第56話「離れても、ずっと友達」
グレアの頭の中に、〝王族〟の二文字が過った。驚きすぎて、思考も感情も、石のように固まってしまい、再び動き始めたのは、十数秒ほど経ってからだ。
「……えっ。ヴェル、えっ、本気で言ってます?」
「中々に失礼だなあ。ちょっと傷つくよ……」
「す、すみません。それもそうか、ローズさんとの仲だし」
不躾な言い方になってしまったと反省しながら、胸の中に喜びを湧きあがらせる。見目には王族と分からない、どちらかいえば平民の少年風の格好──グレア自身も、少し小綺麗なだけで差異はほとんどないが──をして、実は自分の愛読書の作者であったなどと、喜びを隠し切れず、思わず口端をヒクつかせた。
「あっ、あっ、あの。もし、ですけど、本とか持ってたらサインとか書いてもらえたりします? あ、〝グレアちゃんへ〟って文言もつけて」
「もちろんいいよ。持ってきてくれたらね」
あまりに挙動不審な話しかけ方に自己嫌悪になりかけたが、シャルルの微塵も気にしていない対応に、ホッと胸をなでおろす。自分の気持ち悪さに、尊敬する相手だとこんなにもコミュニケーションが取れないのか、と胸の内に苦い感情が湧く。
「……帝都に着いたら、君とはお別れだね」
「ええ。でもまたすぐに会えます」
「あはは、楽しみにしてるよ。君とは友達だから」
窓の外を眺めるシャルルが嬉しそうに肩を小さく揺らす。
「帝都、実はあんまり行ったことないから楽しみだな~」
「ローズさんにお土産でも買っていきますか?」
「それ、名案だね! 何か喜んでくれそうなものってある?」
グレアはうーんと首を捻って考える。
「……帝都って、表現するなら無機質というか、暮らしたり観光に歩く分には面白い国ではあるんですが、お土産って言われると……あんまり良いものが思い浮かばないですね。あ、そうだ。ひとつだけいいものが」
ぐいっと身を乗り出したシャルルが興味津々に目を輝かせる。
「銀細工で百合の花をあしらったペンがあるんですが、帝国には咲かない花なので、都市では贈り物として人気なんです。良かったらいかがですか?」
「おお~。いいね、自分用のも含めてお揃いにしようかな」
背もたれに体を預け、シャルルはリラックスした息をつく。
「ボクが君の旅の切っ掛けだなんて思うと、なんだか照れるけど、すごく嬉しいな。しかも、その腕輪! 魔女の代理人なんて、もう二度と現れないだろうなって、ローズも言ってたくらいだったんだよ」
窓枠に頬杖をついて遠くを眺め、思いを馳せた。
「ボクも会いたいな、ソフィアとリズベットに」
「……仲が良かったんですね」
「うん。ボクたちの大切な友達でもあったから」
時間を止めて永遠を生き、共に在り続けることを選んだローズとシャルルの二人とは対照的に、ソフィアとリズベットはともに時間を歩み続けることを選んだ。悲しい別れも、嬉しい日々も経験をして、最期のときを迎えたソフィアの姿は、なんとも幸せそうだった、と彼女は語りながら、少しだけ目を潤ませた。
「元気にやってますよ、きっと」
在りし日の思い出。それぞれ過ごした時間は違えど、亡くなった大切な人を想う気持ちは同じだ。夢のような時間を、ほんの僅かでも過ごせたグレアは、自分の運の良さを感じた。本当に会いたいと願った人に会えたから。だけど、これは誰にも伝えるべきではないのだろうと思い、ただ静かに口を閉ざして、遠まわしにそう言った。
「ふふっ、だといいなあ」
列車は揺れる。ヴェルディブルグを遠く、帝都を目指して。この一年は、自分の人生をより良いものにしてくれる貴重な経験だった。これほどの出来事を聞けば、マリオンは驚いてくれるだろうか? そんなふうに思って笑みがこぼれた。
元の時間に戻れば、またいつもの日々がやってくる。いや、いつもとは少し違う日々になるだろう。だけど、もう不安はどこにもない。風に吹かれたようにどこかへ行って、今、胸に抱いているのは、新しい日常への期待だ。
「そうだ。せっかくだからと思ってさ」
「うん? なんです?」
「へへっ、贈り物を用意したんだ。これ、どうぞ!」
渡されたのは薔薇のデザインをした銀のブローチだった。
「銀は魔力が通りやすいらしいよ。ローズが何年か前に、銀細工職人と知り合って、ボクといっしょに何個か作った奴のひとつなんだ。二人共ちょっと不器用でさ。不格好だけど君との出会いのしるしに受け取ってもらえたら嬉しいかな」
グレアは受け取ってすぐ胸に着けてみせ、ニコッとする。
「ありがとうございます、シャルルさん。……どうでしょう?」
「似合ってるよ! これで離れても、ずっと友達だね!」
「ええ。……本当に、大事にします。ありがとう、シャルルさん」




