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紅蓮の涙6


 おれたちは、エグゼキューターは、〈イフリエス〉の誘導に従って移動した。向

かった先はフォメリア合衆国、連邦政府中枢機関。こちらの世界――地球で、とい

うことだ――なら、ホワイトハウスという名が付いていそうな施設だった。

 建築物の裏手に〈イフリエス〉が着地するのを見て、エグゼキューターも、その

横に着地させた。

 ふぅ、と息をつく。戦闘している時よりも緊張していて、意図的に肩から力を抜

いていく。

 仮にも敵国。璃々を襲った連中の国だ。緊張しないほうが無理という話だが、し

かし拍子抜けだった。対空防衛網もなければ、ミサイルアラートも鳴らない。戦闘

機群がこちらに向かってくる気配もない。いや、それだけじゃない。

 人影が、ない。

 ここは連邦政府中枢機関だ。エグゼキューターの情報には、そう出ている。おそ

らく間違いないだろう。だというのに、まったく人影がなかった。いや、そもそも

気配が存在しないと言ったほうが正しいのかも知れない。エグゼがいうAWシステ

ムという、なぞのシステムを使うまでもなく、人が人を感じ取る嗅覚とでもいうべ

きか、それが反応しなかった。

 どうなっている? 〈イフリエス〉のパイロット、つまり、エール・エル=フォ

メリアが罠をしかけた、とは思えない。彼、もしくは彼女がそんな無駄なことはし

ない。やるなら正面からしかけてくるはずだ。だとしたら、部下が勝手にやったの

かといえば、やはりこちらも違う。やはり、人の存在を感じない、としか表現のし

ようがなかった。

 ここは、いったい、なんなんだ?

「変ですね。不気味だ。警戒してください、リーダー」

 俺の考えに同調するように才条少尉が言う。彼女も訝しんでいる。

「たしかに変だが、少なくとも戦闘はなさそうだ。対話の席を設けてあると、エー

ルは言った。それは間違いないと思う」

「あなたはどうにも楽観的すぎる」才条少尉が眉根を寄せるのが、見なくてもわか

った。「そんなことでは、私の気苦労ばかりが増える」

「気苦労か」

「そうです。あなたの性格は、エクスという世界の戦場では必要だと思う。それは

変わらないが、しかし兵士に向いているとは言いがたい。人を信じ過ぎる。あなた

が持っている能力がゆえなのか、起来の性格なのかは知りませんが、もう少し疑う

ということを覚えては?」

「ずいぶんと辛辣じゃないか、なにがあった」

「なにがあった、じゃありませんよ」

 今度は大げさにため息を付いた。露骨だ。まったく、と思っていることを隠そう

ともしていない。

 なにに機嫌を損ねているのか、それはわからないが、いまは触れない方がいいだ

ろう。臍を曲げた女性に関わって良かった試しがない。

 しかし、まあ、才条少尉の言うとおり、もう少し警戒するべきだ……そう思う。

 ここに来るまで、おれたちはフォメリアの上空を飛んできた。移動しながら、エ

グゼキューターを使って街並みや風景を解析したが、驚いた。なんというか、〈暗

い〉と表現するのが一番だ。

 どういうことなのかと言うと、どんよりとしているというか、淀んでいる。倦怠

感のようなものと、ピリピリと肌を焼くような微かな緊張感が、そこかしこから感

じ取れたのだ。

 直接見たわけでもないのに、そう感じたのには、理由がある。

 エグゼキューターの高度なカメラは、道を歩く人々の仕草や、街の細かなところ

までをも映しだしたが、その表情は一律だった。

 それは疑心だった。そして憤怒だった。または疲れでもある。そういった複雑な

感情が混ぜ合わさったもの。だが方向性がある。マイナス面に傾いていた。

 この国を覆っているものは、おれが考えるよりも、もっと根深い。そう、AFと

同じだ。性質が異なっているだけで。

 そうなると、おれは、エールと交渉する際には、また別の理論を用意しなければ

ならない。ロベルト=ローウェンは、資本家であり策略家だった。フォンは思想家

だった。エールは、どうだろう。

 おれが、彼、もしくは彼女と同期したときに感じたのは、救いを求めることだっ

た。自分を殺し、歪みを直して欲しいという、懇願と、そして懺悔。それが交渉か

と言われれば、いまのところ首を振らざるをえない。どちらかというと、対話だ。

おれが求めたとおりに。

 もしかしたら、今度のものは、いままでのものとは違うかも知れない。戦うので

はなく、人を救う、ということ。

 そして、救う過程で、命を奪うことになるかも。もしかしたら、結果、になるか

も知れない。おれにその覚悟があるだろうか?

 知れない、知れない、またそればかりだ。どうして、という以前にも抱いた、疑

問ばかりの応答。おれが未熟だからか、それとも才条少尉が言うとおり、兵士とし

て向いていないからなのか。

「おれは、兵士に志願した覚えはない」

「なに、なんです、急に」

 気がつけば口に出していた。

「少尉、きみはおれに、兵士に向いていないと言ったよな」

「言いました」

 才条少尉が頷く。

「だがおれが追い求めるものは、兵士としての完成ではなく、あくまでも自分の目

的の完遂だ」

 そう、彼女がAFで言ったとおり。物事はシンプルだ。おれにとっての物事、と

いうことになるが、それは璃々を救うこと。火の粉を払うこと。次の脅威を生み出

さないようにすること、だ。

 知れない。どうして。そういう疑問は、いまは考えないほうがいいのだろう。深

くまで考えすぎると、思考のスパイラルにはまっていく。抜け出せない泥沼だ。

 だったら自分の目的に正直になろう。それがいい。

 諦めではなく、そう思う。思考を手放すのではなく、目的完遂のためには、どう

すればいいのか、というルートを探るんだ。

「なるほど」少尉は一度、短く言葉を区切る。「先ほどの言葉は訂正します」

「どの言葉だ」

「気苦労ばかりが増える、というところ。つまるところ、私も、あなたと同じこと

をしていたわけです。無駄なことを考えていた。このエクス世界に来て、迷子にな

っている、あなたの支援をしなければならないと思っていましたが、その必要は、

もうない。私がしなければならないのは、われわれが戦術目的を達成するための、

戦闘支援だ。まさしく私は私の仕事をすればいい」

「なんだか、ようやくきみに認めてもらえた気分だよ」

「私の傲慢だった、ということです。しかも似合わないことをしている。他人を気

遣う、なんていうのは」

「他人を気遣うのが傲慢か」おかしくて笑いが漏れる。「きみらしいよ」

「私も、ようやくあなたに認めてもらえた気分です。さっきのお返しに、頭突きで

もしますか? 甘んじて受け入れますよ」

「遠慮しておく、これから頭も口も使わなければならない」

「それは、たしかに」

 二人でひとしきり笑いあい、それが落ち着いた頃、エグゼキューターに膝をつか

せてコクピットシェルタを開ける。ワイヤーを使って降りると、すでにエールの姿

はなく〈イフリエス〉の中は空だった。

「さて、どうします」

「決まっているさ」

 エールに謁見する。もちろん。


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