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紅蓮の涙


 考える時間が欲しい。フォンはそう言った。おれはそれに同意し、宮殿を出る。綺羅びやかな建築物のうしろには、滝の代わりに〈アクエリエス〉が控えている。エグゼキューターとは別タイプのギア。アクセスログを見るに、ES-G06という機体番号をもった水の象徴だ。

 水は流れるからこそ、その清らかさを保っている。無理にせき止められた水は、やがて澱み、濁る。それをフォンが理解していなかったとは思えない。だがわかっていても、実行し続けなければいけないことがこの世にはあることを、おれは知っていた。

 去り際にフォンが言った言葉を思い出す。



『三神少尉。あなたは知っているのかしら』

『なにを、ですか?』

『イフリエスは〈火〉という現象を制御している超演算処理能力をもつギアです。この世界には当然、物理現象があり、化学反応があります。イフリエスがいなくても、火は発生する。ただ、それを実行する術がないのです』

『術が……ない』

『そうです。だから、火を起こす技術さえあれば、文明のレベルは下がるかも知れませんが、長い時間をかければ火を扱うことは可能です。ですが、不便になることは変わらない』

『そう、もちろん、そうでしょう。だからこそイフリエスを撃破させるわけにはいかない』

『ではどうしてカルォーシュア上層部は、それを容認していると思いますか? そして、どうして他の国々は、それをとめられないと思いますか? この、アクアフィールドを除いて』

『それは……どうしてですか』

『才条少尉、あなたは知っているのでは?』

『知っている』と才条少尉。『この惑星エクスのほとんどの兵器は、カルォーシュアがシェアを握っている。各国の軍事レベルはカルォーシュアに依存し、そして制御されていると言ってもいい。例外はギア保有国。量産機は輸入しても決定力はやはりギアだ。その決定力をもつ国家はつまり、フォメリア合衆国、アクアフィールド中立国、そしてコルドア共和国の三カ国ということになる』

『ばかな』と、おれ。『それでは、手出しができない』

『ええ、そのとおりなのですよ、三神さん。例えば、わがアクアフィールドの主力部隊、ウィザードチームの機体はAX-typeAを採用しています。AXモデルとは、カルォーシュアが生産している輸出用モデルなのです』

『代表、たしかフォメリアが使っている機体は、AX-typeFだったと記憶しています。ということは』

『あなたのお考えどおり、同じAXモデルの、各国改良型ということになります』

『なんてことだ、カルォーシュアは死の商人ということか』

『少尉、ここまで出た話だ、もうひとつお伝えしたい』

『なんだ、才条少尉。これ以上のバッドニュースがあるのか』

『カルォーシュアは企業群国家です、つまり、根っからの資本主義だ。家電、車、薬品、衣服、建築物から嗜好品、先にあがった兵器群まで製造、生産、輸出していますが、その中には傭兵業もある。ま、民間軍事業みたいなものですよ。地球にもあるでしょう、PMCが』

『傭兵業?』おれは、顔から血の気が引いていくのを意識する。『つまり、あれか、カルォーシュア即時戦というのは』

『そのとおり。即時戦の正式名称は、カルォーシュア軍第八独立傭兵部隊・第一機動戦隊即時戦。つまり傭兵業の、一番の稼ぎ頭が、われわれ即時戦ということになります』

『少佐はそれを知っているのか』

『もちろん知っています。しかし少佐は、戦争を終わらせる戦いをしようとしている。その思想は、嘘ではない。そしてカルォーシュアに出向しているということも、また事実ですから、その成果も充分に発揮しなければならない。そして地球の人間としての、彼女なりの、矜持もまた、あるでしょう。かなりのストレスになっているはずですが、よくやっていると思いますよ少佐は』

『三神さん』フォンは立ち上がり、おれを正面から見据える。『われわれには、われわれの意向がありますから、心の底からあなたを応援することはできませんが、しかしあなたの戦う理由を、自分の骨組みというものを、しっかりもってください。わたくしと戦うということは、そういうことです。そして、おそらくイフリエスのロードと語り合うにも、それは必要になるでしょう』

