第32話「やっと落ち着いた」
グレアの考えが分かる人間はマリオンだけだった。特段、何かしらの説明があるわけでもなく、ただエルオの安全のためという理由でペイテンが港に向かうのをゆっくり追った。多くの宿泊客たちの不思議そうな視線も気にしない。団体はまっすぐ港を目指して進み、彼が船に乗り込んでエルオを解放するまで待ち続けた。
「お、ちゃんと約束守ってくれたね」
グレアがニコニコと彼を送り出す。島民たちの恨めしい視線を受けながら出発したペイテンは、ざまあみろとでも言わんばかりの笑い声をあげて「いつか必ず復讐してやる、名前は覚えたからな!」と、グレアとマリオンの二人を指差した。
「おーおー、怖い奴だぜ。あれだけオレにボコボコにされて」
「ああいうのを負け犬の遠吠えって言うんだよねえ」
遠ざかっていくペイテンを背に、彼女はくるりと島民たちに向いて。
「では皆様、お疲れさまでした。これまで大変な苦労もありましたが、これでひとまず事件は解決と見ていいでしょう。もう彼が戻ってくることもないし、仮に来たとしても、皆様を脅かすような存在ではないはずです」
納得と安堵の声が上がるなか、ひとりがすっと手を挙げて尋ねた。
「あんたの言ってることは分かるし、すごく感謝してるんだが……あのまま逃がして本当に大丈夫なのかい? 本当に報復に来たりするんじゃあ……」
島の全体に目があるわけでもなく、もし報復にでも来られて気付けるかと言われたら不安になるところもあった。エルオが脅されていたのを見て恐怖心が拭いきれない中、グレアはハッキリと断言してみせた。
「さっき、私が仮にと言ったのは、極めてその可能性が低いからです。皆様が朝に起きて夜眠るくらい当然のように、彼はここへ来ない。ま、実を言えばそれなりに対策は講じてあるので、今日から安心して眠ってください」
内心、ペイテンがどうなるかを見届けたい気持ちさえあった。彼は助かった気でいるが、そうはいかない。最後まで逃がすつもりなど彼女には毛頭なかった。
ともかく事件は終わった。島民たちの安全は確保され、リゾート地の生活はこれまで通り、いや、これまでよりも良いものになる。搾取する人間はおらず、彼らの結束は今まで以上に強まったのだから。
島はすっかり穏やかな時間を迎えた。島民たちは疲れを覚えて肩が凝っただの眠たいだのと文句を言いながらも、客を前にしたら笑顔で接客した。ひと仕事を終えて解放されたグレアたちはといえば──。
「なーにか忘れてる気がするんだよねえ」
宿に戻って、やっとの食事にありつきながら、頬杖をついてフォークで皿の上に円を描く。ペイテンに関することは全て確かに済んだはずなのだが、それでも拭えない物足りなさに、うーん、と顔を顰めた。
「忘れてるってこたあ、大したことじゃねえよ」
けらけら笑って遠慮なくマリオンは肉にかぶりつく。確かにグレアの言う通り何か忘れている気もしたが、空腹を満たすほうが最優先だった。そんな彼女の肩に、ぽんと大きくて広い手が置かれる。
「……大したことあるだろうが」
ぷるぷると震えて怒っているクートの姿に、グレアが「あっ」と頓狂な声をあげて、小さく手を叩く。そういえば隠れさせていたんだっけ、と。
「無事だったんだね。忘れてたけど良かった」
「忘れてたけどじゃねえよ! どれだけ俺が心配したと……」
「ハハ、ごめん。でも全部無事解決したよ」
「見たら分かるわ!……グレアもマリオンも無事でよかった」
ホッとした様子で、照れ隠しにそっぽを向いたのをマリオンが覗き込む。
「おいおい、オレの心配までしてくれてたのかよ? 可愛いところもあるじゃねえか。おかげでグレアも上手くいったみたいだし、見直したぜ」
「そっ……そう言われたら怒れないじゃん」
照れさせて遊ぶマリオンに「やめときなよ」とグレアが釘を刺す。また喧嘩でもされたら、今度は店の中なのだから困るのだ。
「仲が良くなるのは良い事だと思うんだけど、程々の距離感を大事にね。二人共、お互いに私ほどよく知ってるわけじゃないんだからさ」
マリオンも、それはそうだと頷いてクートを肘で軽く突く。
「じゃあこれから仲良くしようぜ。座れよ、一緒にメシでも」
「お、ならご一緒させてもらおうかな」
適当に近くにあった椅子を寄せてきて、クートも料理を注文する。今日はリリナも忙しそうに、一生懸命働いていた。
「ゆっくり観光とはいかなかったけど、まあ、悪くなかったね」
「次はローズにも文句言わなくちゃな! 忙しすぎだ!」
「あはは、言いくるめられて終わりそうだけど」
「それでも構わねえよ。ところで、例の財宝はどうすんだ?」
あのまま放置にするのは勿体ない気もするし、見つかっていないのならまたペイテンのように誰かが探しに来るかもしれない。グレアは少し考えてから。
「運び出そう。あれはこの島の人たちの財産だからね」
 




