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有言の実行者 〜成句の能力で俺は世界を敵に回す〜  作者: 宴元蒼井


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第1話 成句段階

俺の名前はソラ。どこにでもいる、しがないFランクの冒険者だ。

この世界には、生まれた瞬間に誰もがひとつだけ神から授かる言葉――『成句』というシステムが存在する。

そしてこの世界には、もう一つの絶対の法則があった。

放つ魔法の威力や魔力量の限界値は、その者が持つ『成句の持つ本来の格』に完全比例する、という残酷な現実だ。

『一騎当千』を授かった幼馴染のルナは、十代にして国一番の天才魔術師として祭り上げられ、今や世界の救世主候補とまで呼ばれている。一軍を滅ぼす成句を持つ彼女の魔法は、最初から天災規模の出力を誇り、歩く道には常に華やかな歓声が送られていた。

対する俺が授かったのは――『有言実行』という成句だった。

「おいソラ! 今日も元気に『無意味な遠回り』か?」

「ははは! 自分で言ったことは絶対にやらないと気が済まない、呪われた大馬鹿野郎さ!」

お馴染みとなった冒険者ギルドのテラス席から、先輩冒険者たちの下品な笑い声が降ってくる。俺はそれを無視して、重い荷物を背負ったまま、ギルドの裏口へと続く長い外回りの道を歩き続けた。

なぜなら、今朝ベッドから起き上がった瞬間に、口にしてしまったからだ。

――「今日はギルドまで、いつもの倍の距離を歩いて向かう」と。

これが、俺の能力『有言実行』のすべてだ。

自分で口にした言葉(有言)を、自分の肉体が強制的に達成(実行)しようとするだけの能力。

「火を出す」と言っても火は出ない。格の低い俺の成句からは、魔法の魔力すら一滴も引き出せない。ただ、自分が「やる」と言った行動を、どんなに身体がボロボロでも、足の骨が引きち切れそうになっても、絶対にやめられなくなるだけ。

だから周囲は俺をこう呼んで嘲笑う。

『能力の形をした、ただの超絶頑固な根性論』

あるいは、『言葉に縛られた道化師』だと。

「……ふぅ。これで、よし」

ギルドの裏口に到着すると同時に、身体を縛っていた目に見えない枷がスッと消え去った。

俺はその場にへたり込むこともなく、ただ静かに衣服の泥を払った。

笑いたければ笑えばいい。俺にとって『有言実行』は、周囲に揶揄されるような呪いでもなければ、ただの頑固さでもない。自ら発した言葉を現実にするための、この世界の理をハックするための、唯一無二の鍵だと信じているからだ。一度決めた言葉を裏切るくらいなら、死んだ方がマシだとすら本気で思っている。

「ソラ、またそんな無茶をして……。私のために、そこまでしなくていいのに」

ギルドの入り口で待っていたルナが、眉をひそめて駆け寄ってきた。彼女の瞳には、天才ゆえの傲慢さではなく、純粋な幼馴染への同情と、どこか痛々しいものを見るような哀れみが浮かんでいた。

天才のあいつは、どんどん遠くへ行ってしまう。俺は完全に置いていかれている。

周りの奴らは、俺がルナに執着して気を引きたくて「毎日1万回の素振り」だの「毎日ルナより一分長く鍛錬する」だのといった無意味な宣言を繰り返しているのだと思っている。ルナ自身も、少なからずそう思っているのだろう。

だけど、本当は違うんだ。

俺はただ、幼い頃にルナと交わした『ある約束』を果たすためだけに、この泥水をすするような日々を耐え忍んでいる。自分の言葉に嘘をつき、楽な道に逃げることだけは、自分の魂が絶対に許さなかった。

