第20話:(後編)三相の聖刻騎士と、呪われし乙女たち
聖都の中央、黒い泥を吐き出し続ける大聖堂の天辺で、エルは光り輝く右腕を高く掲げた。
結晶化の限界を超え、純白の熱を放つその腕は、もはや一つの生命体のように脈動している。
「――【三相・神域浄化】!!」
エルの叫びと共に、背後の光翼から無数の光の羽が降り注いだ。
それは単なる攻撃ではない。ルミナの鋭さ、ミスティの包容、ベルの記憶、そしてアリアの静寂。四人の乙女たちがエルの魂に刻んだ「愛」という名の魔力が、澱んでいた世界の呪いを一気に書き換えていく。
「あ、あああぁぁぁ……っ!!」
闇の核となっていた『深淵の呪い』が、エルの放つ圧倒的な体温に耐えかね、黄金の粒子となって霧散していく。
崩れかけていた聖都の街並みが、聖なる光に洗われ、人々の絶望が安らぎへと上書きされていく。
だが、その代償はあまりに大きかった。
呪いをすべて飲み干したエルの右腕が、パキリ、と乾いた音を立てて砕け始めた。
光の粒子がエルの指先から溢れ出し、彼の体そのものが透き通り始める。
「……あ。……やっぱり、僕は……ここまで、なんですね」
エルが力なく微笑み、虚空へ倒れ込む。
実体化していた乙女たちが悲鳴を上げ、彼の手を掴もうとしたが、その指先は虚しくエルの体を通り抜けた。
「だめっ! 嫌よ、エル! 戻ってきなさいよ!」
「……主様。……壁になる。……死神すら、通さない……っ」
ルミナが泣き叫び、ミスティが必死にエルの胸元を抱きしめようとする。
その時、止まった時間の中で、セレスがエルの目の前に降り立った。
「……エル。あなたの器は、もう限界。……けれど、彼女たちの『未練』が、今のあなたを過去へ繋ぎ止めている」
セレスはエルの砕け散りそうな右腕に、自分の手を重ねた。
「……時空の狭間で迷っていた彼女たちの魂を、私が今、この瞬間に固定する。……あなたの命を、彼女たちの『現在』として再定義するわ」
セレスの全身から、星空のような光が溢れ出す。
彼女は自分の存在そのものを触媒にし、エルの消えゆく魂を、この世界の「ただの少年」として繋ぎ止めた。
「……セレス、さん? 君は……」
「……お別れよ、救済者。……これからは、頁の外で、自分の物語を紡ぎなさい」
セレスは優しく微笑み、風に溶けるようにして消えていった。
――気づけば、エルは朝日が差し込む聖都の広場に横たわっていた。
右腕を見れば、そこには結晶も聖刻もなく、少し細いけれど、確かな体温を持った人間の肌があった。
「……あ。……戻った。……僕、生きてる」
「エル君!!」
聞き慣れた、けれど誰よりも愛おしい声。
振り返れば、そこにはルミナ、ミスティ、ベル、アリア、そしてエレナ。さらには心配して追いかけてきたノエルまでもが、涙を浮かべて駆け寄ってくるところだった。
――数ヶ月後。
辺境の宿場町にある宿屋『陽だまり亭』。
「はいよ! 特製シチュー、五人前追加!」
リィンの元気な声が店内に響く。
窓際の特等席には、相変わらず賑やかな一団が陣取っていた。
「ちょっと、ルミナ! エルの隣は私の場所だってば!」
「ふんっ、リィンこそ看板娘の仕事をしなさいよ! 私はエルの『専用剣』なんだから!」
リィンとルミナが火花を散らす中、ミスティは無言でエルの右腕を抱き枕にしている。
「……主様。……ここ、一番落ち着く。……シャットダウン……」
「お兄ちゃん、ベルにお野菜食べさせてですぅー!」
「マスター……♡ 今日も貴方の食べ残しを頂けるなんて、私はなんて幸せな聖女なのでしょう……っ♡」
ベルがエルの膝に乗り、アリアが怪しい吐息を漏らしながらエルの皿を凝視している。
「……もう。本当に、毎日毎日賑やかねぇ」
エレナが困ったように笑いながら、エルのカップにハーブティーを注ぐ。
「ノエルちゃんも、わざわざ聖都から手伝いに来なくてもいいのに」
「いいんだよ! あたしはエルの『専属協力者』なんだからさ!」
六人の美女(と一人の妖精)に囲まれ、もみくちゃにされるエル。
彼は顔を赤くしながらも、目の前にある温かなシチューを一口運び、心から幸せそうに微笑んだ。
「……リィンさん。やっぱり、この味が世界で一番美味しいです」
エルの右腕に、かつての呪いの面影はない。
ただ、仲間たちと繋いだ手の温もりだけが、そこには確かに残っていた。
――三相の聖刻騎士と、呪われし乙女たち。
彼らの冒険は、これからもこの陽だまりの中で、永遠に続いていく。
(完)




