届くのは遅すぎるだろう。目の前へと視線を移せば、迫ってくる刃が見えた。


 (俺はもう十分だよ……お前が生きてくれるのならな………)


 前世でのことを思い出す。あの世界で守れたものと言えば、己の命しかなかったのだ。それが今はどうだ?大切なもののために、命を使うことができた。今世の最期としちゃあ、上出来だろう。不意に、シルフィの姿が目に入る。そういえば、俺が死ぬとあいつも死ぬんだったか。悪いことをしちまったな、と少し罪悪感を覚えた。剣が迫ってくるのがゆっくりに感じられる。この感覚自体はなじみのあるものなので、身を委ね………


 (……本当にそれでいいのか?)


 ふと、そう思ってしまった。別に死ぬことは怖くもなんともない。もう二回も死んでるし、あれはただただ寒くなっていくだけなのだから。そんなことよりも、もっと怖いものがあった。泣き叫んでいるニーナが視界の端に映る。今俺が死んでしまえば、あいつはどうなる?魔族たちは見逃すだろうか?あいつは逃げきれるだろうか?その確率は……かなり低い。ほぼ確実と言っていいほどに、あいつは死ぬ。また、不条理に巻き込まれることで。

 そのことに思い当たり、だんだんとどす黒い感情が胸の中にあふれてくる。


 ――――また、何の罪もないやつが殺されていくのか?


 その感情は前世からずっと持ち続けてきたものだった。そして、決して表に出してはいけないと鍵をかけていた感情だった。なぜなら、これは怒りなんて生易しい感情ではないからだ。


 これは憎しみだ。

 これは殺意だ。

 これは傲慢さだ。

 俺の中の黒い感情が組み合わさり、怪物という形で現れた、この世界にはふさわしくないモノ(、、)だ。だからこそ、心の奥底に押し込んだ。否、そのはずだったのだ。

 だが、その感情は発現してしまった。《死神》が《死神》たる所以が、この世界でも現れてしまったのである。


※               ※               ※

 スローモーションのように迫ってくる刃。このスピードならどこに傷ができるのか、その傷でどうなるのかまでもが手に取るようにわかる。今のままでは、この剣は俺の右肩から左わき腹までを袈裟斬りにするだろう。傷の深さは内臓まで届き、ちょうど心臓を斬りつけるため、確実に死ぬ。


 (それならどうする?)


 この状態では思考が加速しているだけだ。手を動かすことはできない。だからバックステップで躱すことができなければ、真剣白刃取りで止めることもできない。ただ、考えられるだけなのだ。


 (いや、待てよ?)


 思考と言えば、一つだけ手段がある。今の俺には、あいつがいるじゃないか。


 『シルフィ!聞こえるか!』

 『う、うん!どうしたの?』

 『いいか?お前の突風で、俺を後方に飛ばせ。最低でも20㎝、それだけあれば死なない!』


 首を動かして、本当に理解できているかを確認できないのが痛いところだ。けれど、あいつなら大丈夫のはずだ。


 (何もできずにくたばるわけにはいかねえだろ?シルフィ!)


 直後突風が巻き起こり、俺は吹き飛ばされる。移動できたのはたったの20㎝ちょっと。それでも、これで十分だった。

 袈裟斬りにされ、血が噴き出る。だが、重要な臓器は傷ついていない。そして、まだ動ける。

 背中から地面に倒れ、全身を弛緩させる。聴覚と第六感を極限まで研ぎ澄ましながら。いつでも跳ね起きられるようにしながら。ガサガサという音が聞こえる。その音が止まり、何かの気配を感じた瞬間、俺は飛び起きていた。


 「なにっ!?」


 魔族の驚いたような声。そんなものには興味を示さず、ピースメーカーを引き抜いて発砲する。剣から炎が出て、魔族を守る。魔族はほっとした表情の後に、ニヤッと笑うが、そんなものは別に大して驚くようなことでもなかった。俺の目的は、別のところにあったのだから。

 一瞬の硬直を見逃さず、魔族の横を駆け抜け、ニーナの手を掴む。そのまま駆け出し、エレナを回収して、アカネの元へと走った。魔族は予想外の行動を読めなかったのだろう。間抜けに突っ立っているだけだった。他の魔族たちも同じだ。

 いまだに気絶しているアカネと、目を見開いているニーナ、心配そうな表情のエレナを横目に、状況を改めて確認する。敵は魔族が約30。上級と思わしきものは1、中級は10、下級が10何体かだろう。戦える者は俺とニーナ、エレナくらいだろうが、ニーナはショックからまだ立ち直っていない。戦力リストから外す。エレナは敵に有効な手段を持っていない。これも外す。エルフ共は殺されたか、犯されてるか、もしくは逃げ惑っているか。戦力にはならないと、やはり外す。アカネに至っては気絶しているのだから、論外だ。つまり、俺しか戦えるのはいないのだ。それに治療をしなければ、俺は約10分後に死ぬ。出血多量で。よって、戦える時間は10分が限界だろう。1分辺り、3体は倒さなければならないのだ。


 (上等だ………)


 この身は、いや、俺という意識は既に怪物となり果てていたのだ。ならば、化け物になってやろう。人殺しならぬ、魔族殺しへと。

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