第1話「リゾート島」
照りつける太陽。白い砂浜、青い海。絵に描いたようなリゾートの景色に、グレアはぼんやりとパラソルの下で薄青の甘ったるいジュースを飲んでいた。元気に海を泳ぐマリオンを眺めて、楽しそうに。
「いいなあ、泳げて」
ほんの数日前のこと。小さな港町で魔女の代理人として依頼があって、滞在していた彼女たちのもとに届いたローズからの手紙に添えられていた一枚のペア招待券。リゾート島『オクトラス』での数日間の宿泊券を『よく働いてくれる二人に』と、しばらくの休息を二人のために気を利かせて送ってくれたので、さっそく遊びにやってきていたのだが……。
「おーい、グレア! 泳がねえのか?」
「泳げねーんです。私は全然、泳げないんだよ」
口先を尖らせたグレアに、マリオンはけらけら笑って、また泳ぎ出した。まるで人魚のように自由に泳ぐ姿を、グレアは羨ましそうに眺めるばかりだ。浅いところで水浴びくらいと手を引かれても、水の中に浸かるのが既に無理だった。
「……はあ。お風呂は平気なのに」
気分だけでも味わおうと水着にはなっているものの、やはり勿体ない気分は抜けない。傍をひょこひょこ歩く小さな蟹を指でつついた。
「にしても暑い。最近、温かくなってきたなとは思ってたけど、ちょっと離れた南の島に来るだけで、こんなにも気候が違うなんてねぇ」
もう長いあいだ、ヴェルディブルグ領内をうろうろしていたが、どの町も少し暖かいくらいで、緑豊かな空気が広がる丁度良い季節だった。しかし、少し離れた南側、隣国のリベルモントは、どちらかといえば少し暑い。
貴族に人気のリゾートとして知られるオクトラスは、その国境近くの海から三十分ほどを渡った先にあり、陽射しの暑さときたら、水着を着て日陰にいても、砂浜に溜まった熱の風が生ぬるく肌を摩るように流れた。
「ねえ、マリオン。そろそろ宿に戻らない?」
「あン? もうそんな時間になるか?」
「たぶんもうお昼だよ。お腹空いてきたから」
「ハハ、正確そうだな。その腹時計」
「食べるのが趣味みたいに言うのやめてよ」
からかわれて恥ずかしそうに頬を赤くする。しかし、実際に「なんだよ、違うのか?」と言われると、否定しきれないところもあった。
「もうそれ言うの禁止で。それより、浜辺に来る前に面白い話を聞いたんだよ。なんでも島民が主催するお宝探しがあるとかなんとか。興味湧かないかな」
オクトラスの人口は、たった二百人もない小さな島だ。少しでも多くの人々に足を運んでもらうのに、島のうわさを使った催しで楽しませるのが日常的な風景になっていた。やってくる貴族たちも普段の堅苦しい空気とは離れられる良い機会だと評判が良く、いくつかある宿は、どこも一年先まで予約が埋まっている。
招待券がなければ二人は立ち寄ることさえなかった。
「宝探しねえ……。たしかに、小さいって言うわりにゃあ、まあまあ広い島だもんなあ」
「自然もいっぱいだから楽しそうでしょ。探検みたいでさ」
「悪くないと思うぜ。で、どんな宝なんだ?」
「さあ。それはよく知らないんだ。宿で聞いてみよう」
浜辺では他にもちらほらとバカンスを楽しむ人々がいる。ふと楽しそうに話しているのが聞こえて、それが宝探しのことだと分かってグレアはいっそう楽しみになった。海は泳げなくとも、それ以外のアウトドアなら大歓迎だ。
「ところでよお、お前がさっきから飲んでるそれ何?」
「甘い炭酸ジュースだよ。来る途中で買ったの」
「へえ~。宿にも置いてあるかな」
「たぶんあったと思うから買いなよ。お金はあるし」
魔女の代理人として二人が各地を転々とするようになってから、もう一年近くが経つ。二人が旅をするのに十分すぎるくらいの稼ぎになり、数カ月前にはマリオンも帝都にある自宅を売却した。今では貴族にも並ぶ余裕の生活だ。
「はあ~。オレたちも偉くなっちまったもんだなあ」
「まったくだね。あまり有名になると、また大変そうだ」
新たな魔女の代理人が現れたうわさは、既に各地で広がっている。しかし、オクトラスの島民たちや遊びに来ている宿泊客たちは、彼女たちの顔を知らない。せっかくの旅行なので、まったく目立たないのは嬉しかったが、それも彼女たちが代理人を続けていれば、いつかは誰の目にも留まってしまって、気を休める場所も減ってしまうだろう。
今を満喫しておかねば、とグレアはサングラスを掛ける。
「また似合わねえの買ったなあ、お前」
「やめてくれ、自分でもそう思ってる」
「じゃあなんで掛けてんだよ?」
「だって、ここ貴族御用達のリゾート地じゃないか」
「ああ、そっか。お前、レンヒルト公爵家の……」
いくら魔女の代理人として知名度がまだ浅いとはいえ、グレアは『レンヒルト公爵令嬢』として多くの貴族たちに知られている。家を出たとしてもつき纏う厄介な名前にはうんざりさせられた。
そうそう遊びに来れない島だ、知り合いに会う可能性がどれほどのものかは分からないが、気付かれないように素顔を隠しておくのは正解だと思った。やや大き目なサングラスのデザインを除けば完璧だ。
「フッ。これで私と気付かれることはないはずだ」
「……そうかなぁ」




