身勝手さの代償
「レオン君、大丈夫でしょうか………?」
誰に聞かせるわけでもない、独り言を呟きます。外を見てみれば、雲行きが怪しいです。仕方がないのはわかりますが、こんなときくらいは休んでほしいです。
そういえば、改めて考えるとレオン君には頼りっぱなしです。いつもいつも、大変な役割を引き受けてもらうのに、自分が辛いとか痛いとかいう感情を押し殺してばっかりです。少しくらいは休んでもいいんじゃないかと思うんですよね。そんなに大変な目に合い続けているんですから。はあ、と少しため息をついてしまいます。
「どうしたの、ニーナちゃん?レオン様のこと?」
「ふぇっ!?き、聞いてたんですか!?」
屋根裏部屋だから誰も来ないかな、と思っていました。でも、階段から登ってきたのは紛れもなくアカネさんでした。独り言を聞かれていたなんて、と顔を赤くしてしまいます。けれど、アカネさんは笑って手を振っていました。
「違うよー、ただ、ニーナちゃんがそんな顔をするときは、レオン様が絡んでるときしかないからさ」
それはそれで恥ずかしいです。さらに顔を赤くして、何も言えなくなってしまいます。アカネさんは私の近くまで来て、隣に腰を下ろしました。
「で?何を考えていたの?」
「え、あの、その……な、なんといいますか………」
「ああ、言いたくないことならいいよ?いくらなんでも、無理矢理聞こうとまでは思ってないからさ」
あっけらかんと笑いながら、アカネさんは私が口を開くのを待ってくれます。こういうところは大人ですよね。レオン君もこういう女の人の方が好きなんでしょうか?そう考えると、胸がモヤモヤしてしまいます。
アカネさんに私の考えを伝えてみると、アカネさんも頷いてくれました。
「そうだよね。レオン様はどこか一人で突っ走っていく感じがするからね。もっと私たちを頼ってほしいかな?」
「そうですよ!いつも頑張り過ぎなんです!疲れることは嫌いなんだったら、もうちょっとゆっくりしてほしいです!」
二人でそんなことを話していると、パリンッ!と何かが割れるような音がしました。何の音だろうと下に降りてみると、驚いた表情のリースさんがいました。
「リースさん?どうしたんですか?」
「……結界が壊されたんだ。こんなこと、一度もなかったのに………」
呆然といった表情で答えてくれるリースさん。それだけ、この事態が異常なのでしょう。とりあえず、何があったのか確かめようとしました。でも、その前に乱暴にドアが開かれました。そこにいたのは、怒った表情のエルフさんでした。あの、シルフィちゃんと最初に言い争ってた方です。そのエルフさんは私たちを指さして、いきなり怒鳴り始めました。
「貴様らのせいだな!?ここにやつらが現れたのは!」
「え?な、何のことですか?」
「とぼけるな!貴様たちが招き入れたのだろう!あの魔族たちを!」
魔族、と聞いて私とアカネさんは固まってしまいます。外では、雨が降り出していました。
※ ※ ※
「連れてきたぞ!」
私たちは拘束されて、大きな広場まで連れてこられました。そこにいたのは、見間違えるはずもない魔族でした。それも、1体や2体だけではありません。もっとたくさん……2桁はいると思います。そして、同時にエルフの人たちも全員集まっているようです。みんな、私たちを敵意のこもった視線で睨みつけていました。
「あと一人は?」
「結界の外にいるようだ。上手く逃げたんだろうさ」
チッ、と吐き捨てたエルフの人たち。私たちには何が何だか、まったくわかりませんでした。そこで、村長さんらしい初老のエルフさんが、魔族に向かって語り掛けました。
「確かに連れてまいりました。これで去ってくれるのでしたな?」
「ああ。ちゃんと確認した。約束通り、ここから消え去ってやるよ」
一番強そうな、剣を持った魔族がそう言います。その言葉で私は理解しました。私たちはエルフの人たちに売られたのだ、と。どうすればいいのか、戸惑ってしまいます。隙をついて逃げ出すのが一番だと思いますが、その隙がいつなのか、あるのかどうかもわからないんです。こんなとき、レオン君がいてくれたら……そう思ってしまいます。
剣を持った魔族は私たちの方に近づき……
「……な」
村長さんの胸を刺し貫いていました。刺された部分は、何故か燃え始めています。エルフの人たちから、悲鳴が上がります。
「な、なぜ……この間者共を差し出せば……ここから去ってくれるという、約束だったはず………」
「ああ。確かになあ、そう言ったさ。でもな、お前たちは勘違いしてるようだ」
「勘違い……ですと?」
「そうだ。まず一つ。こいつらは俺たちの間者じゃねえ。単にお前たちが思い込んでただけさ」
そう言って、その魔族は笑います。まるで馬鹿にするかのように……いえ、実際に馬鹿にしているのでしょう。周りの魔族たちも笑っています。
「ば、馬鹿な!我らの結界が……気付かれるはずがない!」
「それが気付いちゃうんだよなあ?ここだけ何故か、魔力がよく使われてるからよ。簡単だったぜえ?」
「クッ!ならば……ならば、何故こんなことをしたのです!?」
「ぷっ、本気で言ってんのか、このジジイ!本当に笑えるよなあ!」
声を上げずに笑っていた魔族たちは、とうとう腹を抱えて笑い始めました。エレナさんを見ると、納得したような表情をしています。私は疑問に思い、問いかけてしまいました。