 フォンはおれから視線を外し、背を向け、アクエリエスを仰ぐ。

『ただ、ひとつ忠告を。余計なおせっかいかも知れませんが』

『それはお互い様です代表。おれはすでに余計なおせっかいを、あなたがたに焼きすぎている』

『そうですわね』

 フォンが微かに笑声を漏らす。しかしそれは一瞬だ。

『ロベルト=ローウェンには気をつけてください。正確には、ロベルト=ローウェンと、リリシアール・エル="カルォーシュア"に、です。わたくしには、どうにも彼らが大きな隠し球を持っているような気がしてなりません。ですが、その正体がわからない。アクエリエスをもってしても、わからないのです。水は、すべてを伝えてくれるのに』

 それは、おれも考えていたことだった。

 判断材料が揃わないうちは、考えるな。SK少尉はそう言ったが、考えざるを得なかった。いま、おれを取り巻く状況のあらゆるところに、ローウェンの網が張り巡らされているように感じてしかたがない。彼らは、ずっとおれを見ている気がするのだ。俯瞰した視点で、見ている。

 俯瞰した視点、もっと具体的に言えば、こちらを見下ろしているような、薄ら寒い感覚だ。リリシアールと対面したとき、見つめられたときに、そう感じた。リリシアールがおれを見て、それをローウェンがその頭脳で判断している、そう思える。あの暗黒の視線で、なにを見ているというんだ……

 ロベルト=ローウェンと、そしてリリシアール・エル="カルォーシュア"は、ギア・ロードであるフォンすらも脅威に思わせるものを持っている。それを心に留めておかなければならない。もし忘れたら、そのときは、おれも彼らが張った糸に絡みつけられ、人形として働くことになるだろう。いままさに、そうではないと言い切れる判断材料すらないのだ。

『ひとまず、了解した。忠告に感謝します、代表』

『あなたがわれわれにどのような分岐点をもたらすのか、それとも、あなた自身が分岐点になるのか、それは残念ながら、わたくしにもまだわかりません。ですが、よい結果になるといいですね』

『本当に、そう願っていますよ』

『あなたに清き水の祝福を、三神少尉』

『ええ、アクアフィールド代表、あなたにも』



 即時戦が介入した今回の戦争は、アクアフィールドとフォメリアだけの問題ではない。カルォーシュアも絡んでいる。それにいまさら気づいた自分に驚く。地球でも同じだったはずだ。戦争とは、あらゆる思惑が絡むものだと。政治、宗教、経済。思想やエゴが粘りつく糸のように絡み合い、重力に引かれて絶え間ない落下を続ける。そういうものだとわかっていたはずだ。

 固定観念に取り憑かれていたのは、おれもまた同じだった、そういうことなのだろう。

 惑星エクスでは戦争が常で、それは実際にあっているが、戦争行為はヒトの生命活動に含まれているというエグゼの言葉を妄信的に信じすぎていた。戦争という概念があるから戦争する。極端な話、銃があるから撃った、そのように捉えていた。

 しかし、違う。実際にはやはり利益や感情を優先する面が、たしかにある。それだけに非常に厄介だ。ことは個人の考えに留まらない。国家という巨大コミュニティどうしの話になってくる。それを短期間で決着させることは難しい。国とは人の集合体だ。一枚岩ではない。ひとつ崩せば、次がでてくる。それを気が滅入るほどに繰り返し続けなければならないのだ。終わるまで、ずっと。終わらないかも知れないことを延々と。そのうち、心が麻痺する。心が死ぬ。

「悩まれていますね」

 ふと気がつけば、才条少尉がおれの顔を覗きこんでいた。その瞳の表面には、いつもの『どうでもいい』という無関心さが張り付いている。だが、その奥に、微かな好奇心が光っていることに気づいた。

「当然だ。どうやったら、この戦争がとまるのか、おれにはわからない」

「あなたはフォンと意思交換をしたのでは? なら、わかるでしょう。彼女がなにを考えているのか。そこからヒントを得ないほど、あなたは愚鈍ではないでしょう」

「才条少尉、意思交換と言ったな。それは少し違う」

「どう違うのですか」

「うまく言葉にできないんだが、意思の交換とか、そういうのではなく、〈同期〉したような感覚だ。記憶や感情をデータ化し、それをお互いに同じようになるように送りあった。そのように感じる。例えばコンピュータAに1という楽曲があり、コンピュータBには2という音楽がある。それを同期してコンピュータA・Bの双方で1と2という音楽を共有し、同じくした、そのような感じなんだ」

