紅蓮の涙2
大急ぎでAF第五基地に戻ったおれたちを迎えたのは、マッド・サイエンスが服を着た、いや、白衣を着たような男だった。メガネのブリッジをなぜか小指で押し上げると、気色悪い笑みを浮かべる。そこにはこちらへの友好さはない。ただ、笑うことがこの場面では一番面倒がない、という類のものだったが、それは人を不快にさせるだけということを、彼は気づいていないだろう。唯一の救いは小奇麗な格好である、その一点だけだった。それ以外は不安感しかない。
「やあ、おかえり、三神少尉。待っていた」
彼からすればフレンドリーな、しかしこちらとしては警戒心を抱かせる仕草を覗かせながら、両腕を広げて男はおれを歓待する。おれは身体を一歩、二歩と引き、確認を取る。
「ノック=ストーンブリッジ、そうだな?」
「イエス」ヘラヘラと笑って『石橋』は応える。「才条少尉に聞いたのかい?」
「そう、私が少尉にお伝えした」と才条少尉。「わざわざAFまでエグゼキューターを見にきたのか」
「わたしもそこまで暇ではないよ、見にきただけじゃない、整備をしに来たわけだが、それも無用だったようだ。見てくれ、三神少尉。エグゼキューターは実にすばらしい」
おれと才条少尉はエグゼキューターを見て絶句する。
青い燐光に包まれているのは、アクティブ状態にあるエグゼキューターではよく見る光景だったが、しかしいまは、それだけではない。周囲にある機材、おそらく整備用に運ばれたパーツや武装であると想像できるが、それらは光に包まれて、そして粒子化して消えていく。まるで舞い散る粉雪のように、砂浜に吹きつけた風が海へと土を運ぶように、それらは黒い機体に吸い込まれていく。
そう、黒い機体、だ。つい数時間前まではフレームしか残っていなかったエグゼキューターは、すでにその外殻を形成しつつあった。さらに、手足の再生はすでに終えている。しかも驚くことに、以前とはまた形状が変わっていた。おそらく再戦した〈イフリエス〉と、新たな交戦相手であった〈アクエリエス〉との戦闘戦績から自己評価を下し、改良を加えたに違いなかった。次にあの機体に乗ることがあれば、性能が向上しているだろうことは、たやすく想像できる。
それにしても、と思う。前にエグゼキューターが自己修復と改良を加えたときは、一週間近い時間が必要だった。だがいまはどうだ。たかだか数時間で再生している。そのことを才条少尉に伝えると、横からノック=ストーンブリッジが口を挟んだ。
「失礼。だがわたしにはわかるよ」
「どういうことだ」
「あれこそがエグゼキューターの本来的な機能なのだろう、ということさ。三神少尉はヒューマン・インタフェースが受肉する瞬間を見たのではないのかい」
「エグゼが?」
そうだ、思い出した。カルォーシュア即時戦のドックに入ったあと、ギア・エンジンから噴き出した燐光は収束し、エグゼを作り出した。光が集まって、彼女の身体を構築したのだ。なら、同じようなことができると想像するべきだった。つまり……
「そうさ。〈ギア〉からすれば、物質を操作することなど造作もないということだよ」
にたにたと気色の悪い笑みを浮かべながら、『石橋』が小指でメガネのブリッジを上げる。
「三神少尉も見ただろう、〈イフリエス〉と〈アクエリエス〉を。あれらは超演算処理能力をもっているが、もとはと言えば物理的三次元空間内での事象を操作しているに過ぎない。過ぎない、と言っても、その力はわれわれの想像を遥かに超える性能を持っていることはたしかだけどね。ともかくとして、あの二機の〈ギア〉が事象コントロールを可能である以上、同じ〈ギア〉であるエグゼキューターが、同じではないにしても、それに近しい機能をもっていても、まったく不思議ではないんだ」
「フゥム、それは、おれも考えていたことだ。だが、いままでエグゼはそれを見せてこなかった」
「見せてこなかった? それは違うよ、三神少尉。エグゼキューターはいままでも度々、その力を発揮していたと思われる。先に挙げたヒューマン・インタフェースの製造然り、そして、三神少尉が乗り込んでからの、二度のギア戦然り、だ。エグゼキューターから噴き出した、あの青い燐光を見たはずだ」
