第31話「嫌うわけがない」
マリオンは事情を知ろうとしなかった。食事の際も隣に座って、わざとらしくはあったがグレアが少しでも安心できるようにと優しく振舞い、自分から話してくれるのをゆっくり待つことにした。
和気藹々と子供たちのやんちゃぶりに振り回されながら、夜が来て、シルヴィが消灯の時間だと言うまでをゆっくり過ごし、グレアと部屋に戻ったあとも、何を言うでもなく窓辺の椅子に座って町のぽつぽつと点いている灯りを眺める。
「いやあ、たらふく食ったが……ガキ共の手前、酒が飲めなかったのだけが残念だったな。あんなに美味い料理があんのに酒がねえって、なあ?」
ベッドに座り込んだままの相棒に声を掛けるも、気まずい空気が流れる。部屋の暖炉は温かいのに、身体は冷えているような感覚だった。
「どうして何も聞かないんだ、マリオン」
俯くグレアの言葉に彼女は返事を悩む。
「……どうしてって。分かんねえよ、オレも」
聞きたい気持ちはある。だが無理を言って聞かせてもらうのも違う気がして、なんとなく触れないでいた。そのうち話す気になったら言うだろう、と。
「じゃあ、聞いてほしい。いや、聞いてもらわなくちゃいけない」
どうせ黙ってても、いつかは話すべきだ。ならタイミングを考えている場合ではない。意を決して、グレアは自分がどこで何をしていたかを伝える。魔女と出会い、魔導書を勝手に開いて不老不死の呪いを受けてしまったことも。
「……あの不気味な、全身から力が抜けるような一瞬の感覚。女王陛下が嘘をつくとは思えないし、間違いなく呪いは掛かってると思う。実際、怪我をしたときもあっという間に塞がったんだ。怖くなって、私は、つい逃げるようにここへ……」
椅子から立ち上がったマリオンが、ベッドに腰掛けて項垂れるばかりのグレアの肩をがしっと掴んで、顔をまっすぐ見つめた。
「なんですぐに言わなかった。俯いてる場合か、お前?」
「ご、ごめん……。君に嫌われるのも怖くて」
不老不死の手段は、マリオンが探し求めてきたものだ。みすみす機会をふいにした挙句、自分はそうなってしまった。望むと望まざるとに関わらず。どうして自分を除け者にして勝手なことをしたんだと言われるのではないか、そんな不安があった。心が傷つくのを恐れて。
だが、マリオンは大きなため息を吐き──。
「馬鹿だなあ、お前。オレがそんな安っぽい奴だと思ってたのか?」
穏やかな向日葵の瞳が、とても悲しそうな色をした。
「オレが何かされたわけでもないんだ、グレア。悩むべきは誰に嫌われるとかじゃなくて、どうやったら呪いが解けるか。泣くのは全部終わってからでいい。──大事な友達じゃなかったのかよ、オレたちは」
ハッとして、目に涙が浮かんだ。初めて出来た親友の怒った顔が見たくなくて、怖くなって、黙っていたほうがいいのかもしれないと、それこそ裏切っているのと変わらないのに、彼女はそれでも怒らずに優しくそう言ったのだ。
「……ごめん。私は何をやっているんだ」
手で顔を覆う。泣いている顔を見られたくなかった。
「まあまあ、そう落ち込むなって。それより魔女に会う方法があるって分かったんなら好都合じゃねえか。行き先は常に女王様が把握してるってわけだろ? オレたちにはまだ希望がある。魔女に怒られたって殺されやしねえさ」
ぽんぽんと頭を撫でられて、グレアはふふっ、と声が出る。
「そうだね、その通りだ。ちょっと弱気になってたよ」
不老不死になどなりたいと思ったことはなく、永遠に生きるなど考えただけでもゾッとする。マリオンほど前向きに生きられる気がしなかったから。
呪いと聞いて戸惑っていたが、解決方法は魔女が知っているはずだと希望が見えると安心した。
「……ありがとう、マリオン。友達だと言ってくれて」
「ハハ、なにを当たり前のことを言ってんだか」
マリオンは照れくさそうに頬を掻いて、視線を逸らした。
「お前にゃあ、ウェイリッジで随分と世話になった。これくらいのことで怒るほど小さくもねえし、今度はオレが手伝ってやる番ってなもんだろ?」
ぱんっ、と手を叩いて暗いムードを振り払う。
「じゃあ、とりあえず一杯飲むとしようぜ! そんでぐっすり寝て、考えるのは明日からだ。魔女に会えば、きっといい答えが返ってくるさ」
「うん。……って、一杯? お酒なんてあったかい?」
マリオンはグッ、と親指を立てて──。
「シルヴィのばあさまに許可は貰ってる。寝酒だ、寝酒!」