「だから、意思交換でしょう。どう違うのです」

「すまない、おれの例えが下手だったみたいだ。確かに交換は交換だ、しかし決定的に違うとおれが感じるのは、やはり同じという点にある。おれは、言ってしまえば、フォンなんだ。彼女の思考がある程度、完全ではないにしろ、同じくできるという自信がある。そしてフォンもやはり、同じ状態だろう。おれの考えていることが即座にわかるはずだ」

「なるほど、混ざったということですか。確かにそれは悩む。人の考えなんて知らないに限る。いろいろなことを考えていては、わずらわしくてしかたない。それはノイズだ」

「ノイズ?」

「だって、そうでしょう。戦場に感情はいらない。そんなものがあっては、撃てない。われわれは、戦隊機の一部になるべきなのです。機械と同じだ、同化するんですよ。高度な兵器の一部でなければ負ける。それをあなたは理解していない」

「もちろん、兵士ならそうだろう。それはおれにもわかる。でも、それではいけないという思いも、また同時にあるんだ。たしかに、きみの言うとおりになれば、負けないだろう。ただ、負けないだけだ。解決はしない。即時戦の理想には届かないと、そう感じる」

「フム。それで、悩んで、あなたのように停滞してしまう、ということか」

「……なんだって?」

 瞬間的に頭に血が登った。才条少尉に詰め寄る。彼女はフンと一度鼻を鳴らしただけで涼しい顔だ。

「なにを悩んでいるのです。あなたにそんな時間は許されていない。ここに滞在できる期間は限られているのです。やれることを最大限やるべきだ」

「そんなことはわかっている。だが〈ギア〉はあまりにも強大だ。人間には過ぎた力だ。そのコントロールを誤れば、この世界にどんな爪痕を残すかわかったものじゃないぞ」

「もちろん理解しています、そんなことは、少尉に言われなくてもわかっています。私はあなたよりもエクスの滞在期間が長いのですからね。はっきりと言いましょう。いま、この場にいる、あなたには、エグゼキューターは過ぎた力です」

「なんだと」

「うじうじ悩んで、なにがギア・ロードですか。ふざけるな。戦場にいたあなたは、もっと物事に真剣だった。自らの戦う意思に正直だった。思いだせ」才条少尉はおれの胸ぐらを掴み上げる。驚くべき力だった。男であるおれの身体が浮き上がる。その細腕の、どこにそんな力があるというのか。「あなたは、どうして戦おうと思った。イフリエスとの戦闘ログは私も見ました。どうして戦おうと思った。どうして、エクスに来た。なぜ、即時戦に入った、言ってみろ」

 才条少尉は額が触れあわんばかりに顔を近づけ、おれの瞳を凝視する。その眼の奥に芽生えているのは怒りの芽だ。熱い感情がにじみ出ている。

「なにを偉そうに、ギアは強大な力だなどと語るのか、不思議でなりませんね。その力に振り回されているのは、フォンでも、あのイフリエスのパイロットでもない、あなたですよ、三神少尉。その強大さをどうコントロールしたらいいのか、それがわからず、結果として自分を見失っている。あなたの行為は、いいですか、三神少尉。どうコントロールしたらいいのかなんて、生易しい悩みなどではない。暴走と同じだということを理解するがいい」

「だから、それが危険だと言っている、自分も、エグゼキューターも、他のギアも、等しく危険だと言っているんだ」おれは才条少尉の腕を掴み、むしろ顔を近づける。頭突きせんばかりに。「だから止めたいんだ、これ以上は看過できない。フォンの思考を、おれは知った。この世界をコントロールすることすら可能なギアの、その余剰分は、軽く使ってあの程度だったんだぞ。それでいて、その力を行使することになんのためらいももっていなかった。自分のやっていることが、破壊的な行為だと気づいてすらいなかったんだ。とめなければ危険だ、だからおれは即時戦として介入を――」

