守るということ
「……この者がいなければ、私は亡き者となっていただろう。皆で称えてくれ!新しい勇者を!」
その声と同時に、歓声が聞こえてくる。物凄い声量だ。演説しているところから離れているというのに、この音量。よほど多くの人間が来ているようだ。物好きなことで。
あのパーティーの次の日。国民にお披露目をしたいとのことで、この演説が行われている。最初はパレードをやろうと言っていたのだが、ニーナが涙目で無理と言い張っていたので、演説に変えたのだった。
(大丈夫か、あの様子で?)
ニーナの様子を見ていると、ガチガチに緊張している。今の時点で何話そうとしてるか忘れてるんじゃないだろうか。まあ、シルフィというカンペがあるから大丈夫かもしれんが。それと、ちらちら俺を振り返るな。いつまでも俺を頼りにしていいわけじゃないだろう。自信のない様子にため息をつく。こればっかりは馴らすしかないのだろうか?どうしたもんかな、と悩んでいると、隣に誰かがやって来たようだ。視線だけをそちらに向けると、昨日話しかけてきた王子がいた。
「やあ。大丈夫かい?」
「いや、まったく。いつあいつがやらかすかと不安なところだよ」
「ふふ、随分と妹想いなんだね」
少し、羨ましそうな声だった。王族ともなれば、家族同士でぎすぎすするのもおかしくはないからな。手に入らないものを目にして、もし自分がそうだったらと思っているのかもしれない。
「隣の芝生は青く見える、か」
「どういうことだい?」
「自分のものでないものはよく見える、ってことさ。いざ手に入れてみると、大したものじゃないのさ、大抵のものはな」
思い出すのは、前世のこと。確かに、前々世では力を欲したこともあった。力があることが素晴らしいことだと思ってたんだ。けれど、現実は違う。力を持ったところで、何かが変わったわけじゃない。ただ、自分の身を守れるようになっただけ。憧れていた、英雄像にはなれなかった。最後に残ったのは、醜い自分と何に使えばいいのかすらもわからない力のみ。結局、あの頃の俺は子供だったのだ。何もわからない、ただの子供。いや、そう言ってしまえば、誰も彼もが子供なのかもしれない。人間には、所詮すべてを知ることなどできない。だからこそ、生きることに足掻いているのだろう。
「……君は不思議な人だね。子供なのに、子供らしくない考え方だ」
「よく言われるな」
王子の言葉を否定しなかった。別に子供らしくないというのに気付かれても、何のデメリットもない。頭が回るだけの子供なら、必要とされないだろうからだ。本当に恐ろしいのは頭が回り、適切に対応してくるやつだ。それは力を持っていようがいまいが、地位があるかないかに関係ない。そういった意味では、今まで俺が本当に恐ろしいと思った人物は一人しかいないのだが……
不意に意識を戻す。そうしなければならないような気がしたのだ。が、辺りを見てもおかしなところはない。誰かが倒れているわけでもなければ、不審な人物がいるわけでもないのだ。ただ、漠然とした違和感がある。これは何だ?思考加速を使用して、その何かを体験した気がする記憶を掘り起こしていく。その何かがわかったとき、俺はすぐに駆けだしていた。
「き、君!?どうしたんだい!?」
王子が声を掛けてくるが、無視した。そんなことに意識を向けている余裕はなかったからだ。突然乱入してきた俺の姿に、観衆がどよめく。ニーナも、驚いたようで声を失っていた。王様の方を見れば、驚いてはいたが、すぐに気を取り直す。
「どういうつもりかな?返答次第によっては………ッ!?」
王様の声が変わる。それもそのはず、俺がいきなり飛んできた矢を掴んでいたからだ。矢はそのまま通り過ぎていれば、ニーナに刺さっていただろうと推測できる。矢じりを確認すれば、何かの液体が塗られている。恐らくは毒だと判断する。《解析》も併用したが、毒で間違いなかった。
「……この矢を放ったやつを追ってくれ。褒美は出す」
近くにいた風の精霊へと小声で頼む。精霊も褒美を持ち出されては嫌とは言えないようで、喜んで飛び出していった。
『……シルフィ。何をやっていた』
『……ごめん。浮かれ過ぎてた』
シルフィを見れば、反省している様子だった。本来なら、感知はこいつの役割だ。ここはきっちり叱っておいた方がいいだろう。とはいえ、今はそんな暇もなさそうだったが。
「れ、レオン君……今のって………?」
「……大丈夫だ。俺がいる」
ニーナは震えていた。当たり前だ、暗殺が行われようとしていたのだ。怖くない方がどうかしている。混乱したバルコニーの中、俺は優しくニーナの頭を撫で続けるのだった。
※ ※ ※
あの後、俺は事情聴取をされた。当然ではあるのだろう。いきなり現れ、暗殺を妨害したのだ。マッチポンプと思われても仕方ない。俺は否定しておいたが、俺の言い分が通るとは思い辛かった。ニーナとシルフィ、そして何故か公爵の弁護も受けて、なんとか解放された。
今も俺たちは王城に留まっているわけなのだが、俺は城の外にいた。それもそのはず、思い知らせなければならないからだ。
「ここか。助かった」
えへへー、と笑う風の精霊。飴を渡すと、喜んで口に放り込んだ。
「シルフィ。へまをした分は取り返せ。いいな?」
「勿論。ちゃんとやるよ」
今回ばかりはシルフィも本気だ。先程失敗し、怒られたのが効いているのだろう。シルフィと並び、建物の前に立つ。シルフィが頷いたのを確認し、中に足を踏み入れた。
