来訪者2
地球外知的生命体との接触。それは、ある種、人類の悲願だったと言ってもいい。
科学が発達し、宇宙空間へ行けるようになっても、多種族との接触は成り得なかった。他の銀河に居るのか、それとも、この宇宙において、知的生命体は地球に存在する人間だけなのか。どれだけの議論が、空想が、妄想が交わされたのか、わからない。
しかし、その想像上の存在も、ある日確定的なものとなる。
そらの井戸〈スカイ・ウェルズ〉と呼ばれる異空間ゲートが10年前に、北極の上空に突如として出現した。
量子ジャンプを行う通路は、地球に現存するあらゆる科学力を超えていた。その、未知の現象に多くの人々、政府が戸惑い、また警戒を露わにした。映画でよくある展開――異星人の侵略が行われるのではないか。国連は緊急招集を発令、即座に対策本部を設置。それがのちの、国家間共同戦線(United Front Among Nations)だ。
結果を先に述べるのであれば、侵略など行われなかった。
ゲートの向こう側にある世界。エクスと呼ばれる世界は、自分たちの戦争・紛争・内紛にかかりっきりで、地球を侵攻対象にできるほどの余力を持っていなかった。彼らもまた突然開かれた扉に戸惑っていたのだ。新たなる勢力と戦わなければならないのかと。
国連政府は、交渉可能な相手だとわかると、すぐに交渉人を送った。シリアスな会談が何度も行われ、1年も経たないうちに協定が結ばれることとなる。現在では一部の経済支援とともに、ごく小規模な貿易と、人材交流があるのみ……というのが、政府からの公式発表となっている。
もっとも、それがどこまで本当なのか、民間人の身では知る由もないが、しかし想像の余地は残っている。数年前、ユナイテッド・ステイツに行ったときに、アルバート=ウッド少佐がぽつりと漏らした言葉からだ。
『最近の、軍事力の増大のしかた、発展のしかたは、異常だ。惑星エクスの存在は、地球の人間にとって、いずれ脅威になるのではないか。わたしは、それを心配している』
昔のおれにとって、その言葉は難しく、意味がわからなかった。ただ、眉間に深い皺を刻んでいる彼の表情がより深刻なものになっているのを見て、ああ、これは大変な問題が起きてるんだな、と悟った。
◇
「回答になっていない」おれは人工知能に言う。「なぜ、おれがエクスに行かなければならないのか。地上に戻してくれ」
「あなたが望むのであれば、わたしもそうしたいのですが」相変わらず淡々としている声だ。「いま、あなたを地上に戻すわけにはいきません。危険です」
「おれからすれば、この、未知の兵器もじゅうぶんに脅威だ」
「当機の名称は〈ギア〉エグゼキューター。多目的な戦術兵器です。あなたの機体だ」
「おれの?」
まったく、この機械音声の言っていることは、意味がわからない。向こうからすれば筋が通っているのかも知れないが、説明されないことには警戒心しか湧かないのに。
「わかりました」人工音声が、考慮の間を空ける。「では、こう言いましょう。あなたのお連れ様を助けたいのであれば、エクスに行かれるべきです、と」
いま、おれが乗っている機体は、空中に静止したままだ。微動だにしない。まるで、写真の中から切り取ったように静かで、ぴたりと佇んでいる。
「それは、どういう意味だ」
「わたしと、あなた。互いがここに、地球に居る限り、脅威はなくならない、ということです。かれらはまた来る」
「脅すつもりか」
「いいえ。わたしは、あなたを助けるために来ました。あなたの支援をすることが、わたしと、当機の最大優先目標と言ってもいい」
「それが任務ということなのか」
「任務? いいえ、違います。わたしは誰の命令も司令も受けていない。あくまで当機が自ら設定した目標に則って行動している、ということです」
「自立しているというのか」
「そのとおり」あくまで音声は平坦に告げる。「当機と、わたしは、独自の思考と行動理由を持っている。あなたがた人間の言葉に当てはめるのであれば、自我を獲得している……と言い換えても構いません」
「さっきから気になってるんだが」おれは疑問を口にする。「なぜ、当機――エグゼキューターと言ったか――と、『声』を分ける? 同じではないのか」
「違います。当機と、わたし――いま、声に出している存在は、別と考えてもらって構いません」
「フゥム」
恐ろしい。それが最初に浮かんできたものだった。これだけの高性能な機械、機体が存在する、ということが。開発者はいないと声は言っているが、自然発生したとは思えない。そうなると、誰か……なにかが、これを創った。どれだけの科学力があれば、こんな化け物じみた機械を生み出せると言うのか。残念ながら、おれの知性では、理解も想像もできなかった。
しかし、いまそれを考えている暇はなさそうだった。この、声……エグゼキューターの言うことが本当ならば。
「確認する。おまえは、本当におれを支援しようとしているのか」
「間違いありません」
「エクスに行けば、彼女を、璃々を、助けられるんだな?」
「イエス・マイロード。あなたの行動と、当機の力があれば、高い確率で達成可能」
「了解した」
「三神教我様の承認を確認。当機は、〈スカイ・ウェルズ〉に向けて飛翔します。航行時間は15分を予定」
「15分?」
機械が口にした――実際に口はないが――言葉に、驚く。
「〈スカイ・ウェルズ〉は北極にあるんだぞ」
「はい、そのとおりです」
「たった15分で到達できるのか?」
「当機、〈ギア〉エグゼキューターの性能をもってすれば、本来であれば、到着時間を早めることは可能です。ですが、人間であるあなたの身体を考えると、現在設定している速度がもっとも安全であると計算しております」
おれは思わず呻く。いったい、どんな機体なんだ、これは。本当は機械じゃないと言われても、驚かない気がする。
「もう好きにしてくれ」
半ば投げやりにそう告げながら、ふわふわのシートに身を委ねる。全身を包み込むように優しく、ゆっくりと、しかし確実に睡魔が襲いかかってくる。重くなってくるまぶたに抗うこともできず、そのまま思考を手放した。