「だからあなたは阿呆なんだ」

 才条少尉の言葉のあと、世界が一瞬、真っ白に染まった。激しい衝撃を受けたあと、微かな耳鳴りは一秒あとにやってきて、それからすぐに火がついたような痛みが額いっぱいに広がり、やがて頭痛へと変換された。ぐわんぐわんと頭の中で銅鑼が鳴っている。

「なにをする、才条少尉」

 あまりの痛みに涙を浮かべながらも、彼女を睨みつける。

「なにを小難しく考えているのか。もっとシンプルな理由があなたにはあったはずだ。戦う理由だ。即時戦を体の良い言い訳に使うな、不愉快だ。ノイズに悩むのは他所でやれ、即時戦の名前を出さずに」

「シンプルな理由?」

「そうだ、あなたがこうもシリアスな状況に身を落としたのはなぜだ。なぜ、エグゼキューターに乗ったんだ。悩む前に、まずはそれを思い出すべきだろう」

 才条少尉の言葉に、はっと息を呑む。そうだ、おれはなぜエグゼキューターに乗った?

 イフリエスと戦ったのは、あくまでエグゼキューターでエクスに来たあとだ。根本的な話として、一番最初、つまり地球にいたときに、どうしておれはギアに乗った。その理由づけは非常に大事なもののはずなのに、状況に飲み込まれて、いつしか別のものへと変貌してしまっていた。

 おれがギアに、エグゼキューターに乗った理由。それは、璃々だ。彼女を守ること。それがおれの最上目的のはずだ。エクスに来たのは、璃々を守るため。イフリエスと交戦することを決めたのも、また、彼女を守るためだった。あの温もりを手放さないために。もう二度と、空の棺なんて見たくないから。

 才条少尉の言葉は真実だ、少なくとも、おれにとっては。そうだ、シンプルな理由だ。大切な人を守りたいという、そういう思いから、がむしゃらに戦った。だが、いまはそうではない。政治や、即時戦という組織に振り回されている。そしてエグゼキューターにも。その圧倒的な力を知ってしまい、そして人の団体に所属したことによって、それらを振るっていいのかわからなくなった。迷走していたのは、おれもまた同じだった。

 フォンはおれと同期していた。だから、正しく理解していたのだ。だからこそ、あなたは迷っていると言い、まだ骨組みが完成されていないと指摘できたのだ。

 まったく、なにをいい気になっていたのか。恥ずかしくてしかたない。

「才条少尉」

 今度は握りしめるようにではなく、そっと才条少尉の腕に手を添える。彼女は即座に手を引いた。

「すまなかった。きみの言うことは正しい。これでは暴走行為だ。もう少しで自分自身を危険な対象そのものにするところだった。あやうくエグゼキューターを、無意味に世界の敵とするところだった」

「あなたは、あなた自身が思っているよりも聡明だ。焦らず頭を回転させれば、正しく力を使うことができる。私を失望させないで頂きたい、少尉。自分の手でリーダーを撃ちたくはない」

「了解した。きみはまったく優秀な副官だよ。目を覚まさせてくれた」

「私が優秀かはわかりませんが」才条少尉は腰に手を当て、ニヒルに笑う。「あなたをサポートすることくらいは、できる。こんな私でもね。人と連携することは苦手だが、しかし生き抜くための共闘なら喜んで参加させてもらいます。無駄死にはごめんだ。正しく力を使って、死にたい」

「きみは、その言葉にこだわるな」

「なに、なにがですか?」

「その『正しく力を使う』というやつだよ。よく、でてくる」

「そんなに使っていましたか」

 少尉はあごに手を当て、フム、と考えこむ。口癖のようだった。本人に意識はないらしい。

「そう、口にする回数までは考えてませんが、意識していることは、確かです」

「それは、どういうことなんだ?」

「私は、三神少尉、無駄な力というものが嫌いです。人は、せっかく生まれてもっている人間知性を恥ずかしいほど愚かに使用する。ふとした陰口から始まり、意味のない暴力、他人へのあてつけ、嫉妬や敵愾心、脈絡もなくおこる差別、うんざりだ」

