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9話 底なし沼。

舞火のポケットからのバイブレーションは数秒間、蛍と舞火の時間を支配した。


その数秒間、蛍と舞火は呼吸することを忘れて生唾を飲んだ。


「メール…?」


最初に口を開いたのは蛍だった。


いや、蛍が声をあげなければ舞火は動き出すことができなかっただろう。


蛍の声を聞いた舞火は恐怖で手を震わせながら、自身のポケットから携帯電話を取り出した。


舞火の予想通りである。


「お母さんからだ…」


舞火は顔を青くして、携帯電話の画面を見つめながら重い声で呟くように口を開いた。


舞火が母親のことを身が震えるほど怖がっていることは舞火の怪我の具合から理解できる。


しかし、それは暴力により埋め込まれた恐怖。


「見せてもらうよ」


蛍は舞火の手に握られた携帯電話を手に取ると母からのメールに目を通した。


『早く、帰ってきなさい』


それだけが、白い背景に黒字で書かれていた。


この時、蛍は舞火が母親を恐れている理由が『執着心』であることを感じた。



底知れないほどの執着心。


それはまるで底なし沼の様に未知で、ドロドロの液体の様に体に絡み付く様なものである。


「舞火…」


「大丈夫だよ、蛍。あたしはこれからも蜜柑高校の生徒だし蛍の友達だから……だから、お母さんの所へ帰るね。お母さんにやめてって言ってくる」


舞火は心の中で決めたのだ。


自分の居場所は自分で決める、と。


「わかった。それなら、私も一緒に行っていい?」


「えっ…それは……」


「他人が家族の問題に口出しするのはどうかと思うけど…私は舞火が心配だよ」


これはあくまで、蛍のワガママである。


その為に舞火に付いていく正確な理由はない。


だが、蛍と舞火の間にはそれだけで良かった。


言葉以上のものが2人を繋げているからこそ、蛍はワガママを言い、舞火は涙を流したのだ。


「わかった、蛍は頑固だからな何を言っても来るだろうしね」


「自分では頑固ではないと思うけど」


「でも、蛍ってけっこう頭かたいよ」


舞火はそう言って蛍の頭に手を当てて目を丸くさせた。


「頭がかたいって…なんか、意味間違ってない?」


つかさず、蛍は舞火につっこみを入れると蛍と舞火は目を合わせて笑みを溢した。


やはり、ここが自分達の居場所なのだ。


それを感じさせらる様な温かい時間と空間が2人を包み込む。


「蛍、行こっか」


「うん、付いていくよ」


顔を合わして笑い声をあげた2人は不意に目を合わせると、真剣な目を作って蜜柑高校に背を向けた。


歩く2人に恐怖がない、と言えば嘘になる。


暴力的で執着心が強い舞火の母の実態を知った蛍はその知られざる顔に気味悪さと恐怖を感じているのは確かである。


一方の舞火もいくら、蛍が隣にいると言っても与えられた暴力と脅かされてきた執着心に激しい恐怖を感じている。


それでも2人は足を止めることはなかった。


お互いが歩くことで相手を励ますように足音を鳴らして真っ直ぐに歩いた。


そして、しばらく歩いた蛍と舞火は立派な一軒家の前で足を止めた。


そう、ここが舞火の自宅なのだ。


「蛍……」


「大丈夫。私はずっと、舞火の隣にいるから」


自宅を目の前にして弱気な声をあげた舞火の手を蛍は強く握って舞火を見つめた。


そんな蛍の後押しをもらった舞火は落とした視線をあげて、家の扉の手を掛けた。


「ただいま」


舞火の声が真っ暗な廊下へと響いた。


廊下の端に多くのゴミ袋が並べられていることから、蛍は春下家の現状を再確認することができた。


母親は舞火に暴力を与えるだけで何もしていない。


そう思った蛍は怒りよりも悲しみを感じた。


「お母さん……。舞火だよ。帰ってきたよ」


そんな蛍を引っ張るように手を握ったまま、舞火は家の中へ入り廊下を進んでいく。


まるで、人がいないような雰囲気に蛍も舞火も危険を感じた。


「まさか!」


「うん…」


その危険とは母親が自殺しているかも知れない、という危険である。


先にそれを感じて舞火は声をあげると蛍はその声に頷いて、急ぐことをすすめた。


「お母さん!!」


舞火のその叫びと同時に蛍と舞火は廊下を走り抜けてリビングへと向かった。


すると、そこにはリビングの小さなテーブルで(うずくま)る舞火の母親の姿があった。


髪がボサボサでぐったりしている。


まるで、生気を感じない。


「そんな……お母さん!!お母さん!!」


母親の様子に突き動かされる様に舞火は母親に素早く、近づいて母親の体を揺らした。


だが、その揺れに舞火の母親は返事を返さない。


どれだげ、舞火が母親を呼んでも答えない。


「そんな……」


自殺したのだろう。


舞火には悪いが蛍はそれを確信していた。


自身の子に暴力を与えてしまった、その罪悪感で自殺したのだろう。


「お母さん!!お母さん!!」


舞火の悲しみの叫びを聞けなくなった蛍は舞火から目を離そうとした。


だが、その時、蛍は何か異変を感じた。


テーブルで踞っている舞火の母親の手に握られている包丁には血が付着していないのだ。


何かがおかしい。


あの包丁で自殺したのならば、包丁には血が付着しているはずである。


かと言って薬を使った様子もない。


「舞火、離れて!!」


蛍のその叫びと同時に舞火の母親は体を起こして、舞火へと包丁を突き付けた…。

次回の更新は6月3日(日)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。



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