「エレナさん、どうしてあの魔族たちは出ていかないんですか?約束を破っているはずなのに!」
私は怒りますが、エレナさんは冷静でした。そして、魔族に向かって話しかけます。
「そこの魔族の人。あなたたちは何と約束したの?」
「ああ?まあ、教えてやるよ。俺たちはな?『心当たりのあるやつを差し出せば、出ていってやる』って言ったんだよ」
「そう。なら、破っていない」
「どういうことですか!?」
私は声を張り上げていました。どう考えても、約束を破っているとしか思えなかったからです。けれど、エレナさんは首を横に振ります。
「破っていない。なぜなら、あの魔族たちはエルフたちをどうするか、明確に言い表していないから」
「そ、そんな………」
私だけじゃなく、周りのエルフの人たちも顔を青くしました。これじゃあ、ただ死にに来ているようなものだとわかってしまったからです。
「よーし、それじゃあ始めるか。男はみんな殺せ!女は好きなようにしろ!」
魔族たちが声を上げます。このままじゃ、私たちは殺されてしまいます。なんとかするべく、私は声を張り上げました。
「みなさん、戦ってください!死んじゃいますよ!?」
ぼーっとしている人たちに、届くように。なるべく大きな声を出しました。その声で我に返ったのか、エルフの人たちも構えを取ります。
「ニーナ。逃げた方がいい。魔族に勝てるわけがない」
「駄目です!今逃げたら、死んじゃう人が出てきます!」
私は誰かが死ぬところは見たくないです。さっきの村長さんみたいになってほしくありません。私の顔を見て、エレナさんがため息をつきます。
「危なくなったら、引き摺ってでも連れていく」
「……はい」
それだけ返事をしました。エレナさんは何を言っても聞かないと思ったのかもしれません。でも、私は諦めたくないと思ったんです。だから、引くことはできません。あの、剣を持った魔族に狙いをつけます。あの魔族がいなくなれば、隙ができるかもしれません。そうすれば、みんなで逃げられます。詠唱を始め、魔法を撃ち出します。剣を持った魔族は油断していたのか、真っ正面から攻撃を受けました。
(やった!)
これで倒すことなんてできないのはわかっていますが、時間は作れました。みんなに逃げるように言おうとして、後ろを振り向き……
「馬鹿なやつだなあ。よっぽど戦い慣れしてないと言える」
気付いたら、地面に取り押さえられていました。首を後ろに向ければ、そこには私が攻撃したはずの魔族がいました。傷一つついていません。私は驚きで、声も出せませんでした。
「なんだ?驚いたような顔してよ?聖属性魔法なら、俺には効かないぜ?」
「そ、そんな!そんなの嘘です!」
「まあ、俺だけなら無理かもだけどなあ。この剣がある限り、嘘じゃねえんだよ。この、レーヴァテインさえあればなあ?」
剣の名前を聞いて、さらに声を失います。それは、勇者が従えていた火属性の従者の人が持っていた剣の名前だったからです。今はどこにあるのかわからないとされていたのに、魔族が持っていたなんて………
「やあぁぁぁぁ!」
アカネさんが魔族に向かって、蹴りを食らわせようとします。今度ははっきりと見えました。剣から炎が出て、攻撃から守っていたのです。無傷だったのはこのせいなんでしょう。
「邪魔だ」
アカネさんが吹き飛ばされます。建物に突っ込んで行くのを見て、思わず声が出ていました。
「アカネさん!」
「んん?ああ、そういうことか。なら………」
いきなり私は魔族に掴まれました。そして、強引にその光景を見せつけられます。
「これを見ろ。お前が判断を間違えたせいで、こうなっちまったなあ」
目の前にあったのは、魔族たちに太刀打ちできず、殺されていくエルフの人たち。もう死んでしまった人は数え切れなくなっています。女の人たちは裸にされて、何やら魔族たちに引き寄せられています。何をしているのかはわからないけれど、涙を流しながらやめてと叫んでいるので、間違いなく嫌なことをされているようです。エレナさんも、襲い掛かってくる魔族を対処するのに手一杯のようです。……私が、戦ってと言ったから。
「逃げろと言ってれば、いくらかは逃げられただろうに。お前のせいだなあ?」
「あ、ああ………」
私の、私のせいだ。みんな助けたいなんて思ったから。いつもレオン君が言ってたはずなのに。全部助けることなんて、できないと。魔族はにやにやと笑うだけでした。
「ああぁぁぁぁ!」
耐えきれなくなって、魔族に殴りかかります。何度も。何度も。そのたびに、叩いている拳の方が痛くなって、それでもやめられなくて、拳を叩きつけます。
「あー、お前めんどくさいわ。こいつはねえな。よし、殺すか」
魔族が私に向かって剣を振り上げます。今の私にできたのは、それをただ見上げるだけでした。ゆっくりと振り下ろされてくる刃。目を閉じて、泣きじゃくります。何もできなかったから。
そのとき。ドン、と何かに。いいえ、誰かに突き飛ばされました。思わず目を開くと、そこには満足そうな顔をしたレオン君がいました。でも、振り下ろされる剣が止まるはずはなくて。
「レオン君!」
何かが斬られる音がしました。現実なんて認めたくはなかったです。ゆっくりと倒れていく、赤い液体が吹き出した、好きな人の姿なんて。
「レオン君!レオン君!」
雨はただ、無情にも降り続けるだけでした。




