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月の下、見えない茜色の影  作者: 柊夕
〜旅の途中〜
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11/15

お姉様のだるい朝

 朝寝坊万歳!

 七月最初の日、思いきり朝寝坊したっていいじゃないか。こんな幸せな朝、手放せるわけがない。

「さてさて、今日はどこまで積み上がったかなー?」

 スマホを開く。案の定、また着信履歴が増えていた。

 巡:不在着信46件。

 うん。やっぱり事前に巡の着信だけミュートにしておいて正解だった。おや?脅迫まがいのメッセージまで届いてる。

 へえ。巡くん、羽でも生えた?お姉ちゃんを脅そうだなんて、いい度胸じゃない。

 あいつ、自分のことならこんなに必死になったことないくせに。澪ちゃんのことになると、見ていて呆れるくらい慌てる。もう澪ちゃんのことを覚えていないくせに。

 寝返りを打つ。けれど起きる気にはなれない。そのままベッドに寝転がったままノートパソコンを開いた。この姿をお母さんに見られたら確実に怒られるなあ。

 メッセージ画面を開き、昨夜のやり取りをもう一度見返す。


「白砂」:このところ巡くんには本当にお世話になってしまって、ごめんなさい。弟さん、やっぱり葵さんに似ているところがたくさんありますね。


「A・K・T・K」:大丈夫ですよ、春希さん。あいつなら好きに使ってください。そうですね。巡のやつ、下手したら私より母さんに似てるかもしれません。


「白砂」:もし暁さんだったら、もっと遠慮なく……あるいはもっと容赦なく私の間違いを指摘していたかもしれませんね。


「A・K・T・K」:かもしれませんね。でも私、礼儀正しいので安心してください。


「白砂」:寧々が……外の大学へ進学したいと言い出したんです。本当は澪と同じように陽原町の白咲女子大学へ行く予定だったのですが。あの子を一人でそんな遠くへ行かせるなんて……


「A・K・T・K」:いいじゃないですか。私なんて今、長河町にいます。国立建築大学もここにありますし。外の世界を見てみたいって思うのは、すごく素敵なことだと思います。春希さんだって、寧々ちゃんのためにずっと夏小町に残ってきたんでしょう?


「白砂」:でも……


「A・K・T・K」:春希さん。寧々ちゃんはもう、自分で未来を決める年齢ですよ。


 十五年。

 本当にいろんなことが起こるね。

 巡の様子を見る限り、今のあいつの頭の中は澪ちゃんのこと——茜さんを探すことでいっぱいなんだろう。まあ、記録写真家としてはどうかと思うけれど、天野巡としては、きっとその方がいい。

 時間的にも、そろそろこちらへ出発する頃だ。……でもあいつ、本当に澪ちゃんと離れられるのかな。離れられるなら離れられるで、姉としてはちょっと複雑なんだけど。

 ピコンッ。

「あっ、やばっ! お母さんからビデオ通話――!」

 私は飛び起きるようにベッドから降り、慌てて机の前へ座った。

「おはよー、お母さん!」

『暁、今起きたでしょ』

「い、いや?とっくに起きてたよ?ほら、ちゃんと机に座ってるし」

『寝癖、洗ってない顔、作り笑い』

 うぅっ……見抜かれてた!

「今日は……たまたま」

『十回中九回でたまたま?暁、あなたもう何歳だと思ってるの。一人暮らしだからって好き勝手しすぎです。朝寝坊して朝食も食べないなんて――』

「過保護ーっ!」

 私は寧々ちゃんのことを話した。それから巡と澪ちゃんのことも。もちろん、一番大事なのは。二人がもう茜さんのことを知ったということだった。

 いつかは来る日だった。具体的な決断を下すのは、やっぱりお母さんでなければならない。

「わかった、そうするよ。お父さんはまだ海外から戻れないでしょ?お母さんも体に気をつけるのよ。時間があったら一度、そっちに戻るから」

 通話が終わる。その一本の電話で、私のだらだらした休日は完全に終わりを告げた。仕方なく身支度を整え、朝ご飯を食べ、家を出る準備をする。

「さて――今日もあの変わり者の画家さんのところへ行こうか。今回はちょっと厄介な依頼になりそうだよ。覚悟しておきな、巡」


 長河町のとある原野。

 見渡す限りの黄金色に染まる向日葵畑の中に、一つの人影があった。

 彼女はイーゼルを立て、筆を握り、絵具を並べている。

 けれど――

 キャンバスには何も描かれていなかった。

 真っ白なままの画布を前に、彼はただ静かに、ひまわりの海を見つめ続けていた。

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