中はおしゃれなバーとなっていたが、それを無視して奥へと進もうとする。流石に看過できなかったらしく、マスターらしき人物が前を阻む。
「お客さん、この先は立ち入り禁止ですよ。それに、子供の来る場所でもない。帰ってくれませんかね?」
「それはできない相談だな」
手を伸ばしたマスターを躱し、奥の部屋へと入り込んだ。マスターの方は、すれ違いざまに足を引っ掛けて転ばせておいた。奥の部屋には案の定隠し階段があり、上へと繋がっている。俺たちは迷わず上り、二階へと足を運ぶ。
「……どちら様かな?」
「あんたらの敵だよ」
そこには、ヤバそうな人間がたむろっていた。一目でわかる、死の気配。そう、ここは暗殺ギルドだったのだ。
「……面白い冗談だ。今すぐに取り消せば………」
ギルドマスターらしき人間が話しているうちに動く。その場にいたすべての人間は宙を舞い、ギルドマスターにはナイフを突きつける。
『他には?』
『いないよー』
シルフィに確認し、隠れている暗殺者がいないことを知る。視線を戻すと、ギルドマスターは目を見張っていた。
「こ、これは………」
「さて、取り引きといこう。今回、ニーナの暗殺を依頼した人物を吐け。それと、今後一切ニーナに関わるな」
「そんなことを聞くと思っているので?」
「聞かなかったときのことを聞きたいのか?」
ギルドマスターはその言葉に笑ったが、俺の目を見て本気と悟ったらしい。苦々し気に顔を歪める。
「いいでしょう。教えます。そして、その条件も飲みましょう」
「マスター!?」
「この人は本気です。それに、人を殺せる目をしている。下手に断れば、我々が死ぬでしょう」
「利口で何より。とっとと吐け」
教えられたところによると、依頼したのはあの侯爵の息子らしい。完全な逆恨みでこの依頼をしたようだ。
「そうか。なら、俺からも依頼だ。そいつを殺せ。加えて、ニーナの暗殺依頼が来たとき、俺に逐一報告するように」
「断る権利は?」
「ないな。命が惜しくはないのか?」
「……わかりました」
渋々といった様子ではあるが、引き受けるようだ。それを見て、ギルドマスターを解放する。暗殺者たちも持ち場に戻っていった。
「依頼が成功したらここに来る。白金貨3枚くれてやる」
「……!?本当ですかな?」
「契約を守るのならな。それくらいは構わん。報告の方も、すれば金貨1枚払ってやる」
「……了承いたしました。謹んでお受けさせていただきます」
にやりと笑い、契約は受諾されたのだった。
※ ※ ※
「おかえりなさい」
「なんで俺の部屋にいるかね、お前も………」
すべてのことが終わり、城で自分に割り振られた部屋へと戻る。そこにいたのはニーナだった。ぶすっとしたような表情で、俺を睨んでいた。
「当たり前じゃないですか。あんなことがあったんですよ?」
気丈に振る舞ってはいるが、誤魔化しは効かなかった。微かに肩が震えている。これはしくじったかもしれない。先に、ニーナのことをどうにかすべきだったのだろう。
「……悪いな。今日はここにいるか?」
「へ?そ、それって………」
「今日だけは特別だ。ほら、早く布団に入れ」
「はい!」
何故か喜んでいるニーナ。まあ、今日くらいは許してやるとしよう。なんだかんだ言っても、ニーナはまだ12歳で、こんなどす黒い世界のことも知らない。心細いのなら、それを癒してやるのは家族の役目だろう。
「ああ、そうだ。とりあえず、しばらくは暗殺に怯えることはねえよ」
「……またレオン君、黙って何かしてたんですか?」
「問題ねえよ、危なくもねえことだったし。それに、シルフィもいたしな」
「そうですか。それならいいんですけど」
少し不安気なニーナを撫でつつ、布団に入り込む。すると、ニーナが俺に向かって抱き着いてきた。ちょうど、頭を俺の胸に預けるような状態で。流石にやり過ぎだと声を掛けようとする。けれど、その前にむこうから口を開いてきた。
「……ねえ、レオン君」
「うん?」
「どこかに行ったりしませんよね?」
俺を見上げてくる瞳は不安の色で染まっていた。
「怖いんです。急にいなくなっちゃって、そのまま帰ってこなかったらどうしようって……また、あんなことになったらどうしようって………」
「……どこにも行かないさ。お前のそばに居るよ。お前を守るために」
そのまま、ゆっくりと頭を撫で続けた。震えが止まるように。もう、怖い思いをしないように。
やがて、規則正しい寝息が聞こえてくると、ほっと胸を撫で下ろす。少し距離を取ろうかとも思ったが、がっちりと抱き着いて手を離さないことがわかり、苦笑する。
(……ああ、ちゃんと守るよ。今度こそ)
駄目で、失敗ばかりして。きっと返り血と纏わりつく怨念で黒く染まった俺だけど。それでも、お前を守り続けよう。
――――例え、どんな手段を使っても。
※ ※ ※
森の中に、一人の男が倒れている。外傷はなく、ただ気を失っているだけのようだ。しばらくすると、瞼が震え、目を開ける。上体のみを起こし、辺りを確認すると声を発するのだった。
「……ここはどこだ?」
今度こそ本当に3章終了です。番外編を少し書いて、タイトル未定へと戻ります。ここまでお付き合いしていただいた方々、本当にありがとうございます。4章はタイトル未定の方が落ち着いたら、書き始めます。