「だから、人に対して、どうでもいい、という態度なのか」

「態度ではなく、実際にそう思っていますよ」

「しかし、おれに対してはそうではない、きみに先ほど芽生えていたのは、怒りだった、違うか?」

「そう、まさしく、そうでしょう。私は怒っていた、あなたほどの人が、なぜ振り回されているのかと」

「それは過大評価だ、才条少尉。おれはそこまで優秀な人間ではない」

「そうかもしれない。しかし違うかもしれない。少なくとも、教我、あなたは私がいままで知り合ってきた人間の中では、ずいぶん上等だ。この前のギア戦のときは本当に小気味よかった。戦術戦闘交渉とは、笑えたよ。嫌味ではなく。そしてエグゼキューターの運用法も。驚いたものだ、こんなことを考える人間がいるとは思わなかったんですよ。だからこそ、私はあなたの副官になろうと思った。三神少尉なら、いままでとは違った世界を私に見せてくれるかも知れない。私が見たことのない、力の使い道を提示してくれるかも知れないと。そこに期待しているんです」

「勝手な期待は重いし迷惑だ。きみなら、おそらくそう言うんだろうな」

「ええ、期待だけを寄せるなら迷惑以外のなにものでもない。しかし私はサポートします」

「……なるほど、身勝手の度合いは一段上手というわけだ」

「そう、迷惑に思われても堪えない。なにせ、私にはどうでもいい」

「最低だな、少尉」

 おれがそう言って笑うと、才条少尉もまた、笑顔を見せる。

 魅力的だ、そう思えるものだった。

「さて、どうします? 一度病院に戻られますか? もう入院が必要ないということなら、ホテルを探しますが」

「別に荷物もないし、病院に留まっていろと言われてもいない。どうしたものか――」

 次の行動を考えていると、ポケットに入れていた小型端末が電子音を鳴らす。スイッチを入れると、サウンドオンリーが表示されていた。かすかなノイズのあとに、男の声が聞こえてくる。

『あー、あー、テステス。失礼、これは三神少尉の端末であってるかな?』

「そうだ。あなたは?」

『至急、アクアフィールド第五基地まで戻ってきてくれないかな。エグゼキューターを見て欲しい』

「エグゼキューターを? それより、あなたは誰なんだ」

『とにかく急いでくれ三神少尉。この変化は、おそらくあなたが見なければいけないものだ……ああ、そんな形になるのかい? これは好奇心がくすぐられる。分解してみたい』

「やめろ、よせ」思わず端末を握りしめる。「おまえは誰だ、エグゼキューターに触れるな」

『だったら早く戻ってきてくれ。早くいじってみたいんだ。早くしてくれよ、待ってるからな』

 通信が途切れる。普通なら悪戯かと思うところだが、エグゼキューターは確かに第五基地にある。それを知っている一般人はいないだろう、と予測できるものが、ひとつ。もうひとつ、才条少尉が非常に苦い顔をしていることから、これは悪戯ではないと考えられた。

「才条少尉、知っているのか」

「おそらく私の知っている人物で間違いないでしょう」

「誰なんだ」

「ノック=ストーンブリッジ。カルォーシュア開発軍団の上級研究員。ま、技術者のトップですよ」

「ノック=ストーンブリッジ? 本名か?」

「一応そのはずです」

「石橋を……叩くのか?」

「石橋、そう、そうでしょうね」才条少尉が笑い声をもらす。「そのとおりだ、気がつかなかった。日本のことわざみたいな名前だ。あいつのアダ名は今日から石橋だ」

「石橋か、いいな、それ。それで、なぜ、その開発軍団の研究員がきているんだ?」

「彼は、私の乗っていた機体、セイヴの開発研究主任です。エグゼキューターに興味津々でしょう」

「……また危ない人間が増えた、そう言っているように聞こえるな」

「急いで戻りましょう、教我。エグゼキューターが危ない」

「了解だ」

 おれたちは駈け出し、給油を済ませたヘリに乗り込み、パイロットに口を揃えて告げる。

 急いでくれ、緊急事態だ、と。



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