ハイパー職場になりました
効率よく仕事が進む。今までの仕事のスピードが通常としたら、今の仕事のスピードはジェットコースターだ。仕事は早く進んでもよくないということを初めて知った。
周囲を巻き込んで提出期限前に処理された書類が恐ろしいスピードでどんどん積みあがっていく。ついていけない者は次々と脱落し、屍と化していた。過労死という言葉が似合いそうなその屍をそっと見ないふりをして、己の処理されていない仕事を眺めた。早く処理しろと、鬼気迫る書類たちが胃にダイレクトアタックをかけてくる。
この状態に陥っているのは課長である僕だけではない。課全体がどんよりとしている。効率よくいつも以上に仕事をしているにもかかわらず、覇気はなく8割が死体が動いているようなありさまだ。
ああ、どうしたことだ。どうしたら以前の平和な職場に戻るのだろうか。僕は課長をこのまま続けていいものだろうか。
目の前に修験者の道場が見えるぐらい、自信を失いかけていた。己に慢心はなかっただろうか。もっとできることがあったのではないだろうか。
ゾンビと化した部下たちを眺めては涙がこぼれそうになる。
自問自答を繰り返しながら、書類の内容を確認し、チェックを続けた。担当者も疲れが出ているのか、かなり単純なミスが多い。しかしながら、この単純なミスを叱れるほど僕は鬼にはなれなかった。ゾンビは死なないかもしれないが動かなくなるのだ。それはあまりにも不憫すぎる。
「小林課長、確認お願いします」
そう言って持ってきたのは高田だ。彼女はいつも以上に生き生きとしており、正確に素早く仕事をこなしていく。隣には申し訳なさそうに立っているイケメンオーラ全開の早川がいた。我が課の生気はすべてこの二人に吸収されているのではないかというぐらい、輝いていた。
「すみません。急かしてしまって。ですがこの契約が取るために早めの決済が必要なのです」
「いや、いいんだ。こちらは急ぎでもないからな。君たちの書類の方をすぐに確認しよう」
早川が僕の課に移動してきてかれこれ一か月。この状態にした原因はこの二人だ。
一緒にいさせろと大騒動すると面倒なので、高田を彼の下につけた僕の判断が間違っていたのだろう。
高田はいいところを見せたいのか、実力を遺憾なく発揮して次から次へと仕事をこなしていく。そのペースに巻き込まれた早川も次から次へと契約を取ってくる。会社としては好循環かもしれないが、課としては悪循環だ。
ああ、やはり僕には管理能力がないのだ。
「高田さん」
そしてもう一つ、課を崩壊させるものがある。高田を呼んだ女性の方を見た。この課のお局ともいえる女性社員だ。年は……いや知らないことにしておく。ただこの課の女性の中で最高齢とだけ。
「あら、先輩。なんでしょうか?」
にこやかに返事をする高田。ばちばちと何かがはじけ散ったような気がした。
「あなたと一度お話をしておかないといけないわね」
「そうですか? 必要性を感じませんが。わたし、とても忙しいのです」
二人は数秒だけ目を合わせて睨みあった。僕はそれを横目で見つつ、早川の持ってきた書類に判を押す。
「問題ないだろうが一応部長にも通しておいてくれ。もしかしたら調達にも連絡入れないとまずいかもしれない」
「わかりました」
早川は二人の女性のにらみ合いを気にすることなく、頷いた。すごいスルースキルだ。あまりにも自然にスルーするので、全く関係ない人のようだ。
「小林課長」
僕がひたすら感心していると声をかけられた。そちらの方へ顔を向ければ、顔見知りの女性がこちらに歩いてきた。調達部に属している女性だ。この女性もなかなか仕事ができるので、いつも世界中を飛び回っている。新しい仕入れ先を開拓し、今までも色々と助けてもらっていた。
「おお、清水君」
「明日から二週間、ヨーロッパに出張になったとお伝えにきました。何か急用があれば、上司に伝えてください」
「この間、アジアから戻ってきたばかりじゃなかったか?」
驚いて聞いてみれば、清水は頷いた。
「ええ。今回は仕方がないんです。先に行っていた社員が現地で風邪をひいてしまって」
「それは大変だ。気を付けていくんだぞ」
「ありがとうございます」
簡単に挨拶も終わって戻ろうとしたが、清水は足を止めた。どうしたのだろうと彼女を見れば、早川を見てぽかんとした顔をしていた。早川はいつになく熱い視線を彼女に注いでいる。早川のこんな顔を初めてみた。
「え? 早川君?」
「お久しぶりです。麻衣先輩」
どうやら二人は知り合いらしい。
大したことではないだろうと思いたいのだが。
ちらりと高田とお局の方を見れば、二人揃って幽鬼のような表情で早川と清水を凝視していた。