「たしかに見ていた。そして気になってもいた。あの光はなんだ。ギア・エンジンから発生している以上はギア特有の機能だと思うが」
「そのとおりだ」石橋は小型端末を取り出す。「これは、薄くて高性能。地球製だ。エクスのものとは違う。失礼、不要な発言だった。あの青い燐光だが、われわれ開発軍団でも詳細はわかっていない。ただ、その性質上、〈イフリエス〉や〈アクエリエス〉と同じ、高度な事象操作能力と、ある種の変換能力が備わっていることは予想がついていた。少尉、これを見てくれ」
薄いタッチ式パネルにデータとグラフが表示される。それに、おれにはわからない専門用語が羅列された。エグゼキューターの背後についているギア・エンジンと、その性質を分析したもの、というところまでは読み取れたが、それ以上は、意味不明な代物でしかなかった。
「フゥム、これは」おれの後ろから画面を覗き込み、才条少尉が唸る。「あの光は、機械なのか」
「なにを言っている? 才条少尉」
「コングラッチュレーション。そう、粒子単位のマシン群だよ。あの光は、小型マシンが熱を発したときの発光現象ではないか、というのが、われわれ開発軍団のいままでの研究から予測されていることだ」
「では、エグゼ、あのインタフェースは、小型マシンの群体ということになるのか」
「正確には、その構造は変質し人間とほぼ同質のものになっているけれど、まあ、そういうことになるだろうね。実際の機能部、つまり人間の脳にあたる部分は、おそらく精密な判断と演算を行うために、機械のままだと思われる。生体脳では残念ながら、機械と通信はできないからね」
「ずいぶんと解析が進んでいるじゃないか。粒子単位のマシンを、よく調べたな」
「苦労はした。そして、実際の研究は小型マシンという部分だけ見ても十二%ほどしか進んでいない」
「驚異的な性能だな。粒子サイズのマシンに、3TBの容量だって? それが、どれだけいるんだ」
「まあ、ざっと、初期噴出で億単位。それが戦闘中の稼働だと……われわれがもっているスパコンでも処理しきれないよ。まさに世界を動かす歯車だ。実体を持った、動く情報体と言ってもいい」
才条少尉と石橋の会話は、残念ながらすべて把握することはできなかった。彼らはデータを見ながら、確認作業、いや査閲とも言えることを行っている。エグゼキューターに乗っているだけの、おれとは違って、その理解を深めているようだった。
胸が微かにざわつくような、うずくような感覚に、驚きを覚える。これは、嫉妬の感情だ。どちらかと言えば、不安寄りな。羨ましいというものと、鬱陶しい、というものがブレンドされている。
このエクスという世界に来てからというもの、おれは忘れていた感情を少しずつ取り戻している。それはなにが原因かと言えば、間違いなく、あの量子空間通路〈スカイ・ウェルズ〉を通ってからだろう。感情が視覚化されていく感覚を、あそこで味わった、それからだ。
感情はヒトにはじめから備わっている機能だ。それは成長性があり、かつアクティブにするには、それ相応の環境や訓練が必要だ。設備があるからと言って、電源を入れなければ作動しないことと、同じだ。発露させてやらなければ感情が芽生えることはない。そして訓練していかなければ、いずれ機能は著しく低下する。おれは、それを知っていた。
あの空の棺を見てからというもの、あえて感情という機能のスイッチをオフにしてきた。能動的どころか受動的ですらなく、一切を封じ込めて生きてきた。それでも、大きな不都合はなかった。むしろ、おれにとって恩恵を受ける方が多かったと言ってもいい。
だが、この世界では、それは許されない。自らの意思を通さなければ、消えるだけだ。
だからこそフォンも、あの〈イフリエス〉のパイロットも、おれと共感できたし、感情を思い出したからこそ、彼らと同期できたのだろう。才条少尉とも戦闘中に繋がった感覚がある。
エグゼは、どうだろう。ノック=ストーンブリッジは脳にあたる部分は機械だろうと言っていた。いまのところエグゼに感情のようなものは見えない。インタフェースという役割を忠実にこなし、〈自分〉という機能を一切、必要としない彼女にも、いずれは〈自分〉というものが目覚めるのだろうか?
