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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
57/136

第57話「ただいま」

────グレアとシャルルの短い旅は、瞬きをするうちに終わった気がするほど早かった。いくつかの町を中継したあと、帝国領内へきて、想像よりも寒さの残る国の厳しい出迎えに二人揃って小さく震え、帝都に着いたらすぐに上着を買った。


 ふと町中にある大きな時計を見て、時刻が指し示すのが自分の出発まであと少しだと気付く。観光気分でいたが、そろそろ帰る時間だ。一年は長いようで短く、振り返ってみれば歩いてきた道は短いようで長い。


「あ~あ、のんびりしてる時間なさそうだね」


「……ええ。そろそろ行かないと。早めにマリオンに会ってきます」


「ああ、待って。これ、被っていきなよ」


 シャルルが自分の大事そうに持っていたキャスケット帽を被せた。


「はっきり顔を見られたら困るでしょ?」


「ありがとうございます、失念してました……」


 つい友達に会うような感覚でマリオンに会いに行くところだった。同じ列車に同じ人物が乗り合わせているのを見られてはマズい、と照れて頬を掻く。


「シャルルさんはどうするんですか?」


「ボクも乗るけど、違う車両に行くよ。そのままヴェルディブルグに帰って、いったん、ローズの到着を待つかな。……君は元の時間に帰るんだよね」


 シャルルは不思議そうに顎に指を添えて。


「どうやって元の時間に帰るんだろ。突然、ぽんって消えちゃうのかな。それとも、どこかを通ったら、いきなり元の時間に戻って来てるとか」


「たぶん、後者だと思います。誰にも気付かれないくらい自然に」


 帝都で多少の買い物を済ませたあとは、列車が再度出発するのに合わせて駅へ歩く。その最中に、グレアは自分が時間を飛び越えるときに通った扉がなんの変哲もない場所で、飛び出したときには見知らぬ家の扉の前だったのを思い出す。


 きっと帰るときも同じに違いない、と推測した。


「そっか。ちょっとだけ寂しくなるね」


「ええ。でも私たちはもう、友達ですから」


「アハハ、本当だ。また会いに来てね、待ってるよ」


「こちらこそ。また会いに行きます。次は本を持って」


 駅まで来たら、シャルルと軽い挨拶に握手を交わして別れる。人混みの中へ消えていく小さな背中に名残惜しさを覚えつつ、グレアも列車に乗り込んだ。


 目当ての人物を探しながら、車両を移動する。当時、自分がどこに乗っていたのかはよく覚えていないが、少なくとも今いる車両よりは何台かあとだとは記憶していたので、安心して人探しを続け、窓に向かって退屈そうにしている女性を見つけて、彼女は顔が明るくなった。青藍の髪を一本に束ね、向日葵色の綺麗な瞳で外の冷たい景色を温かく映す姿に懐かしくなる。


「こほん。ちょっとよろしいですか」


「んあ? 構わねえけど、なんだい?」


「その席を譲って頂きたくて」


「ん。他に席くらい、空いて……ねえなあ」


 列車は珍しく席が埋まっていて、マリオンは少し困り気味に周囲を確かめる。やはり空いてない。他の車両に移るしかない状況で、普通ならわざわざ譲る理由もないのだが、彼女は深いため息を吐いて仕方なさそうに席を立った。


「ま、いいさ。理由は分かんねえけどここがいいんだろ」


「ありがとう。お礼にこれをどうぞ、マリオン」


「ん? おお、煙草か。オレ、この銘柄が好きなんだよ」


 渡された煙草が馴染みのあるもので喜んでいたが、ふと名前を呼ばれたことに気付いて顔をあげた。自分の知らない人間が、自分を知っているのだ。


「あんた、誰だ。オレのこと知ってるのか?」


「すこしだけ。あなたが心の綺麗な人ってくらいかな」


 本当は素顔を晒して、彼女の顔をはっきり見たかった。そんな気持ちも抑え込みつつ、言いたいことだけを伝えることにした。


「私は君に助けられたことがある。だから、煙草も、そのお礼だと思って。……それから、この先の旅で、色々あると思うけど、頑張って。人に優しくすれば、きっとその優しさの分だけ、君にも良い事があるはずだから」


 よく分からなそうな顔をしながら、マリオンは煙草を一本咥え、詳しい事情を聞こうともせず背中を向けたまま小さく振り返ってニヤッとした。


「そうかい。んじゃあ、ありがたく受け取っとくよ」


 手をひらひら振って他の車両へ移るのを見送ったら、ホッとひと息つく。彼女はそのまま席には座らず、違う車両と繋がった扉に手を掛ける。これで自分のすべきことは思った。そう胸の中で呟き、扉を開いた瞬間──。


 目の前には驚いているマリオンの姿。立っているのは、あの湿気を感じる洞窟にある、時間の扉の前。彼女は、元の世界に戻ってきたのだった。


「……あ。へへっ、まずは挨拶だよね?──ただいま戻りました、なんてね」

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