「気にするなよ、ルナ。これが俺のルーティンだからさ」

笑って誤魔化す俺に、ルナは小さくため息をついた。

そして今日。俺とルナは、学園の最終卒業試験として、街の郊外にある『始まりの迷宮』の最深部にやってきていた。

本来ならFランクの俺が立ち入れる場所ではないが、ルナの特例措置で同行を許されたのだ。

もちろん、周囲の受験生からは「天才の寄生虫」と散々罵られたが、そんな雑音は俺の耳には届かない。

「よし、これで終わりよ!」

ルナが唱えた最上級の爆炎魔法が、階層ボスを包み込み、一瞬で消し炭に変えた。圧倒的な才能。誰もが彼女の勝利を、そして試験の合格を確信した、その時だった。

ズズズ……と、迷宮全体の空気が不自然に凍りついた。

「な,にこれ……? 空間が、歪んで……っ!?」

ルナが驚愕の声をあげる。ボスの死体から溢れ出た黒い霧が異常な密度で収束し、現れたのは――想定外の災害。

この下層には絶対に存在するはずのない、神話級の魔獣『虚空の捕食者ヴォイド・イーター』だった。

それは世界の歪みから生まれるとされる厄災の具現。実体を持たず、周囲の光や大気、果ては放たれた魔力そのものを『咀嚼』して成長する、文字通りの化物。存在しているだけで、周囲の空間がガラスのようにひび割れていく。

(――な、んだあいつは……ッ!?)

あまりのプレッシャーに、俺の心臓がドクンと激しく脈打った。

本能が、全身の細胞が、あれに近づくなと絶叫している。引き抜こうとした刀を握る手が、汗で滑りそうになる。強いとかそういう次元じゃない。あれはただの「天災」だ。あまりの恐怖に、頭が一瞬で真っ白になった。逃げたい。今すぐここから逃げ出してしまいたい。

ルナの身体も恐怖で硬直している。彼女が放った迎撃の魔法すら、魔獣の周囲の歪んだ空間に吸い込まれ、噛み砕かれるようにして霧散してしまった。

魔獣の巨大な顎が、絶望に身をすくめるルナへと迫る。

その瞬間。俺の意志とは関係なく、ガタガタと震えていた両足が、地面を強く蹴り飛ばした。

「え――っ!?」

叫んだのは俺の方だ。

恐怖で頭は引き裂かれそうなのに、身体が勝手に動く。心臓の奥深く、10年前に埋め込んだ『絶対の言葉の呪縛』が、俺の身体の自由を強引に奪い、ルナの前へと弾き飛ばしたのだ。

そう、俺の能力『有言実行』は、恐怖なんかに屈してはくれない。一度口にした言葉は、たとえ神の如き化け物が相手だろうと、主人の命を削ってでも「実行」のために肉体を強制駆動させる。

――『俺が、お前の盾になる』

10年前のあの日、俺がルナに誓った言葉の檻が、俺を逃がしてくれなかった。

恐怖で歯がガチガチと鳴る。情けないほど震えながらも、俺の右手はなまくら刀を引き抜いていた。

ルナが涙目で叫んだ。

「ダメ! 逃げてソラ! あなたの能力じゃ、そんな化け物相手に――」

「逃げられ、ないんだよ……っ。俺の身体が、言うことを聞いてくれねぇんだ」

引きつった、今にも泣き出しそうな笑顔で俺は言った。

だけど、この最悪で、最高に真っ直ぐな呪いのおかげで、俺は一番守りたい奴の前に立てた。

その時、俺の視界の端で、今まで一度も見たことのない【奇妙な光】が明滅を始めた。

頭の奥底で、これまで聞いたこともない、冷徹で、だけど酷く心地よい『世界の声』が響き渡る。

『――システム、警告。累積実績値が規定ラインを突破しました――』

耳を疑うようなその声と共に、俺の視界に謎のカウントが表示される。

同時に、俺の全身から、これまで貯め込んできたはずの「何か」が、恐ろしいほどの熱量を持って溢れ出し、恐怖による震えを完全に焼き尽くした。

「ルナ。俺があの日、お前に言った言葉を覚えてるか?」

愕然とするルナの前で、俺は迫り来る神話級の魔獣に向かって、真っ直ぐに刀を構える。


俺はこの、呪いの言葉で、成り上がってやる!

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