第2話「根ざす信仰」
公爵家を出て時間が経ったからなのか、どことなく間の抜けた部分が見え始めてきたことにマリオンはいささかの不安が募った。何もない場所でもスッ転んでしまいそうな雰囲気は、令嬢〝風〟といった具合だった。
グレアもすっかり庶民的な空気に慣れただけで、決して幼子のように危なっかしい行動はとらないので、ただの杞憂でしかないのだが。
「おかえりなさいませ、ビーチはいかがでしたか?」
宿に戻るなり、主人の女性がにこやかに声を掛ける。
「ええ、とても良かったです」
「ハハッ、金槌がなんか言ってら」
「なんだってぇ? そんなこと言ったらジュースはお預けだ」
「うおっ!? わ、悪かったよ……!」
手を合わせて謝るマリオンに、グレアはぷいっとそっぽ向く。
基本的に、金銭の管理は全てグレアが行っている。というのも、マリオンに管理を任せたところ、思った以上に散財するので、仕方なくグレアが管理を行うことになったのだ。預けた分の金が各町にあっても、持ち合わせまで使われては意味がない。
そのため、マリオンがちょっと悪戯をしたり、余計なひと言でもあると、そのたびにグレアから子供を躾けるかのように〝お預け〟を食うことになった。
「もう、せっかくの旅行なんだからさ。今回だけは大目に見るけど、次は絶対にないよ。ほら……えーっとなんだっけ。そう、ジュースだったね」
「流石グレア様だよ、ありがてえ」
都合のいいことを言う、と呆れつつも、自分が飲んでいたものを──おかわりも含めて──ふたつ注文したら、カウンター席に座って少し待った。
「そういえば、宝探しがあると聞いたんですが」
目の前にジュースが置かれたついでに尋ねると、女性はニコニコ答えた。
「ええ! 島民自慢の催しです。あまり大きい島ではありませんが、一日をかけて歩き回れるくらいなので、連泊されるお客様にはとても人気なんです。このあとお昼頃には事前に教会前で説明会を行う予定ですので、いかがですか?」
教会と聞いて、マリオンがぽつりと言った。
「こんな小さい島でも宗教ってのは根付いてんだな」
「はい。でも、それもまだ五、六年前の話なんですが」
女性が食器を片付けるのに離れると、マリオンは小さな声で冷たく「信じる者は救われるってか」と小馬鹿にしたように言い放った。グレアが目を細めてそれを聞き、コップに半分ほどのジュースを眺める。
「なんであれ、救いを求めたがるのは誰でもそうさ。それが神であるか、人間であるかの違いでしかない。私たちは生憎と無宗教だけど、互いに信頼しあって困ったときの心の拠り所にする。彼らにとっては、神への信奉がそうなんだろ」
裏切られたことのあるマリオンには、いささか理解の及ばない話ではあったが、グレアの言葉には一理あると思った。今ではすっかり、グレアがいなければ退屈で、寂しいと思ったときに傍にいてくれる親友だ。
心の拠り所と言われれば、たしかにその通りなのかもしれないと受け入れつつ、やはり、その対象が神である理由だけはよく分からなかった。
「ま、オレたちにゃ関係ない話だけどよ。こういう小さい島での根強い信仰っつうのは、よそ者に対して厳しかったりするって、そんな話も聞くだろ? あんま下手なこと言って深入りしねえようには気を付けるべきかもな」
過去に村ぐるみでの暴行事件があり、それが宗教上の理由だったこともある。ときには、未だに生贄を捧げていたとして問題提起された事件もあった。マリオンがそんな記憶を掘り返すと、グレアも同意して頷く。
「なに、旅行を楽しんでいる分には問題ないだろう。それより、このあと教会前に集合だったっけ? 時間も近いけど、ここからは遠くないはずだからゆっくり歩いて行こうよ。なにかローズさんにお土産でも探しながらさ」
「いいねえ。せっかく招待券も貰ったことだしなあ」
ジュースを飲み終えた二人が席を立とうとしたとき、グレアの背中に何かがぶつかって、彼女はくらっとよろめく。振り返ると、焼けた浅黒の肌をした髪の長い少女が、少し慌てたような顔で「ごめんなさい、大丈夫ですか?」と手を伸ばす。
「私は平気だよ。ええっと、君は?」
「リリナです。リリナ・アンバート」
「ああ、宿の主人の娘さんだね」
軽い握手をして挨拶をかわす。
「私はグレア・レンヒルト。それから、こっちが友人のマリオン・ウィンターだ。数日は泊まる予定だから、よろしくね、リリナちゃん」
「こちらこそ。どちらかへ行く予定だったんですか?」
マリオンがグレアの肩に腕を回して言った。
「オレたち、宝探しに行くんだよ。んで、これから教会に!」
二人の行き先を聞いたリリナがぽんと手を叩く。
「ああ、それじゃあアタシと同じだ。良かったら一緒に行きませんか?」