もし、エグゼキューターの機械知性が言うように、おれになにかしらの力があるのだとしたら、そう、エグゼが自己に目覚めたときに、わかるだろう。きっと感知できるはずだ。
そうなったとき、おれと、エグゼの関係はどうなるだろう。彼女はおれを、どう思うだろうか。エグゼキューターにとって不要な、それこそ不穏分子と考えるか。それとも、仲間意識のようなものをもってくれるだろうか。それを楽しみに思っている自分に気づく。
早く目覚めろ、エグゼ。おれには、きみが必要だ。
「三神少尉?」
「……なんだ、才条少尉?」
「すみません。解説するべきでした。どこからお話すればいいのか……」
「ああ、まあ、おいおいしてくれればいい。かい摘んででもいい」
「了解しました」
「しかし、才条少尉は、そういう科学的な分野にも精通しているのか?」
「なにを言うんだい、三神少尉」ストーンブリッジが端末をしまいながら、口の端を上げる。「才条少尉はすでに大学を卒業されているエリート中のエリートだよ。なぜ即時戦の戦士になってしまったのか、と開発軍団で嘆く声も多い。こちらとしても手放したくなかった逸材だ」
「では、才条少尉はもともと開発軍団に?」
「そう、技術者とテストパイロットを兼任していた。通常は、熟練のパイロットがテストフライトをするべきなんだが、われわれが開発するものは、いつだってニュープランを採用するからね。既存の技術ではエクスの流動的な戦闘に対応できない。そのため、システムに精通した人選が必要だったのさ」
「私のことはいいでしょう。教我、今度、時間のあるときにでも、じっくりとお話します」
「これは驚いた。才条少尉が他人をファーストネームで呼ぶなんてね、三神少尉、彼女の扉をどうやって開いたんだい? なにかパスがあるなら、教えてほしいな」
「そんなことを言ってるから開けないんだろ」
なるほど、と呟きながら『石橋』は肩をすくめる。そうしているうちに、エグゼキューターから噴出していた光は収束していた。もう完全な状態を取り戻したと言ってもいいだろう。
「エグゼ、起きているのか? なら、応えろ」
ピピピという短い音でコールされる。鳴っているのは、ポケットに入れている小型端末だ。
取り出すとディスプレイはすでに起動している。
『おはようございます、マイ・ロード』
「エグゼ、もう大丈夫なのか。傷は」
『完全修復しました。わたしは、エグゼキューターの中枢コンピュータが無事であれば、復元可能であることを、すでにお伝えしていたと記憶していますが、間違いでしたか』
「エグゼ、おれが言いたいのはな」
「エグゼと言ったか、機械知性。リーダー三神は、おまえを心配しているんだ」と才条少尉。「ぶっ壊れて応答すらしなかったからな。大丈夫なのか、ということだ、それがわかるか」
『復元中であるメッセージは表示しました。それになにか問題が?』
「おまえのその態度に問題がある。教我が心配しているんだ、感謝くらいしろ」
『わたしはインタフェースです。仲介する役割をもっていますが、代替は可能です。わたしが完全に破壊されても、エグゼキューターは次を作り出すでしょう。マイ・ロードにご負担はかけません』
「話しにならんな。おまえでは、教我の補佐はできない」
『わたしの存在は、不要ということでしょうか。マイ・ロード、三神教我。インタフェース機能の変更が必要ですか?』
「もう、いい。やめてくれ、ふたりとも。エグゼ、即時戦と連絡が取りたい。可能か」
『可能です。通信を繋ぎます』
「エグゼキューターのコクピットで連絡を取り合う。準備していてくれ」
『イエス・マイ・ロード』
エグゼの言葉を最後に、ディスプレイの電源が切れる。
「いいのですか、教我」
「構わない。エグゼはああいうやつだよ。いまはまだ。そのうち必要があれば感情を理解するだろうさ。しなかったら、それだけだ。でも、おれの代わりに怒ってくれて、嬉しかったよ。きみはいいやつだ」
「私はあなたの副官です。あなたの代弁を行う義務がある」
才条少尉の言葉に、おれは驚く。
「……きみは、おれが怒っていると、わかっていたのか」
「それはわかります。馬鹿にしているのですか?」
「少なくとも、出会った当初は、そうではなかったな」
「そうでしょうか?」
フゥム、と唸り、才条少尉が考えこむ。
彼女も変化を始めている。おれはそれを好ましく、そして、素直に嬉しく思う。才条少尉が副官で本当によかった。他人の感情を理解できる人は、きっと、他人に優しくなれる。
それが戦士として、いいことばかりではないだろう。それでも即時戦として戦う以上は必要なことだと思う。フォンたちに言ったことは、忘れていない。いまは駄目でも、次のときにはわかりあえているかも知れない。その、かも、というものを大事にしたいから。
「いくぞ、才条少尉」彼女の肩をたたく。「きみが電子戦席に乗れ。詳しいんだろう?」
「了解しました」
新造されたエグゼキューターのコクピットを開ける。そこは、ずいぶんと久しぶりな感じがした。




