忘れられない恋だから
初めて彼女に会ったのは社員研修が終わった後だった。配属された部署の二つ上の先輩が清水麻衣だった。
「はじめまして。よろしくね」
彼女は強い目をした女性だった。何事も前向きに捉え、冷静に仕事をする姿は俺の目を奪う。彼女に少しでも近づきたくて、仕事を頑張った。三年間、一緒に仕事をしてきて彼女が何を考えているのか、聞かなくてもわかるぐらいになった。二人でする仕事はとても効率的で、成績もまずまずといったところだ。
新しい顧客を開拓するためにこまめに商品一覧を持って説明しに行く。お客様の要望する機能を理解し、メリットデメリットをわかりやすくまとめ、代替案がないか二人で模索した。新しい契約が取れれば二人でお疲れ様と飲みにいった。
何もかもが輝いていた。二人でいることがとても自然で、ずっと一緒にいたいと思うようになっていた。今日こそは告白しようと契約が取れたタイミングで思うのだが、なかなか実行に移せない。
困らせたいわけではないし、二人の仲をぎくしゃくさせたくないという弱気な心もあった。彼女の気持ちがもう少しわかってからと自分に言い訳し、常に側にいる優越感にこのまま続くことを信じて疑わなかった。
「ごめん、今までありがとう」
突然告げられた、転勤の知らせ。彼女は困ったように笑った。
「先輩、どうして……」
「支社にね、転勤願を出していたの。親がねちょっと病気していて、できるだけ近くにいてあげたくて」
茫然とする俺の耳に辛うじて残ったのは、彼女が家庭の都合で転勤願をずっと出していたことと、そのことを俺には全く知らされていなかったということだ。
「早川君、君はもっと上に行けるから頑張ってね。じゃあね」
一人で頑張ってどうするのだろう。今まで頑張れたのは先輩がいたからなのに。
残された俺はいつまでも立ち尽くしていた。
それからはなんとなく頑張った。先輩と一緒に仕事をしていたころのように仕事には情熱は持てずにいたが、先輩のやり方は俺の力となった。人よりも契約を取り、皆が嫌がる仕事を進んでやった。時折、誰かと付き合ったが、誰も長続きしない。
のらりくらりと過ごしていたらあっという間に4年が過ぎた。その頃に本社である支社に評判のいい社員がいると噂を聞いた。
清水 麻衣。
何気なく聞いたその名前に固まった。
ああ、先輩はいつでも変わらずに輝いているんだ。
ガツンとショックを受けた。俺がいなくても先輩は一人でどんどん前に進み輝いている。その事実がとても痛かった。
何をやっていたんだろう。うじうじと考えるぐらいなら、先輩の所まで自分が行けばいいだけの話だったのに。
勝手に自分一人の女性だと勘違いして、勝手に裏切られた気分になって、勝手に拗ねていた。
告白すらしていなかったのに、とんだお笑い草だ。
「部長、お話があります」
何も考えていなかった。ただ通りかかった部長に声をかけた。部長は不思議そうな顔をしていたが、会議室を取ってくれた。
「どうした、早川君」
「転勤をしたいのですが」
「転勤だと?」
唐突な内容に部長が目を見開いた。そしてその後にやりと笑った。
「なんだ、ようやく追いかけていく気になったのか」
「え?」
「皆知っているぞ。お前が清水君を好きだってことは有名な話だ」
にやにやしながら小突かれた。予想外の言葉に理解が追いつかない。
「まあ、そういう事ならすぐにでも転勤させてやる。任せておけ」
「ありがとうございます?」
「なんで疑問形だ。まあ、あれだ。清水は仕事一筋で、かなりの鈍感だからな。きちんと言葉にしないと伝わらないぞ。曖昧な言い方もダメだ」
ああ、本当にそうだ。
「頑張れよ」
ぽんと肩を叩かれた。そこから転勤の辞令が下りるまで二カ月と早かった。同じ部の人たちにも色々とアドバイスを受け、俺は支社へと移動した。
背筋を伸ばし、綺麗に後ろに髪をまとめた後姿を見つけた。
何年たっても変わらない。
今度こそきちんと言葉にして彼女に伝えよう。
好きです。付き合ってください、と。
「いい話です~! わたし、もう協力しちゃいます!」
「え、いや。その必要は……」
「任せてください! 早川信者としてきっちり役目を果たします!」
Fin.
最後までおつきあい、ありがとうございました。楽しんでもらえたら、嬉しいです。